第3話 意地っ張り
「昨日はスケボーをサボったけど、腕落ちてるか心配だなあ」
俺は公園に向かいながらこんな事を考えていた。最近も公園に行ったらいいものの何もせずに帰ってしまったし、練習量に対して不安要素が大きい。ちなみに、昨日受けた追試の合格点は100点中70点であり、追試二回目にして71点でギリギリ合格。取り敢えず、今日の放課後に監禁される可能性は無くなったのだ。先制からの軽く睨まれながらの下校は楽しかったな()
「……お、先客がいるな」
公園に着くなり、見慣れた格好でスケートボードに乗っている人の姿を見つけた。シックな色合いのファッションでどこを切り取ってみても本当にカッコいい。俺とは真逆の存在って事だな。これで顔までイケメンだったら、帰って泣く。もちろんこの世の理不尽に対して!
「よいしょっと」
周囲からは賑やかな声が聞こえる。少し来る時間が遅かったからなのか、スケーターがすでに多く滑っていた。
そのなか俺はぼんやりと彼のスケボーをしている姿を眺めていた。基本技はすでに習得しており、バランスも申し分ない。緩急をつけて余裕そうに滑っている様子がうかがえた。……がしかし、彼には面倒くさいある『こだわり』があった。
「よし、やろう」
次の瞬間、つま先をフロントから出してもう片足を背中側にずらす動作をする。……この時点で既に何をしようとしているのかは俺には筒抜けである。これは前回のようなオーリーの系統ではない。オーリーにしては過剰なまでに足にパワーを入れる。
『あの子、FSビッグスピンやるらしいぜ』
周囲からボソボソと声が聞こえて、イラストみたいに俺の目は点になった。あのオーリーでずっこけてたやつが、スピン……だと?!
「はっ!!」
「……いや待てよ!!」
こういう姿勢が俗にいう、スピン系の技だ。しかもただの簡単なスピンではない。スケートボードを浮かせた後に180度回転する必要があるというエグい技。FSビッグスピン、通称フロントサイドビッグスピンだ。
ボーっとしていたが、何か危険なにおいを感じとり、速攻で動き出す俺。最近は初歩的であるオーリーでさえも制御できなくてぶっ飛んでいたのだ。こんな数日間で上級者が習得するような技が成功できるわけがない。
「……!!」
その後、勢いの足りないスケボーは地面に斜めに刺さってしまった。このままだと前につんのめってしまうだろう。本人から小さい悲鳴が聞こえる。しかし、判断が早かったのもあってか、俺は後ろから彼を支えることに成功した。なるほど、思ったより体が軽い(?)。
「……っ!もしかしてケイト君?」
背中越しに俺の名前が呼ばれる。何となくだけど、救助される事に対して俺の名前とその記憶を結びつけることを辞めて欲しい。別に俺は救急隊員でも何でもないからさ……。
「今日もまたイケメンさんは危険な技をしてらっしゃるね。危険だから他の技からチャレンジした方がいいぞ」
「……いや、今日こそはケイトには負けない」
俺が真剣に注意しても彼はそっぽを向いてばっかり。ちなみに数日前からずっとこんな調子である。初めて会った日は、オーリーで大失敗をしていた。二日目は、俺がスケートボードに乗って愉快に滑っているところを彼に目撃される。
……何故目撃という不穏な言葉を使うのか気になるだろう。実は一日目まではギリギリ素直だった彼だったが俺のプレイを見た瞬間、急に対抗意識を燃やし始めてきたのだ。全く勘弁してほしい。そんな俺にとって最悪でしかない状況を例える言葉と言えば”目撃”が一番ふさわしい。
「なんでそこまで勝負に
三日目から今日まではずっと、彼はプロ級の技に挑戦し続けている。この練習光景は本当に……見ているコチラまで冷や冷やする。んまあ、実際、さっきの状況では手を出してしまったけど。普通は転ぶところを支えるなんて手助けをしてはいけないんだけどなあ……。
「勝負に拘る理由?」
「そう、なぜ俺が標的になるのか不思議でたまらん」
「だ、だってカッコいいからだもん。その…スケボーしている」
「俺が滑っているところがって事?」
「……そうだよ。ケイト君が滑っているところ」
急にキャップのつばの部分で目元を隠す彼。耳が心なしか赤い気がする。もしかしたら生まれて初めてカッコいいと言われたのかもしれん。うーむ解せぬ。きっと、彼の感覚が狂っているんだろうな。だから俺自身の頭の中で『カッコいい』という言葉を否定していく。
「ケイト君よりも良いとこを見せないと、僕は満足できない」
俺と意味のない小競り合いをしたいってわけか。
「安全に気を付けながら頑張れ」
「絶対に舐められてるよね??」
ふんっ、と怒った様子でそっぽを向いた。本当に感情がコロコロと変わる人だ。本心は掴めないし、危険な行動はするし、どうにかして制御できないのか?
「よし決めた」
俺予想、彼はきっと周囲から完璧だと思われたいのだろう。とにかく万能でいたいタイプ的な。そんな性格だからこそ、簡単な技で挫折しているところを他人に見られたくない。大技を決めて、周囲からもっと評価を上げて欲しい。という気持ちが優先されてしまうのだろう。
だから失敗したオーリーですら軽視している。
「ケイト君?決めたっていったい何を……」
「ん?これから俺はお前に最高のオーリーを見せるってことよ」
だがしかし、彼はスケボーというスポーツを知っているとしても、まだスケボーの文化を熟知していない。テレビで見るスケボーは確かに誰もがカッコよく技を決めているだろう。しかし、それはあくまで仕事上、また点数が可視化されたうえでのパフォーマンスである。大技を決めれば認められるとか、別にそうでもないのだ。
「もっと難しい技をできるケイト君がオーリーするの?それこそ僕を下に見て……」
「いや、どの技も磨けば光るからな。オーリーもめっちゃ奥が深く、姿勢や足遣い、腕の動かし方でさえ、少しずれれば飛ぶ調子も全然変わる」
自分のスケートボードを地面に走らせ、足を乗っける。そのままプッシュで勢いを付けたり、後ろ足を意識したキレのあるチクタクで滑り始めた。不意に横を向くと彼は何とも言えない顔で眺めていた。俺はまたスケボーに意識を向ける。そして
蹴り上げるというよりも、まるで重力を操っているかのようにオーリーで宙を駆け上がる。それはいつか見た勢いだけのフォームとは断然違いがあり、巨大噴水でさえ並んでいるように錯覚するほど高く飛んでいたらしい。
「…………」
そのまま、板をつっかえる事もなく、フロントからスッと着地した。その後、ボードから振り出されないようノロノロと滑ると彼のもとへ戻る。
「どうだ?またオーリーに関心持てたか?この技すらまともにできないで高難易度の技をするなんて不可能だ」
速報:経験2年(超初心者)の俺がぺちゃくちゃとスケボーを語る。俺としては楽しいスケボーの文化を知ってほしい一心で滑ったつもりだ。これからが、彼が本当に楽しさというのを体験する時間だ。
「……うん、わかった。ケイトの言う通りオーリーの練習をするよ」
彼も何か自分の間違いを察したように、弱い声になって言葉を返してきた。……なんだか急に素直になられて、逆に気持ちが落ち着かないのは俺だけだろうか?先ほどよりも視線が熱っぽいのが気になる。急に体がゾワゾワしてきたぜー…。
不思議な感覚を振り払いながら、俺は『オーリー』という技を彼にみっちり教えこんだ。オーリーは誰もが通る道であり、この技を経てジャンプの感覚をつかむのだ。
ただでさえ、俺もスケボーの技は他人のを見るだけで習得してきたので、感覚を頼りに『オーリー』教えるのは難航した。それでも、彼がついて来てこれたのが感動する。
バランスを崩して転んでも、すぐにスケボーに足を乗っけてまた滑ろうとする彼の様子を見て、俺は『本当に彼はスケボーが好きなんだなあ』と親近感を感じ始めていた。もしかしたら……初めてのスケボー友達?!ができるとも思い始めていた。
そして練習を始めて一時間ぐらい経過した頃……
「はっ!」
彼の乗ったスケートボードは、斜めにキレイに持ち上がった。その後、足の重心を調節して、今度は落下に備える。時間をかけて練習した甲斐があってか、綺麗な湾曲を描き、ボードが地面に着いた。……見逃してしまう程のわずか数秒の出来事。
しかし、彼は大きく息を吸い込むと、
「……やったー!!習得できた!」
とやや大きな声で達成感をかみしめていた。そう、遂に『オーリー』という技をマスターした瞬間であった。これまで地面に着いてしか技を出せなかった彼には相当嬉しさがあったらしい。
