第5話 戦争に興奮する女は2つの伏線にも興奮する。
「わーたしが、ミロク・ヒトトセだっ!で…何のようかな?」
ミロクと名乗る少女は私を安心させるためかニコッと微笑む。
私が一番苦手なハイテンション馬鹿だ、こんな奴が主席だというの?
何かのバグ?
私はルボフの手を払いのけると睨みつけながら彼女に歩み寄る。
「あんた、何者?」
「今日までずっと休学してて…だから今日初めて学校に来たのだけど。えっと…君は何ちゃんかな?」
「休学…?」
こいつ……ほんとに何? 私は自分の感情が理解できないほど困惑した。
休学なんて、この学校では異例中の異例だ。
王立イアンティネ指揮官学校は才能ある人間しか入学できない。
国に尽くすため、学園に在籍する間はその才能をより引き出すための特別なカリキュラムが組まれている。そしてその中では授業内容の他に模擬戦なども組み込まれており、模擬戦での戦績も成績表に記録されそれを元に順位がつけられる。だから指揮官学校の生徒は全員がライバルなのだ。
そんな特殊な環境下でこの厳しい学校が休学を許すなんて聞いたこともないし、そんな生半可な意志を持った人間に負けたのが自分でも信じられない。
「さっきまで主席だったアニア・イリイーナよ。今日初めて来たのに、どうやって11勝もできるわけ?」
「えっと、普通にさっきまで模擬戦を12戦して…まあずっと来てなかったけど中々楽しい学校だねぇ。ここは」
「今日一日で12戦連続!?」
私はミロク・ヒトトセという生徒に負けたことを一瞬忘れ、思わず大声で叫んでしまった。
「そんなの不可能に決まってるわ!!模擬戦は続けて行うと脳の神経が焼き切れる、続けれて2戦。それ以上行うと、脳が完全に破壊されて心肺停止するわよっ」
「いや、まあそんなこと言われてもね…できちゃったもんは仕方ないというか、なんというか」
ミロク・ヒトトセという少女は困ったように首を傾げる。
私はそんな呑気な彼女を見て、私はギリッと歯ぎしりする。
こいつ…絶対に何かおかしい…そんなの人間ができるわけがない。
「アニアちゃん…えっと」
そんな私の様子をルボフはオロオロとしながら見つめているが、正直今の私にはルボフを気遣う余裕はなかった。
こんな屈辱は初めてとかそれ以上にこんな人間に出会ったことない…。
「あっ、アニアちゃんって!さっき、模擬戦してた女の子でしょ?どこかで見たことあるって思ったんだ〜模擬戦見たよ、そういえば」
「あっそ。主席様が見てくれるなんて光栄だわ。あと、ニアちゃんって呼ばないで」
「相手の捕捉レーダーに反応されないよう基地を布テントにし、レーダーギリギリに戦闘機を待機させる。シンプルだけどアリエス生徒が君たちに気づいた時には時既におそしで、先手を君たちに打たれてしまっている。しかもその戦闘機においての攻撃自体も実は囮で本命は空爆…」
ミロクは私の両手を掴み、真剣なまなざしで私を見つめてくる。
彼女の限りなく白に近いその瞳は何か不思議な魅力があり、その好奇心で大きくなった真珠のように輝くその瞳に不甲斐なくドキッとしてしまう。
「しかし最も注目すべき点は空爆などじゃないっ!!ここで見るポイントは戦闘機全機で敵基地を包囲し、空爆だけではなく全機を自滅覚悟で追撃させるその無慈悲な作戦……!!」
興奮した様子で話すミロクの瞳は獲物を狙う肉食動物みたくギラギラと輝かしていて私は少し気圧される。そして、彼女は私の手首を滑り込ませるように私の両手をガッシリ掴み、鼻息を荒くしながら私に顔を近づけてくる。
ちょっ……何こいつ!?顔が近い!!
