第25話 スペアでもいい
「そういえばカナデって学校生活初めの親睦会も参加してなかったよね」
過去の事を掘り返されて私は少し顔を顰める。
学校生活二週間目くらいにクラスの女子全員でカラオケに行ってみようかと誰かが提案した。しかし、私とその他二人位は用事を理由に辞退してしまったのだ。
他二人は活発的な運動部に所属していたから本当に予定があったのだろうけど、私は完全に嘘をついていた。
なぜなら、この頃にはまだ友達一人もできて無くて、何となくこのクラスの雰囲気が自分にとって合わないものだったからだ。
「うん……でも予定があったから……」
どうして運悪くこの日に仲悪いグループと鉢合わせてしまったのだろう。
しかもゲームを一旦リセットさせられた上にこのグループのメンバーとして8人のゲームが再スタートされてしまった。
店長が気を利かせたんだろうけど私達としては完全に余計だった。
それからも、校外学習でのグループ分けの時の話とか、私が良い対応をしなかった時の事を挟み込んでくるから気が気じゃなかった。
どうしよう、どうしようと、何もできずに視線を彷徨わせていると多呂島君が目に入った。
この雰囲気に私が困惑している一方、多呂島君もどうやら忙しそうだった。
絶対に顔を見せないように片手でフードを抑えながら、もう片方の手でボールを投げている姿に、私と境遇が違えど必死さが伝わってきた。
「クマさん!ガターだよww!」
「もう、押さえなくていいじゃん!顔見せてよ~」
「ベアー……。ベアァー」って日本語も喋らずに、多呂島君は正体を必死に隠しながら3,4人ぐらいの女子高生の相手をしていた。
「カナデさん」
ふと我に返って、正面を見ると花瀬さんがボールを持った状態でこちらを覗き込んでいた。
ちょうど私が座っていて、花瀬さんが立っているから圧迫感が半端ない。
見下ろされてる感じ……。
更には、いつかのラミィとの会話に出てきた「もしかして、花瀬さんの事……トカ」と仲が悪い事を当てられた事を思い出してしまい、この状況はマズいと頭の中でアラームが鳴り響いた。
スッと気付かぬ間に冷や汗が流れていた。
「は、花瀬さん……?」
「——順番が回ってきたから、ボール投げてきて」
何を思っているか分からない無機質な声に私は戸惑いながらボールを受け取る。
目の前のモニターを確認すると、『ハナセ』と名前が表示されている下に続いて『カナデ』という順番で並んでいた。
『カナデ』の横にはさらに『ハロウィンチャンス』とキラキラと表示されており、俗にいうボーナスラウンドが展開されていた。
いつもより私は重たそうにボールを持ち上げると、レーンに立つ。
何やら花瀬さんも座らずに後ろに立って私のプレイを見てくるからあまり集中できたものでは無かった。
カーブも緩めにピンを押し倒すと、記録は8本。
後の2本は右と左の両端に鎮座していて、スペアを狙う難しい状況であった。
「う~ん……、」
どう転がそうかと熟考するのも束の間、再び後ろの花瀬さんの存在を思い出して、頭が真っ白になった。
ボールは一度投げ終わって、二回目に投げる時にレーンの奥からボールを流してくるのに少し時間がかかる。ベルトコンベアに乗って重いボールがどんぶらこと手前に出てくるわけだけど……。
―――無駄に長く感じてしまうこの瞬間。どうしよう……。
「カナデさん」
不意に花瀬さんの方から声がかかって、グッと体が硬直するのを感じた。
しかし、反応しないわけにもいかないのでガガガっと油の切れたロボットみたいにぎこちなく振り返って花瀬さんの方を見る。
「カナデさんにとってのアタシって嫌いなの?苦手なの?」
直球に聞かれる質問。
周囲には全くカナデと花瀬を見ている視線は無く、二人きりの孤立状態でこの質問を出された。
「えっと、その……」
もちろん私は花瀬さんが嫌いな訳ない。
でも学校生活で初めて敵意を向けてきた人だからどうしても、恐れてしまう。
校外学習のグループを決める時、花瀬さんの友達からグループに誘われたことがあった。
それでも直感的に合わないなと悟った私は易々と勧誘を蹴ってしまった。
丁寧に言葉は選んだつもりだけど、その時に初めて花瀬さんが私の事を恨めしそうに睨んでいた。
だから、このような過去があるからこそ言葉に詰まってしまう。
「ねえ、答えてよ。答えないなら、、、そう言う事なんでしょ……」
肩をグッと掴んで揺らしてくる花瀬さん。
間接的な悪意と違って正面からぶつかってくる想いは新鮮だった。
暗い顔を落として、答えを待つ彼女。
そうなると更に私は委縮してしまい全く喋れなくなってしまった。
私は今は苦手だけど、それでも!!!!――――———
ガラゴンッ『Trick or Treat~♪NiceSPARE!』
「「……え??」」
不意に私と花瀬さんが立っていたレーンで軽快な音楽が鳴り始める。
間近で訳も分からないBGMが流れるものだから、私と花瀬さんは目をパチクリしていた。
それから自身のレーンとスコアボードを確認して更に驚いた。
なんとレーン先ほどまで残っていた2ピンが消えて、更にはスコアにはSPAREと全く身に覚えも無い得点が表示されていた。
誰かが私のレーンに立ってボールを投げていない限りはピンが倒れることなんてまず起こらない。
じゃあ一体どこからピンを倒したの……?
