第20話 様子が違う

 オレと柊は、空き教室にいるという奈々子に会いに行った。

 奈々子はネット連載していた小説が上手くいったらしく、とても得意そうになっていた。

 その奈々子から、黒磯ゼミの田中という男と、桑名が生前にもめていたという話を聞いた。

 そのため、オレたちは黒磯ゼミへと向かうことにした。


 二人は黒磯ゼミに向かう途中で、先ほど会った宮本奈々子についての会話を交わしていた。


「…………なんなんだ。あの人は」


「うーん。彼女、あんなことを言う人だとは思わなかったけど」


「ああ。桑名のことを、あんなふうにいうなんて」


「それだけじゃないよ」

 柊が左右に首を振る。


「……というと?」


「えーとほら。わかりやすいよ。彼女。自分に自信がないんだと思う」


「自信が」

 自信たっぷり――といった様子で話していたように思う。

 少なくとも彼女の所作や口調などは自信にあふれていた。


「えーと……なんだろう。うーん。違和感があったのはいくつもあって。たとえば『きまぐれで書いたホラー小説』とか、『他のものは、似たり寄ったりでダメ』とか『本当に好きならオリジナリティがないと』みたいなところとかかな。なんていえばいいかなあ」


 柊のいう違和感のあった場所とやらを少し考えてみる。


 すると徐々にオレの頭の中で一本筋が通ってきた。


 きまぐれで、は『普段書いてないよ』という意味合いを持つ。『他の似たり寄ったりでダメ』『オリジナリティが必要』あたりは、他のものと比べて自分が優れている、という主張だろうか 。


 それらが意味することは一つだった。


「繋ぎ合わせてみた。彼女が言いたいのは、ちょっと小説を書いたら、成功しちゃって、それは他のものと違う唯一無二だ――って感じか?」


 オレが言うと柊は「まさに」と手を打つ。


「そう! それ! それそれ! 気まぐれでとかいう必要ないと思うんだよね。あと、自分のが素晴らしいならそれでいいじゃん。他のと比べる必要がないの。あえて他の物を悪くいったりするのは、自分の単体ではそこまで価値がないと思ってるんじゃないかな」


「……たしかにそうかもな」


「あとは『文学部で一番すごい』とか文学部のわたしの前で言い出すのも、ちょっと嫌な感じだよね。あれは周りの人たちだけどさ。わたしは自分がすごいとは思わないけど『お前よりすごい』みたいなこと言われたらちょっとね」


「オレはあれが嫌だったな。桑名ことを何も成し遂げてないからとか」


 オレは「でも」と柊に言った。


「宮本さん、前会ったときと様子が違う気がするな」


 飲み会の時はあんな様子ではなかったように思う。


 柊は首を傾げながら答えた。

「私もそう思うな。話したことはほとんどないけど、前に一緒の講義になったときはあんなんじゃなかったと思うよ」


「そうなのか?」


「なんか、全然印象が変わっちゃった」


「まあ、成功したら性格が変わる人もいるというしな……」


「それにしては変わりすぎな気もするけどね……。でも、周りの人が彼女を持ち上げるばかりだったから、そうなっちゃったとか」


「周りのせいでそこまで変わるか?」


「『あなたはすごく特別です』って、言われたら気持ちいいはずの言葉だから。あんまり聞きすぎるとおかしくなる可能性はあるかもしれない」


 オレたちの会話は、桑名と田中拓海の間のトラブルに移っていく。


「あとは桑名と田中が揉めていた――という話もしていたな」


 柊が尋ねてくる。

「慧くん、何か聞いてる?」


「いや、オレはそのことは知らなかったよ。だけどさっき聞いた宮本さんの話によれば、田中って人はは桑名に研究を盗もうとしている、とか言っていたらしいな。あまり穏やかな話じゃないが」


「桑名が彼の研究を盗もうとして、監視された、とか?」


「どういうことだそれ」


「桑名を監視していたのって『彼ら』っていう複数形なんでしょ。黒磯ゼミまるごと、桑名を追い込んだとかってあると思う?」


「桑名もたしか黒磯ゼミだったはずだから、田中の肩を持つ理由はないと思うけど」


 柊はこめかみをもにゅもにゅと揉んで、カッと目を見開いた。

「私はそのあたりに事件のカギが隠されていそうな気がするね! わたしが! 名探偵の美月です! 犯人は、この辺りにいます! たぶん!」


「頼むよ、名探偵さん」


「任せておいてくださいよ。慧くん」

 柊がむんっと拳を握った。


「でもさ、植木鉢落ちてきたよな。あれはいったい、何だろうな」


「田中って人が、私たちを消そうとした説、あると思います!」


「あるかなあ」

 ちょっと無理筋な気がする。


「だってあの辺りにゼミがあるんでしょ? いてもおかしくないし。上から植木鉢を落とすこともできるんじゃない? それにもし田中って人が桑名を自殺に追い込んだのなら、私たちってめちゃくちゃ邪魔ものじゃない?」


「まあ、たしかに」


「もし田中と桑名が何か深刻な、えっと、とにかくとっても深刻でヤバヤバな事情を抱えていたのなら、田中は私たちの調査を脅威に感じてやべーって思うはず、だよ」

 柊はヤバげな語彙力でそう言った。


「たしかに、彼に何か隠し事があるのなら、オレたちが近づくのは嫌だろうな。だけど、田中はなぜオレたちが調べていることを知っている?」


「…………うーん。盗み聞き……?」


「まあ、黒磯ゼミにいって、田中に会えばわかることもあるかもしれない」


 そうこうしているうちに、オレたちは黒磯ゼミにたどり着いた。


 ドアをノックする。

 中から学生が現れた。


「あの、すみません。田中拓海さんに会いに来たんですけど……」


 オレがそういうと、中から出てきた男子学生は、非常に嫌そうな顔をした。








「……あのさ。聞いてないの? 田中、死んだよ」


その言葉が耳に届くのに数秒かかった。



「…………は?」

 






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 あとがき


 ここは読み飛ばしてくださって結構です。

 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 カクヨムコンというコンテストに出させていただいております。

 よろしければ、★やフォローでの応援をよろしくお願いいたします。


 この作品はフィクションであり、実在の人物・団体などには何の関係もありません。

 なお作中で行われている行為は現実で行うと犯罪として処罰されるものがあります。

 絶対に真似しないでください。


 もちぱん太朗。

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