第6話 いじめに伏線など存在しない。

 1年宙組の教室はというと、まだ少しながらも桜が咲き誇り小鳥が歌う春だというのに真冬に雪が降るよりも凍えたどんよりとした重い空気が漂っている。

 みんな少し気が立っているような、ピリピリとした雰囲気だ。

 そしてそんな空気の中、そんな空気を作り出した張本人が教室のドアをバンッと開けながら入ってきた。


「はぁ…まじイラつく!」


「アニアちゃん、声落として…」


そう、私が原因だ。

まあ私が原因という言い方はおかしいが、教室の後で箱を持って泣き崩れているアリエスを潰し『廃棄』送りにしたの私だ。

しかし、私も彼女が挑まなかったら彼女を潰すつもりは一切なかったしそれに負けたのは自業自得じゃないだろうか。

それを私のせいにするなんてたまったもんじゃない。


 泣き崩れたアリエスの周りに集まる女子生徒たちは私を睨みつけひそひそと何かを小声で話している。


「これだから、弱いものいじめって嫌いなのよ」


「は…はは…それ、アニアちゃんが言う?」


 ルボフは私の言葉に苦笑いをしながら答えるが、私は聞き流す。


「アニア様、さすがですわ。またクラスメートを廃棄送りにして」


 先ほどまで、世界地図の前でグループを作って私を冷たい目で見ていた生徒のうち一人が私に声を掛けてくる。

 このクラスの生徒は皆一様にルボフ以外はプライドが高いが、先ほど私を陰でコソコソ言っていたグループ…目立たないくせに人数だけが多い地味グループはなぜか、クラスの中でも群を抜いてプライドが非常に高い。


「あら、元優等生様のご友人がわざわざ私なんかに話しかけてくださり光栄ですわ」


 私はわざとその気取って言ってるのかすらよくわからない変な口調で返すと、その優等生様のご友人は身体を震わせる。


「アニア様ったら、私をおちょくってますの?」


「もちろんそんなつもりはありませんわ。ただ、嫉妬心とは恐ろしいものですわね」


 すると彼女は顔を真っ赤にして怒り出す。もちろん彼女が私に嫉妬していないことは分かっているがあえて挑発している。理由は一つ、その方が楽しいから。


「ん"んっ…とにかくまた一人のクラスメートを廃棄送りしてどんな気分ですの?かわいそうとか慈悲の気持ちは…ないのかしら?」


「は?何言ってんの?」


 私はわざと嫌味なしの真顔で彼女に言うと、彼女はたじろぐ。


「勝負に慈悲もクソもないでしょ?勝負に情けをかけない。情けなんかかけたら、自分が殺される…それが戦争の世界。でしょ?」


 私がそう返すと、彼女は唇を噛みしめる。


「そ…そういう割には自分は主席から次席に落ちたんですわよね?どうするのです?主席のないアニア生徒なんて誰も敬ってくれないわよ。これからはみんながあんたを狙って模擬戦を申し込んでくるわっ!!」


 その変なお嬢様口調すらも忘れ、半狂乱という言葉がふさわしい今の彼女は息もつかずに私にそう叫んできた。

 私はその彼女の言葉を聞き、ふっと鼻で笑うと彼女に近づき見下ろすように彼女を睨みつける。

 そして彼女の耳元に口元を近づける。


「あんた馬鹿?私自身の強さは変わってないんだから私以下が束ねて挑戦してもそいつらが負けるに決まってるでしょ。そんなこともわからないから、あんたたちは廃棄ギリギリの順位にいるのよ」


「なっ…」


 彼女は私の言葉に対して言葉を失い、口をパクパクと動かすだけだ。その言葉が逆鱗に触れたのか、私に言われっぱなしで叶わず一矢報おうとしたのか、この女の感情など定かではないが彼女は私に向かって腕を振り上げた。


 今日はよくもまあ、なんだか知らないけどよく叩かれる日だ。


 私は叩かれる寸前に目を閉じる。しかし、なかなか振り上げられた手は振り下ろされない。ゆっくりと私が目を開けると私を叩こうとしていた女の腕を背後にぼぉとした表情のミーミュアが掴んでいた。


 ミーミュアは力の篭ってない目でその猿を見つめる。


「ルルルマ。やめよう。殴るとかそういうのは不毛」


「いつも廃棄に一番近い最下位に位置するあなたが、私たちのグループに恩恵でいれるあなたが私に逆らうつもりです?」


「ごめんなさい、ごめんなさい。逆らいたくない、でも荒波も立てたくない」


「そう、ミーミュア生徒の言う通りよ。荒波を立てるのはやめましょ?」


 私は彼女の肩にポンと手を置く。何もいうことのできないかわいそうな猿に笑顔を向ける。


「ま、頑張って。私に勝てないからって八つ当たりしないでよね?」


 そう言うと彼女は悔しそうな顔をして仲間たちのところに戻る。

 所詮猿は集団ではないと、一匹では活動できないのだ。私はそんな様子の彼女を見て満足すると席に座る。後ろからアリエスが嗚咽と共に教室を去る音が聞こえるが私は振り返ることはしない。