「———仲良く遊ぶんだベアー」
背後から聞こえる声にサッと振り向くと、そこにはクマに着ぐるみを被った多呂島君がいた。
「ベアァー…」と身バレを恐れていたあの時とは違う雰囲気を身に纏っていた。
腕組み待機しているのが相まって更に威勢よく見えた。
そして彼だけじゃなくてグループ全員がこちらの方に急いで寄ってくるのであった。
何かと思えば、皆口々に多呂島君の今のショットについて熱く語ってくるのである。
「今のクマさんのショットマジでプロ級じゃない??」
「ボール投げて自分のピンを飛ばしてさ、まさかそのピンを隣のレーンのスペア獲得に生かすとかヤバい」
「トリックショットていうやつっしょ?見れるなんて最高~~」
口々に感想を共有しあっている彼女らの話を聞いて、私は再度多呂島君の方を向いた。
もちろんクマの着ぐるみで表情は見えない。
それでも私はまるで素顔で見つめられたかのようにカァッと顔が段々赤くなってしまった。
気まずい状況を見て打破してくれた『カッコいい』彼の勇気と優しさと、結局何もできなかった『ダサい』自分の醜態と。
二つのせめぎ合う感情に、涙さえ出そうになってしまった。
「ベアー。」
「んっ」
その時ふと右肩に柔らかい感触が走る。クマのモフモフな手だ。
「ベアー。」
「わっ!」
次に花瀬さんが驚いた声を上げる。彼女の左肩にもクマの手。
そして為されるがままに、私と花瀬さんの距離をグッと近づけて、そして女子グループの方に顔を向かせた。
――今度はきっと、花瀬さんの事を救いたいんだ。
モフモフから伝わる優しさから根拠なんか一つも無いけどそんな気がした。
そのままゆっくりと多呂島君は話し始める……
「カナデ、ボーナスラウンドで花瀬に景品上げたいの!って意気込んでたベアー」
――ちょっと待って、一体何の事よ?
「でも惜しかったベアーね。ストライクでカボチャパフェ全員分。でもカナデはスペア出したから500円引きクーポン一枚ベアー。惜しい惜しいベアァー」
ツッコミを入れたけど機会を見失っている私を置いて、多呂島君は続けて訳も分からない出まかせを口にしていた。
「———カ、カナデ、そうなの?」
隣を見れば赤面している花瀬さんが居た。
ちょっと待って、誤解よ。なんで急に私が皆のためにチャレンジを成功させようと意気込む展開になったの?
