星のリリアナ

 私はリリアナ・アルヴェリアン、古びた家名を背負う貴族の娘。


 かつての栄光は今や影もなく、ただ歴史の書物の中だけの存在。私自身は、その事をかび臭く感じていた。


 代々国家の要職を務め、国の礎ともされた我が家だが、最近の世代は魔力の衰え、かつては国を動かした力は今や伝説の中。


 魔力は、私たち貴族社会においては単なる力ではない。それは名誉と地位を象徴し、家族の未来を形作る。


 貴族としての我々の役割は、この力を使い、国と民を守ることにある。魔力の衰えは、直接的に我々の社会的な立場と影響力の低下を意味する。


 国の要所である都市には周辺国から侵攻を防ぐ結界が張られており、その結界に魔力を注ぎ込むのが、貴族の役割とされていた。


 そんな情勢の中、『祝福の子』としての私の誕生は、母の命を代償にしたものでした。


 その事実は私の心に重い鎖となり、周囲の称賛とは裏腹に深い罪悪感を感じさせる。


 『祝福の子』が家族に希望をもたらす一方で、それは私の心を重たく、陰鬱なものにしていました。


 しかし、父ガレスは5歳の私にマナコアが宿りその魔力を測りその量が規格外である『祝福の子』だと言う事が分かると、領民をあげて毎年の誕生日にお祝いをしていた。


 父ガレスは私を『自慢の娘』と呼ぶ。だがその言葉の裏には、母を失った悲しみと、家を守るための絶望的な希望が隠れている。


 魔術書に没頭することで、私は母の失われた笑顔と、自分の存在の矛盾を忘れようとした。魔術は私の逃避でもあり、唯一無二の存在でもあった。


 やがて全て読み終えてその力をすべて再現する事に成功すると――


「天才だ……リリアナ、君は本物の天才だよ!」

「まぁ、お父様ったら、こんなの誰でも出来ますわ」

「そんな事は無いっ! 普通の魔術師と言う物は魔術書を持ち歩いてそれを元に再現するものなのだよ!」


 魔術とは、ルーン文字を正確に描きその文字を読みながら魔力を流す事で発動する物です。


 このイメージには、大変な正確さが必要で長い修練をする必要があります。


 自然と同じイメージが出来るまで、体に覚え込ませる。それが魔術の基本です。


 そして私には特別な才能がある。一度目にした魔術の式や呪文を完璧に記憶することができるのです。


 この珍しい能力のおかげで、私は膨大な魔術の知識を瞬時に吸収し、それを実践に移すことができる。


「お父様、私もっと魔術書が読みたいですわ。家の書物はもう読み終えてしまいましたの」

「おぉ、そうだね! 分かった。可愛いリリアナの為だ。私の実家を頼ろう」

「早くお願い致しますわ。私、暇ですの」

「もちろんだ! では、私自ら実家にお願いをしにいこう!」

「まぁ、それはありがとう存じます」


 この時、まだ10歳で魔術学院へ通う12歳以上なっていない私は、暇を持て余していました。


 社交界でのマナーや歴史の講義、ダンスでさえ、もはや書物で知り覚えた事の繰り返し。

 

 最初、講師は「なんて教えがいのある子だ!」と喜んでいました。


 そんなある時、私は時講師に対してこう言いました。


「そちらのマナーは時代遅れですわ。今は、流行はこちらですの」

「は……いえ、そんなはずは有りません。私が社交界に居た時は――」

「私、王都の新聞を取っていますの。そちらで書かれておりましたわ」

「か、確認させてもらいます……」


 うつむく講師を尻目に私は、自身の想像を超えた何か、私だけのものを見つけたいという渇望があった。


 それからは講師の方が私を見る目が変わり、敢えて間違った事を教えようとしたり、独自の理論を押し付けようとしたり、と私は講師と険悪の仲になりました。なので私は――


「あなたから学ぶ事は無いので、明日からは来なくて良いです。契約金は全額払う様に父様に伝えます。今までご苦労さまでした」


 その言葉に面を喰らっていた講師ですが、頭を下げて部屋を辞する時に「ッ、頭でっかちの小娘が」と小声で言っていましたが、私は聴覚を強化する魔術を常に発動しているので聞き逃してはいません。


「私、この家の中の会話は全て聞こえてますの。だから誰かの悪口は言わない方がいいですわよ」


 そう告げると、講師は青ざめてすぐに家を出ていきました。


☆☆☆


 私はため息をつきながら、外を見やるとそこにはエドモンド兄様がいらっしゃいました。


 兄様の側には東方からやってきた剣士が側にいました。


 ……本人が言うには武士だそうですがその方は、耳長のエルフでイワンと名乗っていました。


 イワンは、長い旅の中で戦争を経験して武術や生きるすべを学んだと言います。


 そんな彼には、この大陸の端を見に行くと言う目的があり、今は路銀を稼ぐ為に剣術指南役としてエド兄様を指導していました。イワンが当家に来てからもう5年が経っていました。


