第28話 目的は忘れない

多呂島と涼華の関係が悪くなる前のこと。それは十一月初頭で、文化祭中の涼華からの誘いを出発点に予定を決めて、ついに多呂島と涼華が映画館に訪れた日の出来事である。

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『ラブコメとアクション、どちらも人気な作品が同時上映だね』


『断然俺はアクションだな。』


『いやいや、ラブコメディーしか勝たんでしょ!』


見る映画のジャンルで揉めてまた『勝負』することになったのは今となっては笑い話だ。バリアルフリップっていうエグイ技を一回でも成功させるのが勝利条件だった。前の『勝負』と違うのは練習期間。なんと五日もの『勝負』が続いた。そして最終的に涼華がその技を成功させたのである。


「ラブコメディー……か……。寝ないか心配だけど」


もちろん独り言である。これを涼華に聞かれていたら絶対肩をどつかれるに決まっている。今現在、向かってるのは大都会の『真蔵市』。なにせ田舎と都会の中庸を司る『からし市』には映画館は無い。まあ大都市と言ってもそこまで遠い所ではなく、普通に三駅先ぐらいにある安価に行ける場所なのだ。






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早速、映画館に着いた。


「わお!この映画も上映してるんだ~!知らなかった」


「あー最近話題のアニメだっけ?」


目の前には人気アニメキャラクター達の立ち絵が鎮座しており、『絶賛上映中!!』と強調された文字が浮かんでいた。涼華の気分の上がり方から見るに、随分とこの作品を気に入っているようだった。


「そうだよー。さて、問題!ボクは今何を考えているでしょうかっ??」


その上で何言いたいかなんてすぐ分かるわ。


「また映画館来てそれ見たいっていうんだろ?」


「あってるよ~♪」


フリル袖のついたトップスを揺らしながら、涼華は笑顔で答えた。……スケボー時のコーデはカッコよさメインで着飾っていたため、その印象が強かった。そのため今こういう服を着られると、とても新鮮だった。


「今回の映画が面白かったらまた来るわ~」


「ラブコメを舐めているよね?後悔するよ!」


ドタバタと挙動が騒がしい涼華と一緒に受付まで歩いた。


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今日は待ちに待った、ケイト君との映画鑑賞。もうこれデートだよ。うん。異論は認めない。


「そういえば、この前さ着ぐるみ取ったよな?」


「あのピンク色クマさんね。ボクの家にあるよ~」


この前の文化祭の事を思い出させてきた。それは射的でゲットした景品だよね。あのチームプレイの高揚感は未だに忘れられない。


「あれ一回でも来てみた??」


グサッ、あ、あれ?なんだか僕の心の奥から矢で指されるような擬音が聞こえて来たよ。冷や汗がたらーっと首筋を伝う中、できるだけ平然とした表情を作って受け答えをする。


「~~っ!!い、いやあ着る訳ないじゃん」


「だよなぁ」


嘘……だけども!言えない!言えない!『可愛さ』っていうモノを知りたいがために一人、クマさんになって鏡に決めポーズしていたなんて!死んでも言えない!!


「……で、それがどうしたの??」


「ん?あぁ、ハロウィンの仮装で使いたいんだ」


話を切り替えると、ケイト君から思わぬ返しがあった。……へえ意外。ケイト君も行事ごとに率先して参加するタイプだったんだ。……だったら余計に夏祭り来てくれなかったことが悲しい、きっと重要な用事で埋まってたんだよね、うんそう思っておこう。


「え、別にいいけど。一回洗濯するから縮むかもしれないよ?」


「全然気にしないよ。というか新品だし洗濯別に必要か?」


「……ちょっと私的な理由でね。ちなみに誰とハロウィン楽しむの?家族?友達?」


すこし踏み込む質問をしてしまった。ボクの胸は、しっかりと答えてくれるか不安でドキドキ……。


「友達だな。ボーリング場でちょっくらそれ着て遊んでくる」


「……その友達って文化祭来た子?」


今度は別の不安に心を酷く揺さぶられる。頼む!お友達は飛氏君の事で合って欲しい!もしかして本当に文化祭に来た女の子と二人でハロウィンの濃密な時間を過ごすなんてこと、しないよね??


「えぇ!まさか顔見知りなのか?」


ガタッ!思わず何もない所で転びそうになってしまった。心臓止まりそう。


「そういうわけじゃないけど」


寿命が削れる会話だった……。距離を段々と近づけていこうと文化祭の時に決心した矢先、最強のライバルが訪れるなんて!!……それでもボクは諦めたくない!!