「まあ絶対に私が廃棄送りになることはないでしょうけど、あんな見苦しく泣くような真似だけはしたくないわね…」


 先ほどから出てきている『廃棄』とは、簡単にいうと退学ということだ。

 この学校では模擬戦が全てで、模擬戦表で一学年生徒90人中下位5位を3回とると廃棄送りとなる。


 ただの退学をなぜ『廃棄』と言うのかは私も理由は知らないが一番有力視されているのは、廃棄となった生徒は皆なぜか退学後、行方不明か音信不通になるからだ。

 だから、皆生徒は廃棄されずに卒業するために死ぬ気で模擬戦に挑む。


 ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴る。


 そしていつものようにウオッシュ教官が教室に入ってきたが、表情はいつもの優しいものではなく厳しく凛々しい表情だ。   

 それを見た生徒たちはすぐに席に座る。

 今日一日ピリピリしていた理由はアリエス以外にもう一つある。


「全員いるな?…よし」


 ウオッシュ教官はクラス全体を見回すと、私たちの机の前に立つ。


「前日から話していた通り、今日から一年宙組と一年陸組、そして一年海組での合同指揮実習を始める。前にも言ったがこれは成績の50%を占めるぞ」


 合同指揮実習とは簡単にいうと、一年生にある三クラス「宙組、陸組、海組」のそれぞれでバディとなり、お互いがお互いを支え合い模擬戦を戦うというものだ。

 私たちの学校は高等学部入学早々から3カ月間他の教室と競わされる『総合模擬戦』と呼ばれる訓練を行い、その後2カ月間様々な分野での演習を日々行い実力の向上を行っている。そしてこの連携や作戦立案能力を高める目的で行われているのが『合同指揮実習』だ。


「宙組と陸組、そして海組は空中戦、陸戦、海戦のスペシャリストだ。お互いにペアを組むことでお互いの技術を盗み合い最高の戦果を挙げることを目標に模擬戦をしてもらう。いいな?」


「はっ!」


 私たちは声を揃えて返事をする。するとウオッシュ教官は満足そうに微笑みまたクラス全体を見回す。


「それでは、レスキナ教官から陸組の準備が整ったということなので今から視聴覚教室に行く。各クラスの担任教官、そして副担任教官も同行する」


 そうウオッシュ教官が告げると、私たちは席を立ち上がり荷物を持って教室をでる。


「みんな緊張しているわね」


「そりゃそうさ…なんせ相手との相性で順位が大きく変動するかもしれないんだよ。これのせいで廃棄になった生徒が毎年十数人もいるって先輩から聞いたよ」


「まあ、バディの子より数段高い技術を見せて自分が主導権を握ればいいだけの話でしょ?余裕、余裕」


 私は小声で教官に聞こえないように呑気にそんなことをルボフと話して視聴覚教室まで整列して向かう。扉の前に着き教室の中を見ると、既に他のクラスは席に座っており私のクラスのみが遅れているようだ。


「宙組到着しました!」


「遅いぞ、さっさと座れ」


「はっ!」


 レスキナ教官の怒号に私たちは返事をすると、教室別に分けられた自分たちのプレートが貼られた席に座っていく。


 私たちが番号順に縦並びに座るのを確認すると各担任教官、副担任教官が視聴覚教室に入ってくる。それを見て生徒たちは起立し顔をあげて敬礼をする。陸組担任教官のレスキナ教官が代表して教壇に上がっていくと、軽く手を挙げて敬礼を解かせる。

 そして全員が席に着くと、レスキナ教官は教壇に立ち生徒たちを見た。


「王立イアンティネ指揮官学校高等学部一年の皆、私は陸組担任教官のレスキナ・セルガだ。以後よろしく頼む」


 レスキナ教官はそう言うと敬礼し、私たちもそれに応え敬礼をする。


「この合同指揮実習では、我々が考えに考え抜いて選んだバディと共に様々な実習、主に模擬戦を行ってもらう。1学年が終わるまでのバディとの模擬戦の結果を基に成績のうち50%を決めさせていただく。気を引き締めて行ってもらいたい」


 レスキナ教官は教卓から降り、今度はウオッシュ教官が教卓につき敬礼をする。


「今から名前順でバディを発表していく。名前を呼ばれたら返事をして起立、教壇の前に来て握手をし、その後前の席に順番に座っていけ……」


 教壇に置かれた生徒名簿と各学年の生徒名簿を見ながらウオッシュ教官は1人1人名前を呼んでいく。

 そして呼ばれた生徒は教壇前に行き、軽く握手をかわす。


「アニア・スカーレット・イリイーナ」


「はっ!」


 やっと私の名前が呼ばれ、私は席から立ち上がると教壇まで歩いていき、ウオッシュ教官の前で敬礼する。

 まあ私のバディなんて誰でもいいんだけど、どうせなら気の強い子だったら面白そうね…という思考を巡らせているとウオッシュ教官と目が合う。その表情は先ほどの厳しいものではなく私に対して少しの同情が混じっているようにも見えた。


 なんだか嫌な予感がする、私の今まで模擬戦などで培ってきた指揮官としての勘が言っている。





「ミロク・ヒトトセ」


「はーい!」




 ウオッシュ教官は名簿を見ながらその生徒の名前を口にする。

 私は目を大きく見開き、思わず口から声が漏れそうになる。

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