第7話 最悪のバディ・ミロクは伏線一つとともに現れた。

 私のペアが…ミロク・ヒトトセ?無理、無理、無理、無理!耐えられないっ!

 なんであいつが私とペア?ご冗談でしょ?

 これなら、冴えなく頭の悪い生徒の方がまだマシよ。

 ミロクは私の気などつゆ知らず、優雅な足取りで教壇の前に向かい、ウオッシュ教官に敬礼をし、そして目を輝かせた様子で私の前に来る。

 来る際に目が合うと、彼女は私に対して優しく微笑みかけてきた。


 イラつく…この女……。

 私は動揺を悟られないように無理やり笑顔を作り右手を差し出す。


 ミロクもそれに応えるように笑顔で右手を出すと、力強く握手をすると同時に私の耳元に流れるように口を近づけた。

 一瞬のことなのに、全ての時がゆっくりとゼンマイを回すように流れていくのを私は感じた。


「これから嫌でも仲良くしてよね、ニア」


 私の中に彼女の吐息がかかり、耳元をくすぐり、全身がゾワッとする。周りの生徒や教官たちに聞こえないほど小さな声で微笑みながら右手を放す。


「っ!…」


 私が顔を歪ませたのを見て、彼女は手を離すと何事もなかったかのようにウオッシュ教官に敬礼をして席に座る。

 私は彼女の背中を睨みつけ、軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせミロクの隣の席に座る。

 絶対負けるものか…こんなふざけた女に…。絶対に一学年が終わるまでに泣かす。

 私はそんな決意を固めると、ウオッシュ教官がついに最後の生徒の名前を呼び、最後の生徒も教壇前に歩いて行く。


 これで全員のバディが発表された。


「今呼ばれたバディと共に一学年が終わるまで模擬戦および実習なども行ってもらう。お互いを知りお互いの技術を盗み合い、お互いに高め合うように。以上。質問があれば、各担任教官に聞け」


 ウオッシュ教官は名簿を閉じると生徒は立ち上がり敬礼し、教官たちもそれに応えるように敬礼をする。ウオッシュ教官や他の教官たちが視聴覚教室から出ていくのを確認すると生徒たちも自由に立ち上がりバディにお互いに握手を交わして教官の指示のもと教室から出ていく。

 隣の席に座るミロクは何か言いたげにウズウズしているが、私は何かを言わせるつもりは一切ない。


「さっき私を愛称で呼んだけど、これからは呼ばないで」


 私は鞄を肩にかけながら席を立ち上がる。


「ダメ?ニアがアニアちゃんって呼ぶなって言ったからニアにしたんだけどな…。あっ、ニアニアとかどう?もっと可愛くニャアニャアとか!!」


「ニアでいい」


 …調子狂う。

 本当はニアなんて愛称をこいつに呼ばれたくないけど、これ以上放っておくともっとひどいあだ名になってしまいそうで鳥肌が立つ。

 ミロクは私の名前を何度も何度も呟きながら嬉しそうにムカつく表情でうんうんと頷く。


「じゃあ、私陸組だから。ばーばバーイ」


 ミロクは満面の笑みで私に手を振り教室から出て、整列に参加する。


「アニアちゃんミロク生徒とバディになったんだ…」


 背後からルボフが鞄を持って私の顔を覗き込む。その表情から心配と困惑が同時に見て取れる。

 私はそんなルボフを見て思わず吹き出してしまう。


「私が不安な表情ならわかるけど、なんでルボフがそんな顔してんのよ?」


 不安そうな顔のルボフの髪を背伸びして両手でくしゃくしゃと撫で回す。


「だってさ…アニアちゃんはミロク生徒を気に入ってなくて嫌そうにしてたし……」


 ルボフは撫で回された髪を手櫛で整えながら俯く。


「そりゃあ嫌よ…ムカつくし。でも、バディが誰であろうとこれは学校の課題なのだからするべきことをしないとでしょ?まあ一学年終えるまでに泣かして優秀な成績で終わらせるって決めてるから」


 ルボフの不安そうな表情は少し和らぎ笑顔になる。


「一年宙組、廊下へ整列!」


「はっ!」


 陸組が教室に戻るのを確認するとウオッシュ教官の号令がかかり、私たちは廊下に出る。


「休め!」


 副担任教官を先頭に2列横隊で並ぶと、ウオッシュ教官は私たちに正面を向ける。


「各生徒、副担任であるゴドリス教官の引率のもと、1年宙組教室に移動。その後、本日のカリキュラムを終えたとし教室にて解散。夕食後の夜間実習授業は今日はないため、寮に戻り体を休めるように。以上」