私は思わず顔を真っ赤にし、恥ずかしさと危機を感じたことから目をぎゅっと瞑ってしまう。しかし、そんな私を彼女は全く気にかける様子はなく、それどころかさらに興奮した様子で私の手を白い華奢な手からは信じられないほど力強く握る。
「さすがだよ!!この作戦は、面白いよ!!ミロクは…私はこの戦略にときめいた…けど」
「けど?何よ?」
「残念ながらこの作戦には、致命的な欠点がある」
ミロクはそう言うと私の肩から手を離し、今度は私の腰に手を回し、引き寄せる。
「それは、空爆により味方戦闘機まで巻き込むことで戦闘機がほぼ全滅してしまうということ。ギリギリまで攻撃することによって完全に敵を殲滅できるけど同時に自滅作戦に等しいため兵士がほぼ死んでしまう。そこが欠点」
私は彼女との距離が近すぎることに動揺し顔を真っ赤にする。しかし彼女は全く動じていない様子で、私の顔を先ほどと同じようにじっと見ている。
「戦争において、下級兵士の生死より勝利が優先。一番大切なのは、敵を完全に滅し勝利すること…だから」
私は動揺を隠すように、ミロクから顔を背ける。
「…たい…ない」
「は?なに大きな声で言って、聞き取れないでしょ?」
ミロクは急に小さな声で呟き、私は聞き取れず思わず聞き直してしまう。
「もったいない!!君の…アニアちゃんのその脳があればもっと素晴らしい作戦を思いつくはずなのに…こんなところで躓くなんてっ!!だからアニアちゃんはミロクなんかに負けて次席になるんだよ」
「…は?」
私は彼女の言葉に思わず目を見開く。
「はっ…は…はぁ!?あんた、何?なんなのよっ!?」
私はその言葉にも態度にもいら立ちを隠せず思わずミロクの襟元を掴む。
しかし彼女は全く動じずにそんなことを気にする様子もなく言葉を続ける。
「アニアちゃん、君の戦い方は現実的じゃないよ。あれを現実でやったらアニアちゃんが負けちゃう」
「意味…わかんないんだけど」
「考えてみなよ?もしそのあと敵に援軍が来たら、アニアちゃんは戦闘機も兵士も空爆によりかなり減っているだろうから敵の援軍に対し応戦はできない。君の戦闘機による攻撃が空爆のための囮だったように、もし君たちの兵士が命と戦闘機を費やして戦った相手も実は囮で援軍が本命だったらどうするの?」
私は一瞬反論してやろうかと思ったけど、彼女のその言葉に何も言い返せなかった。
確かにそのとおりだ。私の作戦はあくまで敵軍と私の軍が同じ兵力であるという前提で考えられたものだったのだ。
先ほどの戦いは模擬戦のため、もちろん援軍は来ないが、これがもし現実の戦いで敵に援軍に来たら?
ミロクは私の襟元を掴む手を払いのけ、一歩前進する。
そして、私と向き合うと彼女はニコッと微笑む。
「興奮しちゃってごめんね、一観客としての意見だから聞き流してもいいよ?」
ミロク・ヒトトセという少女は間違いなく私と同等かそれ以上の天才。
こればかりは認めざる負えない事実だ。
彼女の考えは模擬戦などに留まらない、現実の戦争。
そんな視点をもてるからこそ、さらにムカつく。
「ああもう…ここにいたのか、ミロク生徒」
「おっ、レスキナ教官」
ミロクとの睨み合いに突如第三者の声が割り込んでくる。
振り返ると、そこには金髪をショートにしタバコを咥えた軍服に身を包んだ美しい女性が立っていた。
「探したわよ本当…会議室前で待っとくようにって言ったはずだが?」
「ああ〜ごめんなさい。いや、何やら騒がしかったもんだから……」
「ん?アニア生徒とえっと…その友達じゃないっ。あなた達も戦績表を見にきてたのね…ってどうしたのよアニア生徒、怖い顔しちゃって」
レスキナ教官は私とミロクの間に入り、私たちを交互に見て首を傾げた。しかし今の私はそんな些細なことなどどうでもよかった。
「いえ…なんでもありません」
