第4話 ミロクという伏線3つともに来た転校生。

「アニア先輩、今日はサポートに付けさせていただけありがとうございます」


 不意に後ろから声をかけられ、振り向くとそこには先ほどの模擬戦で部下役としてサポートに回った中等部の生徒たちがいた。


「結構よ、私の模擬戦を通して何か学べたら嬉しいわ。今回はありがとね」


 私は水筒の蓋を閉めながら笑顔で答えると、彼女らも嬉しそうに頭を下げてVR室から出ていく。


 後輩というのはなんともかわいいものだ。


 今回初めて組んで戦った中等部の3年だが、今後のコネか何かの可能性のため仲良くしておきたいところ。


 そろそろ解散しようかと思っているとちょうど良く昼休みの終了を告げるチャイムの音が校内に響き渡り、VR室で私たちの戦いを見て盛り上がっていた生徒たちは各々の午後の授業へ向かう準備をし始める。


「やっぱり何度乗ってもコリーベルは居心地いいなぁ。特に俺が乗ったのは、整備が行き届いて全てがリアルに鮮明に映った気がする。一体整備してるのは誰なんだろう?」


 目の前の黒の光沢を帯びた流線形のフォルムを誇った、まるで巨大な卵を思わせる姿をした機体『コリーベル』を撫でたルボフがとても愛おしそうに眺めている。


「ルボフってほんと機械オタクね、別にそんなこと」


「……コリーベルの話をしているの?」


 不意にルボフと私の言葉を遮って、背後を振り返るとそこには青みがかった短い黒髪の、左目に眼帯を付けた人形のように病的なほどに細く、さらに驚いたのが身体中に包帯やら傷をつけた少女が立っていた。


 その少女はコリーベルを潤んだ瞳で見つめながらゆっくりと私たちに近づいてくる。


「ルボフ生徒が乗った『コリーベル22650413』はミーが整備した」


「えっと……きみは?」


「同じ学年、同じ組のミーミュア・パイス生徒でしょ。先ほどルボフと同様サポートに回った。知らなかったの?」


「えっ、同じクラス?ごめんクラスメイトなのに……」


「いい。普段はコリーベルの整備のために教室にほぼいないし目立たないから。友達にもミーは目立たないって言われた」


 癖毛なのかボサボサの短い髪をいじりながら、ミーミュアはルボフの隣に立ちコリーベルを見上げる。

 その横顔はどこか寂しげで悲しそうだったが、それを悟られまいとしているのか無表情を装っているように見えた。


「君がコリーベルを整備しているの?すごいよっ、俺も色んな戦機、車体、VR機器に興味があって情報を収集しているけどコリーベルのことは特に好きなんだ!いつか俺も整備したいとは思ってるけど確かそれには資格が必要だって聞いたけど」