「はっ!」


 私たちは敬礼し返事をし、そのまま教官の先導で昇降口に整列して歩いていく。


「ルボフはバディの子どうだったの?」


「えっとね…海組の生徒でまあ厳しそうだけどいい子だと思うよ。模擬戦の戦績は中くらいとかじゃないかな」


「ふーん、私もそういう子がよかったな。らくそうだし」


「また、アニアちゃんそういうこという…」


 教室前まで到着すると、ゴドリス教官は教室の戸を開け、私たちはそのまま教室内に入り鞄を席の下に起き着席する。

 ゴドリス教官は教壇に立つと名簿を教卓に立てて置き、教室内を見渡す。


「ああ…授業はこれでで終わりだが気を引き締めてそれぞれ必修運動等、鍛錬を忘れないように…これにて解散」


「敬礼!」


 生徒たちは席を立ち左手を背中に当て、右手を額の前に持って揃える。

 ゴドリス教官は軽く右手を斜め前に出して教壇を下りる。

 私たちは教官が教室から出ていくのを確認するため一旦沈黙が流れ、すぐにそれは授業がやっと終わった生徒の歓喜の声で埋め尽くされた。


 そして、各々席を立ちクラスメイトと談笑しはじめたり教室を出て行く。


 色々あった1日に疲れ切った私は椅子の背もたれに寄り掛かって伸びをし、今日という1日が終わったことに少し安堵する。


「やっと終わったぁ…ルボフ帰るわよ。今日は私たちの部屋がゴミ当番だから、他学年の生徒が帰ってくるまでにダストシュートに捨てましょ…あそこいつも混むから」


「ごめん、ちょっと寮に戻る前に模擬戦をしてくるから先に部屋に帰ってて」


「今から?」


 彼は申し訳なさそうに手を合わせて私に謝ると牛の皮でできた滑らかな手触りの鞄の蓋を開き、中から模擬戦申込票と書かれた紙を私に見せる。

 紙の上に走るインクに書かれた黒というより他の色が混ざっていて赤みがかったルボフのサインは、所々文字のにじみや染みなどが付いていた。


「ふーんサポートに入ろうか?」


「いや、今月の分の模擬戦表の点数が足りてないだけだから大丈夫。ちょっと今月は負けちゃっててやばいから、廃棄にならないように模擬戦しとかないとね」


 模擬戦は原則として自分から相手に対し対戦申込票を提出して、受理されれば1日に何回でも対戦することができる。しかしそれは裏返せば誰も模擬戦を受けてくれなければ、対戦を受理されるまでずっと何もすることができずにそのまま『廃棄』行きになるということだ。


 なので人脈と人脈を繋ぎ模擬戦のできる相手を探さなければならない。これがこの学校の酷なところだ。

 まあ私は何もしなくても、色んな生徒から一発逆転を狙って挑戦されるけど。


「相手は誰よ?」


「海組の女子生徒だよ、ほら同じクラスのパンラオイス生徒の…あっ!あの人」


 廊下を指刺したその先を私が目で追うと、そこにはパンラオイスとかいう私の記憶には存在しない地味めの生徒が教室の窓から顔を出し廊下に立っている茶髪の少女と抱き合いながら何か親しそうに耳打ちしながら話し込んでいる。


「あのディア生徒って娘とパンラオイス生徒って付き合ってるんだって。いいよねぇなんか憧れるな」


「いつどちらかが廃棄になるかわかんないのに恋人関係を結ぶのって結構リスキーな気がするけど」


 うっとりとした溶けたような目で二人を見つめるルボフに対し、私は興味がないため怪訝な表情で適当に返事をする。


「アニアちゃんはわかってないな……。まあとりあえず俺はディア生徒と模擬戦を受けに行かないといけないから、また後で部屋でね」


 ルボフは鞄を持つと私に手を振り教室から出ていく。私はそんなルボフの背中を見送りしばらくクラスメイトの談笑をぼんやりと聞く。 


 教室・放課後・生徒の談笑、この三つが揃うたびいつも先輩のことを思い出す。


 ルボフはわかってないっていうけど、実は私だってずっとそばにいない相手を待って思い続ける相手はいる。まだルボフとも友達になれていないずっと孤独だった中等部2年の私に手を差し伸べた最初の友達、それが先輩だった。

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騙されたらキミの負け戦記〜戦争に生きる少年少女たちの生き様の話〜 酒都レン @cakeren

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