私はそう返すので精一杯だった。教官の前では面倒ごとを起こすことはできない、評価が落ちると学校を卒業した後、軍振り分けにて不利になる可能性があるからだ。
「紹介するわ。ずっと休学していたためほぼ新入生のミロク・ヒトトセ生徒よ」
「よろしくね、ニアちゃーんっ」
「だからニアちゃんと呼ばないで」
華奢ながらも力強いその手でまた私の両手をつかもうとするミロクの手を払いのけ、私は一歩後に下がり距離をとる。
どうしてもこいつのペースに呑まれてしまう私は、その自分の不甲斐なさを心の中で反省した。自我を保て、私。
「あら、もう仲がいいのね。安心したよ。その調子なら二人は友達になれそうだ」
「あはは。さすがの私でもそれは難しいかもですねぇ」
せめて張り付いた笑みを浮かべようと唇の両端を吊り上げるも、おそらく私の弧を描いた目の奥の瞳には虚無が写っているため、どうやって見たって笑っているように見えなかっただろうが、レスキナ教官はそのことに全く気付いてないという体で私に微笑みかける。
「できるわよ、元主席と主席同士だし第一ニア生徒は優等生だ。もちろん仲良くなれるわよね?」
手袋越しに私の肩にそのタバコを持った手を置き、流れるような手つきで私の耳元に口を近づけるとその口から紫煙を漂わせながら小声で囁く。
私は思わず顔を引きつるも、レスキナ教官はそんな私の様子を気にもとめずにミロクに聞こえないように続ける。
普段なら威勢よく反論するなり、抵抗してやるのだが私はそれをこの人相手にはできない。教官とかそういう理由じゃなくて私の本能がそれを否定する。
「ん?」
視線を移した先にいた何も知らないミロクが私の方を不思議そうに見つめる彼女に、苛ついて舌打ちしそうになるも私はその不満を抑えながら、レスキナ教官にだけ見えるよう小さく頷く。
「その返事が聞けてよかった。さてとりあえずミロク生徒も今日の模擬戦はこれで終わりみたいだから今後の話をするためにも会議室に戻るわよ」
「はーい分かりました」
ミロクはレスキナ教官に連れられてその場から立ち去ろうとするも、立ち止まってミロクは振り返り私の手首を摑む。
「…主席、頑張ってね」
そう言って微笑むミロクの笑顔は美しく、そしてどこか儚げだった。
だがイラついて視野がせまかった私には、こいつは憐むような馬鹿にするような表情で私を見てるようにしか見えなかった。
彼女に苛立ちを覚えるが教官がいる前で噛み付いても仕方ない。ここは一旦我慢だ。
「えぇ、ぜひ頑張らせていただくわ。ミロク生徒」
「うんうん!ではでは」
ミロクは私にウィンクしながら手を振りレスキナ教官とともに私たちから離れるのを確認すると私はミロクに握られた手首を摩る。
「な、何なのよ…あいつ!?消毒を、消毒をしなければ…」
私が彼女に負けたことが受け入れられず思わずその場で項垂れているとルボフが私の肩をポンと叩く。
「ど、ドンマイ」
「うるさい」
今まで私に対して素直だったルボフまでが私を憐れむかのように、私と友人になって一度も使ったことのない「ドンマイ」などという言葉を私に向かって使ってきた。
これも全てミロクのせいだ。
あのミロクといい、ミーミュアといい、アイリスといい、レスキナ教官といい、どうしてこう意味不明な女子たちが今日は私につかかってくるのよ。
「とにかくあの主席をぶっ潰して私が主席に戻る…ルボフ、私は絶対勝つから。模擬戦サポート頼んだわよ。あと、遅刻するから走って教室に行くわ」
私はそう言って、ルボフを置いて先に模擬戦表を後にした。
「ま、待てよアニアちゃん!」
そんなルボフの制止も無視して私は走り出すとルボフはため息をつきながら私の後ろを走ってついてくる。
「ルボフ、早くっ!」
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