そもそもボーナスラウンドの存在すら今さっきまで知らなかったし……。
頭痛が痛くなるーって思いながら女子グループに目を移す私。
一体どう思われちゃってるんだろう……。そんな、不安のまま顔を合わせると……
「カナデめっちゃ可愛いくておもろい!」
「カナデ&花瀬もしかして密かに両想いでした?(笑)」
「隠れて意気込むとか、ツンデレかよ~エイッエイッ~」
暗い雰囲気など感じさせない皆の声。
それは私がさっきまで話していた環境とは比べ物にならないぐらい温かいものだった。
ただ苦痛にしか感じなかった会話は無い。
いつの間にか、私と花瀬さんを隔てていた謎の壁も取っ払らわれていた。
「ほら、カナデ。言いたいこと言えよ」
密かに耳打ちしてくる多呂島君の声にグッと背中を押されて、気が付けば私の口は勝手に開いていた。
「私は……ぶきっちょだから『ダサい』から人との関り方もわかんなくて。それでいつも友達を傷付けちゃって……。それでも私、貴方たちと仲良くしたい―――
———友達になってください」
一つ、二つ、三つ……と数秒間の沈黙の時間が訪れる。
カナデは頭を下げたまま、だから彼女らの顔もどうなっているか分からない。
ツーっと汗が頬から地面に伝い落ちた、その時……
「ありがと、アタシ達も別にカナデをイジメたいわけじゃないから、もっと気を楽にしていいよ~~。改めてよろしくカナデ~~」
「ちょっと過度に接触しすぎちゃったの反省!カナデの気持ちしっかり受け取ったよ!」
温かい掛け声に顔を上げると、そこには新しい友達が笑顔で待ってくれていた。
「もっとカナデを理解すべきなんだなって今日会って思った。……ウチ名前さ花瀬じゃなくて、
「うん分かった。シオン、皆ありがとう」
来年度まで半年も無いこの時期で、ボウリング場での奇跡の出会い。
傍から見れば小学生レベルの友達作りだ。
それでも過去の苦しみを拭うような形で成功を迎えた。
また一つ私は強くなった気がした。
~~~~その後~~~~
慶人とカナデは女子グループと最後まで楽しくゲームを終わらせるのであった。
「ねえ、カナデ最近さ容姿めっちゃ可愛くなったよね。師匠!コツ教えてください!」
「か、可愛いなんて……ありがとう。メイクはえっと……九条ブランドの化粧水かな」
女子グループにキャッキャッと混じっているカナデを遠目越しに見ながら、慶人はふうっと息を漏らした。
そして大きなガッツポーズを決める。一見矛盾している行動だが、彼の本心はこうだ。
(あー疲れまくったぜ。いやでも、正体はバレずに済んだ♪マジでよかった!)
これまで女子グループのギャル系に幾度となく剥がされそうになったがどうにか耐え忍んできた。
その身を隠す腕前にかかれば、そこに居るのは変装した多呂島慶人ではなく、もはやクマ。日常じゃ絶対に役立たないスキルを習得した。
「クマさんも今日ありがとね。楽しかった」
「クマさん~~正体明かしてよ~~。そしたら仲良く~デキるんだよ?」
「遠慮。ベアー」
それじゃ、会計先行きますアピールをかまして慶人は一人で歩き始めた。
――その刹那、前方不注意で足元に転がっていた子供用のボウルに足をもつれて転んでしまう。
(えまって、いつかの日とまったく同じなんですけど)
デジャブ感を覚えながら、ベタンと転んでしまう慶人。
その後、周囲には女子グループが安否を確認するために慶人を中心に囲っていた。
どうにか起き上がろうと、地面に手をついて上体を持ち上げる。
しかしその反動が悲劇を招くことになるとは……。
「あ、クマさんフード取れてる」
ふわりと丸々耳付きフードは背中の方へ垂れ下がってしまう。
起き上がった時にやっと気付くが、なんと慶人は女子グループの前に素顔をさらしてしまったのであった。
「え、やば、ちょっと、待ってくれベアー」
「わぁ多呂島慶人君だぁ。ボーリングできるなんて意外だよ~」
「学校で見たことある!!」
勝手に盛り上がる女子グループ。
どうにかカナデに助けてもらおうかと視線を移すが、ただクスクスと笑いながら慶人を見届ける始末。
完全に包囲されている以上、逃げることも不可能だった。
「あ、インスタのストーリー上げたいから集合写真撮ろ~」
更に追い打ちをかけるようにギャルの声。
流石にインスタは拡散されて、クラスの玩具になるのが目に見えているので避けたいところ。
だがしかし女子らは彼を逃がす訳が無かった。
「よしポーズきめてー」
「カメラ全員映ってる~?」
「カナデ、もっと詰めていいよ」
多呂島慶人を中心に7人の女子がおしくらまんじゅうみたいにギュッと距離を詰めてくる。
当然、感触とか匂いとか諸々全部やばいわけで、柔らかい訳で、甘い匂いがする訳で……。
更には耳元でカナデが恥ずかしそうに
「……ちょっと近くなりすぎちゃったわね///」
なんてボソッと耳に息がかかる距離で言ってくるもんだからオーバーヒートしてしまう。
―――そうして取られた写真はインスタで友達共有されて、飛んで行って、更に更に飛んで行ってしまって。
最終的には学年ほとんど全員に行き渡ってしまった。
次の日学校に行くと『多呂島ハーレム説』が浮上していたのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます