第8話 勝負の行方


ガラの悪いお兄さんに絡まれることは一番面倒臭いし怖いな。もちろんスケボーにはリスペクトや多様性を認める良い側面もあれば、やはり絡んでくるような意地の悪い奴も蔓延っている。それはどうしようもないと思ってるし、その側面が消えたら、多様性なんて言葉を使えたもんじゃない。スケボーは良くも悪くもそれぞれの自由な遊びである。


「…………」


「なあ、なんか答えたらどうだ?」


「『自分下手過ぎて何もこたえられましぇーん』ってかw?そんな雑魚ならスケボーすんなよ目障りだな」


容易に口をはさめない俺を完全に舐め切ってなのか、どんどん罵声を浴びせた。気付けば、喧嘩に関わりたくない周囲の人々はガラの悪いお兄さん達から距離を取って、誰も助けてくれる人は居なかった。―――まあ近くにいる人を挙げるとすれば、スケボーに集中しきって何も見えてないイケメン君ぐらいかな。


しかし頼るつもりは微塵もないと考えているため、俺は視線を戻した。——異世界風ストーリーで行動するならば、ここでこいつ等をぶん殴って、退けるのが定番だ。しかし、ボードゲーム部のダサ男にはそんな高等技術は扱えたものでない。取れる選択肢は逃げることと後一つ……


「おい!何か言ったらどうなんだ……」


圧迫感を作り、殴られない体勢から口を開いた。


「お、お兄さん達のスケボーかっけえっ!」


その方法とは、褒めちぎる事のみ!!


はたから見れば完全に媚び諂っているヤバい奴。

……ほら、『何言ってんだコイツ……』みたいな哀れみの視線が痛い痛い。しかーしこれはちっぽけだが、一つのれっきとした作戦である。下手に刺激をしない、かと言ってこの機会を無駄にもできない。『勝負』の練習時間を奪った罪をここで償ってもらおうか。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「いやー見てるだけでも怖かったな、あの柄悪いヤンキーみたいな奴」

「巻き込まれなくて本当によかったわw」

「あの男の子には可哀想だけどな、しょうがねえ」


ボクがスケボーに集中してる間、不意に周りがざわついている事に気付いた。普段の練習でも少人数での会話はあれど、ほとんど全員が同じような内容を口にしているのが何とも奇妙だった。


「あの男の子って誰の事だろう……」


呟きながら周囲を見渡せば、確かにガラの悪そうな二人の男の人が、何者かを取り囲んで、ガヤガヤと怪しい事をやっていた。ダル絡みされていると直ぐに悟ったボクはもう一つ疑問が生まれた。


「そういえば、周囲にケイト君が居なくなっているし……。なんか嫌な予感」


一種の不安が頭の中でちらついた。取り敢えず、距離を詰めて状況を見に行った。どちらにせよ喧嘩は止めなきゃ。そして近付いてみれば、二人の背の高い男性に絡まれている人がケイト君だとすぐに気付いた。嫌な予想は的中してしまったと、ボクは顔を顰めた。


「今にでも助けに行かないと!」


怒りの矛先はケイトを問い詰めている男性へ半分、そして今まで気付けなかったボク自身の鈍感な感覚に半分。速足で間に割って入ろうとした。


―――しかし不意にボクの歩みは止まってしまった。


「全く、違う。もっと足引き上げろよ!そんなんじゃインポッシブル成功なんてできないぞ!」

「下手かよ~。ボード回す体力付けろよな」


「りょ、了解!ほっ!はっ!」


そこにはイジメているような光景は何ひとつ無く、ただただケイトが二人に注意されながらインポッシブルを習得しようとしているという。実に平和な練習風景が広がっていた。言葉に多少棘が感じられるけど、攻撃的なものでは無い。

―――え?え?どういうこと?カツアゲみたいのされていたんじゃ……。

ボクは困惑のあまり、目を白黒させていた。


「お前の技は見てられねえな。もう一回だけ手本見せてやる。それで完璧に乗りこなせよ」


「…あ、ありがとうございます!」


強面のお兄さんは、さも面倒くさそうに頭を掻くとケイトに対して、インポッシブルを見せると約束を付けた。そして持参の奇抜な柄の入ったスケボーを地面に転がすと、いくらか基本技で体を慣らしたうちに、すぐにインポッシブルを成功させた。めちゃんこ上手だった。


「わー凄い!綺麗な回転だなあ。あ、因みに重心の移動のコツ教えてもらえますか?」


「そんなの、ノリ」

「見せてねえけど習得している俺の身から言わせてもらうとな、あれだな……」


今成功させた当の本人は冷たい対応。それに対して、もう一人の滑ってないお兄さんは何故か流ちょうに話し始めた。お互いの尖っている性格のおかげで、随分とケイトはインポッシブルに対して情報を大量に入手できたようだ。


「いやー、ありがとうございます!めっちゃうまくて感動しました!また次の機会があれば教えてください先輩!」


「茶化すなっての。じゃあなガキ」

「今度こそはその場所奪ったるからな」


幾らかの技のポイントを指導すると、遂に二人のお兄さんたちは公園から離れて行ってしまった。ケイトはその後姿が無くなるまでずっと相手を褒め続けていた。——そんな光景を目の当たりにし、ボクはなんて思うだろうか。


――ケイト君カッコ良い……。

確かにあいつらを追い出す強硬手段なんてど沢山あった。でもあれまで穏便に、さらにwinwinな関係で対立を抑えることが出来る方法なんて、すぐに思いつくはずない。まさに、最適行動であった。


「あ、イケメン君か。……いやーゴマすり続けるカッコ悪い姿見られちまったな」


ケイト君はボクの存在に気付くと、困ったように苦笑いを浮かべ、弱気な事を口にした。——そんな謙虚でカッコいいとかもう反則だって……。


「カッコ悪くないよ。……ほ、ほらそれより怪我はないかい?」


「んー、無いけど。とりあえず『インポッシブル』見せ合いするか。時間経ったし」


「そ、そうだね。決着つけようか!」


思わず心の内が溢れそうになって適当な質問で、ボク自身の気持ちを誤魔化した。しかし、ケイト君の方はボクの想いには何も気づかずにクールに返答した。なんだかボクの本質を理解できていないせいなのか、会話が一方通行なのが少し寂しいな。


それでも、ボクはいつか君を、ケイト君をわからせてみせる。高ぶる想いはスケボーと共に。ここまで楽しい夏休み前日を迎えれたことを母に感謝しながら、ボクはそれに足を乗っけると力強く滑り出す。






―――――『勝負』に勝ったのはボクであった。

ケイト君は先輩(?)からのアドバイスを駆使し、一回は成功させたものの、最終的にはボクが二回連続成功を収めて、この勝負は幕を閉じた。正直に話せば、フェアな戦い方ができたとは思っていない。


ケイト君は『勝負』を中断させないために、穏便に問題を解決した。もしかしたらケイト君が問題を無理やりにもはねのけて練習し続けていれば、ボクは負けていたのかもしれない。


「んで、俺の『罰ゲーム』は何を課せられるんだ?」


「うーんとね。やっぱ罰ゲーム決め直す」


「元々決めてたのかよ!自信が相当あったようで……。まあ結果的に普通に負けたけど……」


『罰ゲーム』の内容を考え直したのちに口を開いた。







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