俊才セオドール

 廃嫡され今は平民のエドモンドである俺は、家では騎士見習いと言う扱いだった。


 俺たちは師匠と別れた後、新たな出会いがやってきた。


 それは家庭教師セオドール・ミランドという髪を撫でつけた眼光の鋭い男性だった。


 セオドールは父と共にやってくると威厳に満ちた態度で部屋に入り、俺を一瞥し軽んじるような微笑みを浮かべた。


 次に彼はリリアナに対しては異なる顔を見せた。彼は紳士的にふるまい、礼儀正しい言葉で接した。


「ご紹介に預かりました、セオドール・ミランドと申します。先日まで宮廷にて王族の魔術の指南役を務めておりました」

「彼は魔術学院を首席で卒業した秀才でね。彼なら宮廷作法も知っているし、リリアナの講師にピッタリだと思ったんだ」


 父ガレスはセオドールがいかに優れているか、良い出自か、と言うのをリリアナに語って聞かせていた。


 その話に妹は相槌を打っており、時に質問をし。話に花を咲かせていた。


 俺は、その会話に入らず部屋の隅で立っていたが、わざとらしく今気づいたかのようにセオドールが話しかけてきた。


「ところでリリアナ嬢には兄上がいるのだとか、いや『無能』なため廃嫡されたとは聞いたのですが、妹君の婚約者候補としては挨拶をしておかないと考えてるんですよ」


 その言葉に、リリアナから寒気を感じるようなオーラが漏れ出したが、一瞬でそれをしまい込んだ。


「エドモンドお兄様ならそちらにおりますわ。今は騎士見習いとして、家におりますの」

「息子は、魔力こそ無かったが努力家でしてね。善き剣の師に出会えて、先日免許皆伝を頂いたそうです」

「ほぉほぉ、それは……剣術の免許皆伝と言えば、”平民”の中では将来安泰ですな」


 妙なアクセントをつけながら、セオドールはニヤついた笑みを浮かべていた。


「師からは身に余る評価を頂きました。これからも精進する所存に御座います」

「そうか、身の程を弁えているようで何よりだ。まぁ騎士なんて物の出番があるとは思えませんがね。"万一"の時は、"平民"は”貴族”の役立ってもらいましょう」

「はい。その時は尽力致します。私の役割はリリアナを守る事ですから」


 やけに煽ってくる男だ。リリアナがお前の態度に爆発寸前なのに気づかないのか?


