第22話 ラストスパートを飾る音色
「『王子様』~大丈夫?元気ないよ?」「何か困ったことあるの?」
教室の奥で黙々と作業していたボクの周りに他の沢山の女子が集まってきた。……心配してくれるのは素直に嬉しいけど。だけど、これは他人に共有して解決できる問題ではない。それはボクが一番理解している事だった。
「うん、大丈夫。ちょっと午前中飛ばしすぎちゃったんだよね、てへ」
また昔の様な作り笑顔で対応する。それでも大半の女子が騙されてくれるんだけどね。結局ボクは皆の作り物の『王子様』だから。久しぶりに『王子様』であることを思い出したら少し悲しくなった。なんだかずっと一人で居る気分だ。
「ほら~涼華ちゃん?まだ顔暗いよ~!」
誤魔化すことに成功したかと思ったその時、後ろから急に抱き着かれる感覚がした。振り向けばそこにはメイド服を着た萌の姿があった。真っすぐとしたその瞳に思わず狼狽えてしまう。
「いや、もう大丈夫だって」
「そんなわけないじゃん!めっちゃ心残りある表情してる!」
今更だけどなかなかグイグイ踏み込んでくる。この子。
「だってあの幼馴染の子で悩んでるんでしょ?恋愛的な?」
そして当然のように爆弾発言を投下してくる次第であった。いつも温厚な性格を意識しているボクでも完全に取り乱してしまう。
「……んな!別にそういう仲じゃ……!!」
周りからも「えぇ!まさか彼氏!?」「『王子様』の『王子様』ってこと?!」などと不穏な声が上がってきた。
「ちょっと!人前でそういう事言うのは避けてよ!」
別に文化祭回った後だからどう言われても、ケイト君に危害が加わるわけではない。そこは安心だが如何せん、ボクを動揺させたのがたまらなく悔しい。小声でそう反論する。しかし一方の萌は清々しい顔つきであった。
「なんかあの男の子さ、ぼんやりしてそうな性格だから、のらりくらりしていると他人に取られるかもしれないよ?スピードが大事!」
はあ、とため息を着いてしまう。結局蘇ってくるのは二年の教室で見たあの映画。萌が口に出した主張の方向性は、ソレに懸けられた想いと似たり寄ったりの部分があった。
さらには、『射的ゲーム』の事も思い出した。二人で競って、そして協力し合ったあの楽しさを……。すると思い至ったように涼華は周りをグルっと見回した。そして気付く、射的で撮った最高景品の着ぐるみが無い事に。
「あれ?ピンクのクマのぬいぐるみどこか知らない??」
夏なのに底冷えするような感覚が襲ってくる。そしてすぐに、周りに急いで聞き込みを始めるのであった。しかし何度聞いても誰もが首を横に振り、有益な情報は掴めない。少し目を離したすきに行方知らずとなってしまったのだ。
「……うーん」
申し訳ない気持ちで段々と押しつぶされそうになった。しかし数分後、表の方に居たあるクラスメイトが急いでボクに寄ってきた。他の子から事情を知ったのであろう、その子は真っ青顔をこちらに向けてきたのであった。
「ご、ごめんなさい!ワタシ間違えちゃって、そのぬいぐるみがゴミ箱の横に置いてあったから廃棄するようかなって思っちゃた……。校庭の裏に置きっぱなしなの!」
そうして何度も謝ってきたのであった。とりあえず、ボクはその子に「心配ないよ」と言葉をかけると、教室を速足で出て行った。他について行きたいと言っていた子がいたが、意外な事に萌が直ぐに全員を止めてくれたのであった。
(茶化すのは好きじゃないけど、こういうところは、素直にありがとう!)
心の中で叫びつつ、人ごみを避けて校舎裏へ走る。
午後になって更に賑わいの見せる文化祭。外では軽音のギターやドラムの音が響いていた。
~~~~~~~~~~~~~~~
軽音の演奏は凄まじくカッコよかった。私は今日の締めである軽音のステージを茫然と眺めていた。
「途中のボーカルとかめっちゃ高い音を器用に出していたもんな。スゲーよ」
隣では多呂島君もこの演奏に感嘆の声を漏らしていた。そして私に笑いかけてくる。……今さっきまで帰る帰ると突っぱねてた私とここまで、分け隔てなく明るい反応見せてくれるんだ。こんな反応をされては、彼を否定した私自身が自己嫌悪に落ちてしまいそうだ。
……とりあえず鈍いだけかな、と言い訳も混ぜておく。
呆れそうになるほどに他人との関係を気にしない彼。たまに嫌になるけど、でも平然と変わらない、その安心できる姿にきっと私は助けられている。ずっと、出会った時からずっと。今さっきみたいにいくら冷たい態度をしても変わらずに接してくれる。こんなに嬉しいことは他にあるのかな?
「……今日は、私を呼んでくれてありがとね」
ボーリング場で初めて多呂島君に会った時に言えなかった【ありがとう】。それすら言えない私でも友達として認めてくれた事。すべてに感謝したい。
「おう、付き合わせて悪かったな。めっちゃボーリング楽しかったわ」
やっぱ多呂島君の返しはどこか鈍感で優しさに溢れていた。……でもこの言葉が出たという事は離れる時間が迫ってきたという意味も含む。それは私自身で決めた事。一生懸命考えたうえで多呂島君に迷惑がかからない最善の選択肢であった。
「じゃあごめんなさい。またね」
最善の選択って本当に私の望み……なのかな?そんな対になる想いと葛藤するまま、弱弱しく手を振って別れを告げた。
「……そもそも、どうして私こんなに本気で多呂島君のこと考えてるんだろう?」
それから校門をくぐるまで、私はただ茫然と何も楽しいことも辛い事も考えられずにいた。心天邪鬼な心を未熟な私は理解できない。
白黒とした纏まらない情緒を抑えている私と相まって、周りの人たちの笑顔はもっとカラフルで、そして明るく見えた。
〜〜〜〜〜〜〜
『アンコールの要望に答えて、予定にはありませんが在る一曲を皆様の前で演奏したいと思います!!』
軽音部のボーカルの人がそう叫ぶ。
「いや、アンコールあるんかーい……。とは言ってもカナデが居ない今、もう俺がここで聞いている意味は無いな。……涼華探すか」
熱狂した観客を置いて席を立った。そしてもう一度、涼華のクラスへと赴いたのであった。
~~~二章次回で最終回~~~
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