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ポップコーン買って、なぜかサイドに苦手なコカ・コーラもついてきて(笑)、受付済ませて、そしてドタバタとシアタールームに入場した。集合時間が少し遅かったみたいで、少し駆け足しないと上映が始まる時間帯になってしまっていたのだ。


「あれ?思ったより人少ないね」


涼華は辺りを見渡してあまり人がいない事を確認した。確かこの映画は『勝負』が終わった日から直ぐに事前予約したはず。その時は沢山の人が既に席を陣取っており端っこしか座ることが出来なかった。それでも前から五番目を取れたのは不幸中の幸いだろう。


若干の違和感に戸惑いつつ、上映が始まった。最初は諸注意とコマーシャルが流れてくる。諸注意はよくあるカメラ人間が捕まえられる奴、そしてコマーシャルでは少しホラーテイストなアメリカの映画が告知された。


「少しこれ興味あるかも」


このスリル感が中々俺好みな作品である。それを伝えようと涼華のほうを向いた。……すると、そこには顔を硬直させて完全に怖がっている姿があった。


「もしかしてホラー苦手?」


「ま、全く大丈夫」


そう言いながら、ポップコーンを弱弱しい手で口に運ぶ涼華。

声が震えてて全然大丈夫そうではない。なぜ強がる必要が……。その時映像で突然にチェンソーを持った男が部屋に侵入してくるシーンが大きな音と共に現れた。そうすると、完全にフリーズしてしまった涼華。


「おーい、涼華ー?ポップコーン落ちてるぞ」


そして本編が始まると更に雲行きが怪しくなってくる。


「上映始まったけど、何この映画……」


ほんわかラブコメディーを予約したはずなのに、今のシーンはただテレビから白い服を着た女の幽霊がヒュルルと登場人物を襲っているホラー物だった。なんだか場違いな物を見せられて狐につままれる思いになる。


そして上映三十分後にやっと理由が発覚する。


「いやこれ見るべきシアター隣じゃね??」


思わず叫びそうになってしまった。そう、焦って入場したせいで目標の一つ隣のシアタールームであることが確認できなかったのである。


「とりあえず、出るか」


お金は帰ってこないし俺だったらこの映画を最後まで見続けたであろう。しかし今は涼華がいる。なにせさっきのコマーシャルを見て気付いたが、彼女は相当ホラーが苦手である。ここにいるのは罰ゲームとさほど変わりないだろう。


「今席立つのも悪いし、別にしなくていいよ」


しかし涼華は意地を張るばかり。俺を気遣ったのか何だか分からないが涼華は一向に自分の席を立たなかった。


「……っ?!っーー!!」


とはいえ数十分後には涼華は目を完全に閉じていた。俺が予想したより百倍シアターを離れた方が良い状況だった。


「もう一度声かけてみるかなぁ」


とはいえ、涼華は涼華で何か気遣ってる部分があるんだし俺の独断でそれを粗末にするのも何とも勿体ない事である。そう結論を出せずに唸っていたその時、


「こ、怖い!」


腕がふと温かくて柔らかい感触に包まれる。俺にとってたった今のシーンは全く怖いとは感じない。しかし隣から感じる涼華の存在に思わず肩をビクッと上げてしまった。

―――涼華が腕に抱き着いてるんだけど……!!!

新しい香水でも買ったのだろうか?甘い香りに鼻をくすぐられて抱き着かれてる上に、そこに対しての意識が更に強くなってしまう。


「……。――――よし、場所移すぞ!」


映画どころじゃねええ!!!

それから俺はスッと立ち上がって、涼華に抱き着かれたまま猛スピードで退出口を目指した。実際には出口まで付いた時には抱き着きは解除されていて、代わりに涼華の左手が握られていた。


「途中入場だけど、まあ気分で楽しもうか」


涼華の気分が落ち着いた後、行く予定だったシアタールームの方へこっそりと入場しようとした。


「ご、ごめん。やせ我慢しちゃって」


「別に俺は涼華のことを『王子様』なんて呼ばんから、強がらなくていいよ」


申し訳なく謝る姿に”映画館”を涼華に満足に楽しんでもらう事が出来なかったなあと、少し残念な気持ちが残った。とりあえず、途中からでも楽しめるかもと思い元々指定されていた席に座った。


……映画はすでにクライマックスに入りかけていた。主人公が勇気を得て二人のヒロインから一人を選んで告白するシーン。

結末だけ見るのは流石に味気ないな。そう思っていた時にふと映画が全て止まり真っ暗になってしまった。突然の静けさに周りは騒ぎだす、俺と涼華も目をぱちくりさせて現状を理解できずにいた。


それから直ぐにピンポーンパーンポーンと効果音が流れるとアナウンスが鳴り響いた。


『誠に申し訳ございません。上映事故により、ご覧のお客様には返金させていただきます。』


どうやら、映画を回すデジタルプロジェクターに誤作動が発生してしまったようで続きを再生することが現状不可能になってしまったらしい。客に次の上映も待ってもらう事なんてもちろん失礼だから、返金の選択肢を選んだのだろう。


「ボク達にとっては良いタイミングだけどね」


涼華は座ったままこちらの方を見てニコッと笑った。そして上映スケジュールモニターを確認すると俺の方へ視線を上げてくる。


「……次の上映時間、二時間後ぐらいだけどボクは見れるよ。帰るのが夜九時ぐらいになっちゃうけど。ケイト君はもう帰っちゃう?」


涼華は次にこのラブコメが上映される時間帯を調べていたらしい。


「それくらい気にしないわ。滅多にない特別な機会だからな」


もちろん帰らんと、首を縦にふるうと何も映らなくなったスクリーンに目をやった。本当に忘れない思い出になりそうだな。


―――未だに涼華と多呂島君はお互いの手を無意識に握っていた。










~~From the Author~~

日曜の夜にどぞー( ^^) _旦~~

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