 普段、兄様は幾度も幾度も同じ剣の型を練習しているだけで、師匠であるイワンと打ち合うような稽古はしていませんでした。


 なんでもイワンが使う『一刀流』を極めれば、全ての物を両断出来るので打ち合いは無意味との事でした。


 私は一度だけ、イワンの『一刀流』を真似て剣戟を放ったのですが、彼からは『一刀流』の才能が無いと言われました。


「そんな筈はありません! 完璧に真似ている筈ですわ。もう一度ご覧くださいませ!」


 そう言い放って、もう一度剣を振るいましたがイワンは首を振るばかりでした。


 全く訳がわからないと、私は剣を投げ出してしまいましたが兄様はその間もずっと剣を振り続けていました。


 そんな日から時が経ち――


 捻くれた私にも、エド兄様の優しさは変わらない。


 彼と過ごす時間は私の心の灯台のようで、彼の言葉はいつも私の心の奥をくすぐる。


 兄としてだけでなく、私の最も信頼し、敬愛する彼の存在は、私の人生において不可欠なものになっていました。


「どこへいくのかしら?」見ると彼らは準備をしており何処かへ向かおうとしていました。


 エドモンド兄様は雄々しく屈強な肉体となっており、胸筋ははち切れんばかりで、腕も太くたくましいですが、その顔には素朴さがありとても柔和でした。


「エドモンド兄様、イワン、どちらへ参りますの?」


 そう私が問いかけると、兄様は温和な顔をさらに綻ばせて私へ手を振りました。私は、それに小さく手を振り返します。


「リリアナ! これから森に探索へ行くんだ。良かったら君も来るかい? 良いよね、師匠?」

「えぇ、拙者とエドが居れば問題ないでしょう。いざという時、妹君はエドが守りなさい」

「はい! もちろんです、師匠!」


 彼らはこの5年でとても仲良くなりました。最近は本当の親子なのでは? と思う程です。


 父様はマナコアの無かった兄様をまるで居ないものとして扱っていました。


 母様が亡くなって、悲嘆にくれて部屋に閉じこもっていたエド兄様に父様は最初叱咤をしていたそうです。


 しかし兄様は10歳に成ってもマナコアが無く、魔術の適正が無い『無能』だと分かると兄様を廃嫡とし。


 私が、アルヴェリアン家の次期当主となりました。


 今回、父様は実家に戻って魔導書を持参すると共に私の婚約者候補を連れてくるそうです。


 まだ見ぬ『未来の夫』となるかも知れない男性と会う事を考えると憂鬱でした。

 

「丁度、外へ出たいと思ってましたの。準備しますわ」

「あぁ、待ってるよリリアナ!」


 快活に笑う兄様に微笑み返し、私は近くの森へ行く事になりました。


☆☆☆


 やって来た森には様々な、動植物がおり家に閉じこもっていた私には新鮮でした。


 私は汚れも良い服と歩きやすい靴で森に入りましたが、頭で考えるのと実際の森の歩き方は別物でした。


「流石リリアナ姫は、覚えが早いですね」

「そ、そうでも有りませんわ。これでも思ったよろ苦戦していますの」

「そうか、それは重畳」


 隊列の後ろで全体を見ているイワンは、何処か皮肉った感じで笑いました。


 エドモンド兄様は、前の方で藪を分けてくれており、時折、足元に気をつける様にと注意をしてくれます。


「リリアナ、疲れたら言うんだぞ」

「はい。お兄様」


 そう言いましたが、私の足は疲労によって膝が笑っていました。


 危うく転びそうになった時に兄様が手を差し伸べてくれて、腕を掴まれました。


「大丈夫かい? 少し休憩しようか」

「えぇ……そうしましょう」


 そのまま私は兄様を間近で見つめてしまいました。その曇のない青い瞳はまるで空に浮かぶお星さまの様でした。


 そのまま見つめ合っていると、兄は少し首を傾げましたがその瞳は私を射抜き続けています。


「ヒヒっ、そういうのは舞踏会でやるもだぜ。お二人さん」


 そうイワンが冷やかしたので、私達は離れました。


☆☆☆


 時が経ち――静かな夕暮れ時、イワンは私たちに別れを告げました。


 指南役の役割を終えたので、大陸の端を目指すそうです。その言葉にエド兄様は、イワンとの別れに大粒の涙を流していました。


 二人は肩を叩き合い、どちらからともなく拳を突き出して打ち合うとお互いに再会を誓ってました。


 夕焼けが私の心に刻まれて、夜空に星が輝き始める時、震える私の唇は「イワン、いつかまた会いましょう」と紡がれました。


つづく

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