第4話 王子様は想う
ボクの名前は柑咲涼花、からし市にある麗嬢女子高校に通う女子高生。でも学校生活ではよく『王子様』とか違う性別で扱われている。
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「あ、涼花さん!おはようございます!今日もカッコいいですね!」
廊下の角を曲がる所で、女子に話しかけられる。彼女は……まだ一度も面識のない顔。ボクの名前ばかりが渡り歩いているのに気づかされ、苦笑いを浮かべた。
「おはよう、僕の名前を憶えてくれてて嬉しいよ」
幸い、心の中を悟られずに他愛もない会話をやり通す。
自身としては『王子様』は軽くイジられているのかな?と最初は錯覚したものの、最近は本当に女子と違う別物として見られているんだなと感じた。それは正しく絵本に出てくるような本物の『王子様』。だからこそ、すれ違えば名前を呼ばれたり、キャーと言われ握手をねだられたり、まるでアイドルの様に扱われていた。
……でもそれは望まない待遇。ボクにとってその言葉はただの重荷であった。
絵本で出てくるような『王子様』は強く優しい、なにより完璧。ただ普通に接しているだけで
「え、『王子様』ってこんな事もできなかったんだ……」
ある日、ボクはバレーボールの授業でトスを外した。その時、同じチームの女子が僕に視線を移して、こう呟いた。きっと聞こえないとでも思ったのだろう。残念、ボクは地獄耳である。
失敗をすれば軽く失望され、成功するのが当たり前だと思われる日々。失望されたまま、離れられることを想像したら怖くてたまらなかった。僕の思考が歪み始めたのはそれからだろう。
決して失敗してはいけない。誰よりもカッコよくあり続けなければいけない。
入学してからすぐに無理をする日々が続いた。日常を色に表すとするならば灰色かな?とっても苦しい寂しい色。その日常は苦痛で吐き気もするような……ボクにとってこれ以上ない残酷なものだった。
また別の日、それは六月の下旬ごろ、いまだに『王子様』というレッテルに縛られたまま学校生活を送っていたボク。家の倉庫を整理している時に、長細い板を見つけたのだ。母にこの板を見せた時に、「あースケートボードね。懐かしいわ」という答えを貰った。どうやら、母は昔にスケボーを趣味でやっていたらしい。
「板の劣化は…してないわね。部品は交換する必要はあるわ。涼ちゃんもスケーターになってみない?」
倉庫整理に戻ろうとしたときに不意に母から言葉をかけられた。突拍子もない誘いを受けるのはいつもの事である。スケボーには興味も無いし何となく断ろうとしたとき……
「涼ちゃんは学校でいつも『カッコいい』を演じているのよね?ならスケーターなんてピッタリじゃない。私も見てみたいわ~」
演じている、という言葉にグッと胸を抑えた。そのままボクは母に抱かれたスケートボードに目を移した。ボードの先が曲がってるのがなぜか気取った感じに見えたのが笑える。……少しぐらいやっても何も支障はないよね。不思議な気持ちのまま、ボクはスケボーをすることに決めた。
この時はまだ『王子様』というレッテルに縛られたまま、スケボーすることになる。大技を決めるのが絶対。間違った方向のカッコいいを目標に独走してしまっていた。
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「なーんて時期もあったね」
ボクは机に座って頬杖をついていた。七月の下旬で、そろそろクーラーが欲しくなってくる季節だ。
「『王子様』~。宿題写させてくれない??」
急に視界が遮られたかと思うと、不躾な言葉が飛んできた。声の主を見れば、仲の良い友人だった。宿題をしていない事に焦っている様子が無く、ボクの許可が返答するのを確信して待っているように見える。
「ボクも期限ギリギリで提出する派だから宿題が終わっていない、だから無理♪」
勿論断りを入れた。すると、こんな言葉を返された。
「えぇ?!『王子様』って前もって準備するタイプじゃないんだ……」
少々イラっと来る。またきたよ『王子様』偏見。ボクは普通にギリギリ派だし、ニュースを確認したのに傘を忘れることなんて数えられないほどあるアホッ子なんだよ?まずは宿題を忘れていないかを確認してほしかったぐらいなの。
これは適当に返すのが吉かと思い、笑みを取り繕う。しかし、最初に言葉を返したのは涼花ではない、周囲で話を聞いていた他の女子たちだ。
「ちょっと、『王子様』のこと責め過ぎじゃない?もともと宿題やってないのはアンタじゃん。言葉考えなよ」
「『王子様』が可哀想」
「そうよ、そうよ」
オブラートに包もうとした正論がストレートにぶっささる。流石委員長w。やっと、悪口を言ってしまったと認識した友達はボクに対して謝った。
「ご、ごめんなさい。確かに偏見は良くないわよね……」
「うむ分かればそれでよい。ギリギリ派同士、成績落とさないようにこれからも頑張ろうぞよ」
「や、優しいよ!!王子…いや、涼花様ぁ!!」
机越しに強い抱擁をされた件について。まぁ、別に得としか思えないし気にしない。そもそもこの子は偏見意識がちょっと強いだけで根はいい子なのだ。最近では一年バトミントン部のエースとして、周りから慕われているらしい。
ちなみに、この後に委員長さんがエースさんに対して睨んできたり、ドタバタな事が起こったのは別の話。その後にボクはやる気のない化学の授業を受けながら、少し前の事を思い返した。
『王子様』という固定概念から救い出してくれた、ケイトという人。何回も暴走しそうになったけど止めてくれた。しかも一週間前はどうだ?あんなに高いオーリーを魅せられて、カッコいい言葉をかけられて……。しかも、結果ではなく努力が大切であることを分からせられて。
もう、ボクの心臓は彼の事を思い出すたびにバクバクである。手を重ね合わせた瞬間のゾクッと感じた快楽を忘れてはいない。
中学の頃も全く男子には興味なかったし、高校に入れば女子としか関りが無いのかと薄々思っていた。でも、結果的にはあんなにカッコいい男子と出会ってしまったのだ。神様には感謝してもしきれない。
彼がいたからこそボクは勇気をもって、虚の理想像である『王子様』を打破できた。完璧でなくていい、ボクなりのできる範囲で頑張ればいい。当たり前だけど、口先だけの言葉でないケイトの行動には、ボクに強い信頼感を与えた。その結果、無理強いもせずに楽しく学校生活を送れている。いまだに『王子様』って呼ばれてるけどね。
あと恥ずかしい事に、ケイトにはボクの弱すぎる所ばかり見せてしまった記憶しかない。学校生活ではカッコよさを演じていたが、ケイトの前では明らかにダサかった。それは後悔でもある。もし、ボクがケイトに好意を伝えたい時になって、ダサい印象が定着していたらどうだろう?もちろん、フラれるに決まってる。
だからこそボクはケイトに対しては前向きな姿勢でカッコよくあり続けたいと思う。これがボクにとっての唯一の戦いである。
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これが「学校ではダサく、放課後で輝く」慶人と「学校ではカッコよく、放課後ではダサい」と思い込んでいる涼花のラブコメの始まりである。
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