「教官に尋ねて資格を校内でとったの」


「本当に!?そんなことができるなんて知らなかった、ちなみにその資格って……」


「ほんとう。ミーもそれに驚いた。でも大丈夫、もしよかったらミーが聞いても……」


 ルボフが興奮した様子でミーミュアに詰め寄る。

 同様にミーミュアも彼女の琥珀色の瞳を細めて、無表情に徹していたのににも関わらず頬は紅潮し、口角が微かに上がっている。


 この二人ほどではないが、私もコリーベルについては多少授業で習った程度なら知っている。


 『自律戦術模擬シミュレーションシステム・コリーベル』はその容姿の通り、卵形のゆりかごのように見えたことから通称コリーベルゆりかごと付けられた。


 だいたい100年ほど前、人類は科学技術の急速な進歩に伴い、戦争の形態もまた急激に変化し始め従来のやり方では兵士が育たないと、


 『戦術的な訓練やシミュレーションをより現実的かつ安全に行うため』と


 『戦闘に参加する兵士たちの生存率を高めること』を


目的としてペニエル・ニエシャスティにより作られた我が国ドルトニア王国の独自の機械である。


 開発初期段階では、VR技術とAIの融合が試みられたが、技術的な制約とリアリティの欠如が問題となった。


 が、開発チームは次世代の超高性能コンピュータと量子コンピューティングの力を借りることを決断しこれにより20年の時を得て開発は成功。


 現実世界と見紛うほどのリアルな戦場環境がシミュレート可能となり、兵士たちの戦術スキルを飛躍的に向上させ兵士の生存力をあげたこの恩恵を知らない生徒はいない。


 確か現在は彼の孫、『ミウ・ニエシャスティ』が研究を引き継いでいるとか……って。


「いやコリーベルとかいうただの機械のことなんてどうでもいいでしょ!早く教室に戻るわよ」


 私はルボフの首根っこを掴んでコリーベルから引き剥がそうとした瞬間、ミーミュアが私の前に立ちはだかる。


 その突然の行動に私は思わず声を上げそうになるが、ミーミュアの酷く冷たい眼光と大きな琥珀色の目に見つめられるとなぜか何も言えなくなる。


 そして彼女の自傷した痕の残った白く細い腕を私の横に振り上げる。


 私は即座に叩かれると感じ、彼女から距離を取って目をギュッと瞑る。

 しかし、何秒待っても衝撃は来ない。

 恐る恐る目を開けると、ミーミュアは伸ばした腕をゆっくりと下ろしていた。


 そして彼女はその無表情の顔で私にこう呟いたのだ。


「叩くつもりはない。暴力は嫌いだから、でもコリーベルをただの機械とかどうでもいいって言わないで。ミーにとっては家族と同じくらい大事だから」


 彼女の目は相変わらず冷徹で、そしてとても悲しそうだった。


 私は思わず黙るが、ミーミュアは何事もなかったかのようにコリーベルから離れるとルボフに軽く会釈してVR室から去っていった。


 その後ろ姿をただ見つめながらそんなことを考えながら、ふとルボフのことを思い出し彼の方を見る。しかし彼はミーミュアが立ち去った方向をずっと見つめて呆然としていた。


 私は彼の肩を叩く。するとハッと我に返り私の方へ向き直る。


「いやびっくりした。それにしてもすごいね!俺と同じくらい、いやそれ以上にコリーベルが好きな生徒がいるなんて知らなかった。なんで今まで知らなかったんだろう。これは頻繁に話したほうがいいかな、迷惑か」


「どうどう」と興奮して唾が飛び出る勢いで話すルボフを私は宥める。


「私たちも教室に戻りましょ…模擬戦を申し込まれたからやったけど、おかげで昼休み潰れちゃったじゃないの。ほんとに腹立つわ…」


「でも、今回で6連勝だろ?今回ので点数上がってるかもしれないし、一旦教室に戻る前に模擬戦表確認しにいこうよ」


 ルボフはニコッと微笑み私に手を差し伸べ、その手を私は握り返す。


 先ほどいたVR空間と現実世界では時間の流れは違うため現実の世界ではまだ20分程度しか経っていないが脳の神経を酷使したせいで、VR室を出た瞬間どっと疲れが押し寄せてきた。VR空間から現実世界に戻ると、いつも体が鉛のように重い。


 手を引っ張られながら購買前にあるディスプレイ前に向かうと、既にチャイムが鳴ったというのにまだ生徒たちが集っていて私は呆れる。


 ここでは今学期内での模擬戦戦績を確認でき、そして戦績がこの学校内の成績となる。自慢ではないが、私は高等部に上がってから一度もこの主席の座を逃したことが無い。


 このイアンティネ学園のシステムとして模擬戦で生徒同士が戦い、その際の行動をAIがリアルタイムでデータに反映し、それを元に生徒一人一人に成績が付けられる仕組みとなっている。


 戦績にはどの試合を何回行ったか、何分何秒で勝利を収めたかなど細かい情報が記録され、それは全てディスプレイに反映されるようになっている。


 私とルボフはディスプレイをのぞき込み自分の名前横を見る。


 私の戦績一覧には11戦中9勝1敗1分け 6連勝中…正直なところ自分でも驚いてしまった。


 最初のうちの何戦かは戦は連携がうまくいかず、味方戦機の損失もあり負けてしまったが、それ以降は快勝することができた。まあ、私としては当然のことだが。


「ア…アニアちゃん…あ、あれ…」


「ん?何よ」


 ルボフは驚愕した様子で私の戦績を見つめている。

 一体、何に驚いているのかと思い私もディスプレイを再確認する。


《次席 一年宙組 アニア・イリイーナ11戦中9勝1敗1分け 6連勝中 平均時間62m23s 平均死者数32000p 平均戦機喪失23》


 ……《次席》?


 私は目を疑った。ディスプレイに映し出されている私の主席が次席に変わっている。今までそんなことなかったのに。


「はぁ!?じゃあ誰が主席になるのよ?」


 私は苛立ちを抑えきれず、よく見るため近くにいた女子の肩をつかむと彼女はヒッと悲鳴を上げる。


 そこには、私が今までに見たことのない生徒の名前があった。


《主席 ミロク・ヒトトセ12戦中11勝0敗1分11連勝中 平均時間22m58s 平均死者数 8050p 平均戦機喪失11》


 私は目を疑った、この生徒は一体…?それに私が負けた?こいつに? そんな馬鹿な。


「だ、誰よ…このミロクって女は?」


「アニアちゃん、落ち着いてっ!」


 ルボフは私を両手で抑えると、落ち着かせようと背中を摩る。


「えっと…ミロク・ヒトトセって確か…」


「私がミロクだけど、何か用かな?」


「え?」


 私とルボフが同時にその声の方向を見ると、私に肩を掴まれ押し潰されそうな状態の女生徒が片手をそっとあげていた。


 そいつは私の顔を見てクスッと笑う。


 そして、そいつは私が怒りを一瞬忘れてしまうほど可憐で美しかった。


 長い睫毛と、やや垂れた可愛らしい目尻ながらも鷹のような鋭い眼光を湛えたその瞳とすっとした薄桃色の唇は乳白色の透き通るような肌を一層際立たせている。


 しかし、その美貌以上に目立つのがその真っ赤な制服だった。


 私たちの学校、王立イアンティネ指揮官学校では生徒は黒か白の制服のどちらかをを着用が義務付けられているが、彼女の制服も腰まで伸びるその髪も血よりも派手な薔薇のように真っ赤な色をしており、先ほどまでは私が焦っていて気づかなかったが今よく見ると周りから明かに浮いている。


 そいつは私の手を肩から引き離し、制服の皺を直して髪を整える。


「わーたしが、ミロク・ヒトトセだっ!で…何のようかな?」


 ミロクと名乗る少女は私を安心させるためかニコッと微笑む。


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