 ここ最近は、森へ散策に行く事でストレスを発散していたが、この様子ではまた教師をやり込めて追い返してしまいそうだ。


 俺は、そう思いながらも表に出さぬよう応対した。


☆☆☆


 それから、3ヶ月が経ちリリアナはセオドールから魔術の指導を受けていた。


 彼は思っていた以上に優秀な魔術教師で、妹は未だ新しい教師を追い返していなかった。


 廃嫡された後、母屋に住む事を許されていなかった俺が住んでいる離れに忍び込んで来ては、持ってきたお菓子を片手に愚痴を言っていた。


「早くアイツを追い出してやるんだから! 近頃は父様もセオドールの事を褒めてばかりでもうウンザリよ!!」


 そう言いながら、足を揺すってイライラした様子のリリアナ。


 俺は、そんな妹にお茶をいれて差し出した。


「っ、これとても美味しいわっ。エド兄様、いつお茶の勉強をされていたの?」

「師匠に教えてもらっていたんだ。東方では、剣士も茶を嗜む物らしくて主から茶器を賜るのが最上の褒美だそうだよ」

「へぇ、そんな文化があるのね……東方かぁ、言ってみたいなぁ」


 リリアナは遠くを見つめながらそう呟いた。彼女は『祝福の子』として国防に関わる結界の維持に携わるだろう。


 魔術学院に入学前だがその実力は、元宮廷魔術師のセオドールをして『星のリリアナ』と言う渾名を授ける程の数を習得していた。


 しかし、妹は自身を貴族の役目から解き放つような魔術の先、魔法と呼べるは無かった。


「セオドールは、そろそろクビにするわ。最近は、小手先の話ばかりで新しい事を教えてくれないもの」

「お疲れ様、リリアナ」

「それで最終試験は森に入って実際に狩りをする事ですって、本当は兄様にも来て欲しいけど。セオドールには拒否されたわ」

「そっか……何か有ったら駆けつけるよ。俺はその為に鍛えてるんだから」


 その言葉にリリアナは微笑んで俺の手を取った。


「ありがとう。兄様、何かあった時の為のお呪いをしておくわ」


 それから俺には聞き取る事が出来ない呪文を唱えて俺の右手の甲が暖かくなると、そこに模様が刻まれた。


 描かれたそれはルーン文字で、複雑に描かれており仄かに鳴動していた。


「私が助けを求めた時にその文字が光るの。擦ったら消えてしまうから、私が帰ってくるまでは消さないでね」

「分かった。これをリリアナだと思って大事にする」


 俺がリリアナに向かってそう誓うと、妹の白く透き通った頬に朱が刺していた。


 その姿を見てセオドールの野郎にリリアナをやるわけにはいかない。けれど誰なら良いんだろな。と心の中で苦笑した。


☆☆☆


 数日が経ち、リリアナの実地試験当日になった。


 俺は、日課である剣術の稽古をしていたが、肌がひりつくような感覚があり師匠からの教えを体現出来ずにいた。


(一刀流の極意は観察と理解……心の迷いはそのまま剣の曇となる)


 いついかなる時も心を平静に保ち、相手の急所を知る事が大事だと師匠は言っていた。


 それは、人体の急所だけに留まらず、全ての物に通ずる。


 その瞬間――俺は、腰の剣を抜きざまに空を切った。


 その剣先は空間を置き去りにし、風を切った。


「ふぅ……」


 剣から描いたその曲線、そこに降ってきた木の葉が触れると、葉は真っ二つとなった。


 俺はその光景を確認し、額から流れた汗を拭き取り成功を噛み締めた。


(でも一度だけじゃ駄目だ。連続で、1000回でも2000回でも連続で成功させないと)


 師匠からは免許皆伝だと言われたが、実はまだ一刀流の真髄の最初の段階だと言われた。


 一振りでこんなに時間を掛けていたら駄目だ。実践ではとてもじゃないが使えない。


 それにご先祖様は、空を裂き、海を割ったと伝承にある。


 俺はこの一刀流の先にその力が有るのではないかと考えそれを目指していた。


 いつか師匠を追って、さらなる真髄を求める旅に出よう。


「師匠はエルフだからな……『爺になっていても剣を見てやる』と言っていたしな」


 手に持った剣を見ながら、師匠に教えてもらった鍛錬を続けていると、日が落ち空が薄紅色に染められていた。


 一区切りさせて母屋の方へ足を向けると右手の模様が輝きだした。


「!? リリアナっ!」


 使い方は模様を水平にし、外側にある矢印が光った方角へ進むと術者の元へと辿り着くそうだ。


 俺は、直ぐさま森へと向かって駆け出した。


☆☆☆


 セオドールは、リリアナと共に森へ狩りに出かけていた。


 今回の実地試験では、魔術を使って森の道を切り開き、獣を狩る事だ。


 箱入りのお嬢様で本の虫と聞いていたリリアナに経験は無いかと思っていたが、森に入ると特に危なげなく足を進めていた。


 それは魔術だけに頼らず、ナイフも携帯しており、必要に応じて使い分けている様子からも見て取れた。


(くそっ、この手の事は苦手かと思っていたのに……まぁ、合格を判断するのは試験管である私の裁量だから。根を上げるのを待てばいいだろう)


 本当は3ヶ月の間にリリアナを落とすつもりだったが、どうもこの娘は人を馬鹿にした所がある。


 魔術学院では神童と言われていた私だが、この娘の才能は私を超えている。


 ――だからこそ、ここでモノにしなければ――


「森を歩いた経験はお有りなのですか?」

「えぇ、それなりに……」


 休憩中のリリアナ嬢は、チラチラと自らの右手を見ては心此処にあらずと言う様子だった。


 しかし、周囲に獣が近づくと即座に反応をし警戒態勢に入っていた。


(まぁいいでしょう……あの場所へ行きさえすれば……)


 リリアナを先頭にして、森を奥へ奥へと進んで行きやがて日が暮れようとし始めていた頃――


「セオドール様、そろそろ陽がくれてしまいます。屋敷に戻りませんと皆が心配しますわ」

「いや、まだだ。野営の腕も見ておきたいからね。それにこの先には泉がある。とても綺麗なんだ」

「……そこへ行ったことがあるのですか?」

「あぁ、試験管として下見をしたからね」


 やや怪訝そうな表情をしたリリアナだが、反論の言葉は思いつかないようだ。


「わかりました。では、屋敷への連絡は――」

「いや、それは私が行う。試験内容は手紙にしてあるんだ。それには地図も書いてあるからね。魔術で伝える言葉よりも確実だ」

「まぁ……それは準備がよろしいのですね」


 ――あぁ。この為の仕込みをしているからね。


 思わず口角が上がってしまったのを誤魔化しつつ私達は、目的の泉へ向かった。


 着くとそこには――金色に輝くホタルが舞っていた。


「……とても綺麗」

「そうだよ。もっと近くで見てご覧」


 リリアナが池に舞う幻想的な光のショーを楽しんでいる間に私は、この地に仕込んでいたルーン文字で描いた魔法陣に高い魔石を焚べて発動させた。


 この魔石は、私が1年掛けてじっくりと馴染ませた物だ。結界を超えて、さぞ強力な魔物を呼び出すだろう。


 結界に干渉する魔術は、国防上禁忌とされているが、知ったことか、どうせ此処には目撃者なんていやしない。


「!? セオドール、これは一体!?」

「最後の試練で御座いますよ。リリアナ嬢様! さぁこの魔物を……この魔物を……」


 私が、呼び出したのは赤い鱗をした巨大なドラゴンだった。

 その瞳には、種を超えて魂に訴えかけるような怒りがあり、煌々と光っていた。


「へ?」


 そして私は、ドラゴンの前足で薙ぎ払われた。


☆☆☆


 眼の前で、セオドールがボールの様に転がっていった。


 私、リリアナは突然現れたドラゴンから発せされる圧力に足が震えていた。


 それは生理的な物だけでは無くて、魔術的な物だと感じた。


 いつもは、すぐに想起されるルーン文字が締め付ける様な恐怖によって形をなさず、その桜色の口から紡がれる呪文が震えていた。


 古のドラゴンは、その鱗、その筋肉、その血液、全てが魔術的な回路として機能し。魔術を放ち、空を飛ぶと言う。


 あの雄々しく広げられた羽は、マナを効率的に吸収する為にあり、鳥の様に羽ばたく為の物では無いのだと言う。


 震えてすくむ私に対して、ドラゴンは口を歪めた。


 すると、無遠慮に呼ばれた怒りを雄叫びに変えると周囲に風刃を巻き起こした。


 その刃によって、私の体はズダズダに切り刻まれ揺蕩っていたホタル達は吹き飛ばされて、月明かりだけがこの場を照らした。


「Galalallallal」


 ドラゴンの雄叫びが木霊し、空間を震わせたかと思うと、口の中に灼熱の炎を作った。その炎は赤色から青色へと変わりやがて真っ白になって――それを吐き出した。


「た、助けて兄様……」


 そう呟くしか出来なかった私。兄には、救難信号を送っているが、すぐに助けに来るとは思えない。


 死を覚悟し瞳を閉じて祈りを捧げた瞬間――迫っていたドラゴンのブレスは、何かによって両断されて掻き消された。


「リリアナ、ごめん待たせた」


 そこには兄様と瓜二つの後ろ姿が有った。もう私は天国に居るのかもしれません。


「アイツを倒すから、ちょっと待っていてくれ」


 彼はそう言うと、剣を鞘に戻し構えた。その姿は、勇ましく、かと思うと自然体にも思えて不要な力が入ってない様に見えた。


 ドラゴンは、兄様の登場に当初面食らっていたが、再びブレスを集中させてそれを放とうとすると――


「それはもう見た」


 その言葉と共に剣が解き放たれ、一筋の光となってドラゴンを一線した。


 ブレスの灯火が消え去り、首がゆっくりと落ちていき。


 人よりも大きな頭部が落ちる質量が、衝撃として足から伝わってきました。


「ドラゴンスレイヤー……それも一人で『無能』の平民が……ありえないっ!」


 気づくと満身創痍と言った様子だが、駆け寄ってきたセオドールがそう言った。


「師匠なら最初の一刀でドラゴンなんて殺していたぞ? 二刃目を振るった俺なんてまだまだだ」


(いや、絶対おかしいっ! その師匠って奴も!!)


 どうやらエドモンド兄様は、人外の強さを手に入れたようです。それこそホラ吹き伝説として名高いバルダモアの様に。


おわり

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祖先の建国伝説(ホラ話)を読んで本気にした主人公がクソ努力して、強くなったら…… ケイティBr @kaisetakahiro

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