「ふう、やっぱ俺と違ってお前は才能あるよなー。ナイスプレー」
数日でこの仕上がり方は凄い。やっぱ容姿と実力って比例するんだな。嬉しさ半面泣けてくるよ……。
そんなことを思いながら喜んでいる彼を見ていると、急に耳を真っ赤にさせて横を向いてきた。そして俺にこんなことを言い出す。
「お、オーリーみたいな簡単な技で、ここまで喜ぶって……ボクって恥ずかしい事をしたかな?」
これまで集中して周りを見ていなかったが、いざ緊張がほどけて視野が広まってくると急に周りからの評価に気になったらしい。確かに、オーリーは序盤で習得する技。スケボーができる人にとっては基本のような代物である。高身長ながらオズオズとしている彼が目に映る。もしかしたら、笑われるかもしれない、そう思っているのだろう。
「周りを見てみなよ、イケメンさん」
「茶化さないでよって……え?」
視線があっちへこっちへ向く彼を諭して、周囲の状況を確認させる。すると、またもや驚いた様子で、声を漏らしていた。
「頑張ってんねー」「ナイスオーリー!」「その調子だな!」
周りに注意を傾けると聞こえてくる賞賛の声、そしてパチパチと聞こえる拍手。そう、この公園で他に練習しているスケーター達が彼の滑りに反応したのだ。もちろんどれも、彼がオーリーを成功したことを祝っているモノだった。
「…………あ、あ、ありがとうございます!」
まるで夢でも見ているかのような顔つきで周囲を見渡していた彼。俺が背中を叩くと我に返り、スケーター達に言葉を返したのであった。なにせ一時間もずっと同じ技を練習していたのだから、一度は目が留まるだろう。
「僕
ボクの実力に失望してないんだ……」
「んあ?失望?」
各自がそれぞれの練習に戻った後、すぐに彼はボソッと呟いた。その目はまるでどこか遠くを見ているような気がした。そこで俺が話を切り出した。
「日本でスケボーやっている人に対して偏見はあるか?」
「……やさぐれた人……とか、何となく怖い人かな」
「今日練習して、大多数の奴がそんな怖い人だったか?」
「……。いや、皆僕に対してとても優しかったよ」
「スケボーって大技を使ったり、まさにスポーツ!っていう枠に他の人は知らず知らずのうちに嵌めちまっているんだよな。しかも日本は海外に比べてスケボーの印象はかなり悪い。少なからずお前も偏見を持っていたんじゃないか?」
「大技を習得しようと焦ってたね」
「あぁ。でも、スケボーはもっと自由なスポーツ?平たく言えば遊びみたいな感じ。技なんて勝手にアレンジしてもいいし、スケボーすること自体に覚悟なんて必要ないって思ってる。だから……」
熱弁しすぎたせいで酸素が回らない。取り敢えず、一息ついて言い直した。
「だから……自分に似合った努力をすれば、それでカッコいいんだよ。下手に別次元の技に触れたとしても楽しめないだろ?」
「自分に似合った努力…………」
俺の言った言葉を繰り返している彼。これで彼から感じる『こだわり』が少しでも薄れてくれればいいな。
「だからお前は今日、本当に輝いてた。ナイスオーリー」
肩の位置ぐらいまで手を挙げて、ハイタッチを待つ。
「うん、ありがとう。ナイス指導」
潤んだような表情で、ぴったりと手を合わせてきた。ひんやりとした感触が伝わる、そして身長の割には指が細い事を知った。そして数秒経ってもまだピッタリと手を合わせてきている彼。
―――ほう、さてはハイタッチを知らないな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます