戦争を学ぶ青年少女たち。
第3話 戦争に伏線はいらない。
戦争というものはゲームと同じだ。
現実と仮想の境が分からなくなるほどに、人を殺し人の命の貴重さすら失わせる。
ゲームでの人間の命が軽いように戦争でも一人一人の命は軽い、そしてそれに慣れていくほど人間から常識が失われていく。
ゲームでしか許されなかったことが現実でも許せるようになる。
戦争ではそれが常識になる。そして常識は人を殺す。
「――
雨は止まることを知らず強くなる一方だ。
曇天の下、分厚い雲から垂れる大粒の雨は鉄塊をも叩き付けんとする勢いである。私とレーダー班は簡易テントで指揮を取っているため、雨に晒されているが作戦のためには仕方ない。
簡易テントには私こと指揮官を含む基地の隊員数十人が並んでいた。
「各機へ通達する! これより作戦に移行する。作戦開始は予定の時刻から60秒後。各自所定位置に付き次第、待機。指示を待て」
私はその言葉を残し食い入るように画面に映る敵軍の基地を見詰める。
スコープの中に映る敵軍は私たち軍がいる場所より低位置の場所に基地を展開していた。こちらからは敵軍の配置をギリギリ俯瞰出来るが、《L0438》の位置からはレーダーの範囲内にない我々を確認することは難しいだろう。
まさか、自分たちの基地を円状に全方位包囲されているとは予想もついていないはずだ。
「なぜ、《L0438》は戦闘を開始せずにずっと軍隊を基地に待機させているのでしょうか?おそらく我々のレーダーに捕捉されるまで戦闘開始を行う時間はあったはず。
あちらが戦闘開始に時間がかかって我々を探索しようと行動に出なかったがために我々に先に見つかってしまったのに」
隣でレーダーを随時確認して私に報告していた部下がふと疑問を口にする。
「なるほど、あなたにはわからないのね。理由はこの豪雨」
「豪雨?」
「そう、雨により地面が水浸しになり戦闘機はいいとして、騎兵と特に砲兵の移動が困難だから戦闘開始時刻を遅らせてそのまま基地に待機していると推測するわ。
どのような作戦を行おうとしていたかはわからないけど、おそらく天候のことまで読んでいなかったのでしょう。まあ天候が変わりやすいこの高地では無理ないけど」
敵は何か理由があってその低地を戦場に選び大量の軍を待機させているのだろうが、この豪雨が降るということまでは予想外のようだ。
この天気では敵味方問わず視界が悪く戦況は膠着状態となり、《L0438》は作戦を開始できずにいる。この高地では雨の影響をもろに受ける。
しかも、この雨は昼過ぎから降っているため地面が十分なほど水分を吸ってかなりぬかるんでいる。
「どんなに良い作戦も、機会を失えば何にもならない。むしろ、自分たちが不利になる」
「隊長、《L0438》が動きを見せました!」
部下の報告ですぐスコープを覗き《L0438》の様子を確認する。そこには確かに先ほどまでは疎らにいた重装歩兵たちが密集しはじめている。
そして、それを見たその時――。
「《司令室》より各機へ通達する! これより作戦を開始、総員第一種戦闘配置、陸地戦出撃用意せよ。我々の目的は敵地上部隊を撃破することではない。
我々の第一目標は敵砲兵隊の注意をこちらへ引きつけることだ!繰り返す、これより作戦を開始、総員第一種戦闘配置、陸地戦出撃用意せよ」
私の命令と同時に、待機していた各機が操縦桿を前に倒し機体を前進させる。
「指揮官! XV-11から連絡です。敵レーダーに捕捉されたそうです!」
「構わない、攻撃を続けなさい」
相手のレーダーに我々が攻撃開始まで捕捉されないため、基地を布テントにし、全戦闘機・重装歩兵を相手のレーダーが反応しないギリギリに待機させたのだ。
今更気付いてももう遅い。
光と弾。轟音とともにそれらは飛来していく。
轟音と共に飛来してくる敵の砲弾。
一発一発の砲弾はこちらに確実に命中はしないが、確実に少しずつ我々を殺傷していく。着弾と同時に耳を劈くような爆音が鳴り響き、爆風と土砂が我々の体を叩きつける。
不純物の混じった雨水は土と混ざり泥となり体に纏わり付く。土砂降りの中、降り注ぐ砲弾の中、隊員たちは怯むことなく前へ進む。
「空爆による航空隊の投下完了までの予測時間は?」
「…この雨で位置把握に時間がかかりますがおよそ100秒です」
「了解……そのまま続けなさい」
雨雲が邪魔で敵機の位置は確認しにくいため時間がかかるが、最悪の手段として我々基地を攻撃する攻撃隊の座標を我々が犠牲になることで測定し、敵攻撃隊の位置を算出することもできる。
もちろん、するわけないが。
私はスコープを覗き、《L0438》を見る。
《L0438》も行動は遅かったが、私たちの攻撃は彼らの戦機で応戦され既にこの基地へ向けての敵攻撃隊は進行を開始しており、その射程圏内には我々の基地がある。
「航空隊の爆弾投下の準備完了報告はまだなの?このままだと私たちが逆に基地に砲撃されるわよっ」
「今完了報告がありました。航空隊は指揮官の指示待ちです」
私は、ヘッドセットから上空にいる航空隊に無線を入れる。
《こちら、作戦指揮官。航空隊へ通達する。爆弾投下を開始せよ。繰り返す、爆弾投下を開始せよ》
ヘッドセットから了解とだけ返事が聞こえ無線が途切れるのを確認する間もなく、私は指示を行う。
「各機へ通達! これより
私の声が届くと同時に機体は追撃を開始し地上の土砂を巻き上げ、敵軍へ向け戦機と機銃による一斉射撃を再開する。
ズーンと腹にずしりとくる低い音が上空から聞こえる。その数秒後、強烈な爆風とともに巨大な榴弾が炸裂する轟音と共に爆発の衝撃が襲う。
「やったか!?」
敵地上部隊がいるであろう場所には大量の土煙と黒煙が立ち込める。
その中から味方も敵も含めて歩兵や騎兵、砲兵たちが無残にも吹き飛ばされていくのがスコープ越しに見えた。
それだけを見届けるとぐたりと肩の力を抜いて勝利を確信した私はシートに身を預けた。
『こ…降伏する』
敵の疲れ切って後半かすれた機械音声が世界全体に響く。
そしてその音声の直後、上空に金色の文字列が打ち込まれる。
【ミチュール高地 L0438基地殲滅 アニア生徒 82m32s にて 勝利。アリエス生徒 82m32s にて 降伏】
それと同時に目の前に見えている全ての光景がポリゴンの欠片へと姿を変え、光の粒子となり消え失せ見慣れたVR室が私の前に表示される。
そう。これは全て現実ではない仮想の世界のものだ。
私はヘッドマウントディスプレイを外すと外部遮断されていた音が解放されワッとガラスの向こうの生徒たちが歓声の賑やかさに少しウッとくる。
「さすが学年主席アニア・イリイーナだ!模擬戦でついに6連勝してしまった!!」
ガラス越しの観客の一人が大声で叫び、口揃えて皆アニアと叫び出した。
私は礼儀として右手を軽く振る。
慣れた動作で片手で首筋のケーブルを外していると、急に頬を力強く叩かれた。痛くはないがかなり不快な一撃だ。
「…っ…アリエス、お互いフェアな戦いをしたのに…これはないわ」
叩かれたことを気にしていない様子で同じ対戦を終えて負けたばかりのアリエスにお情けのつもりで握手の手を差し出す。
眼鏡をかけた黒髪のボブカットで優等生という言葉がよく似合う女だ。まあその優等生は私に負けたただの落第生だが。
「お互い良い勝負だったわ。そうでしょ?アリエス」
「ふざけないで、もう一度よ!私の計画は完璧だった、雨さえ降らなければ…もう一度戦いなさい!」
眼鏡の奥にある瞳は爛々と燃え、顔を興奮気味なためか少し赤くしなからアリエスは私の握手をはねのける。
「はあ…もう十分戦ってあげたでしょ?それにあなたがもう一度負けたら『廃棄』じゃなかったかしら?」
私の言葉にアリエスはヒッと小さな悲鳴を洩らし、目を大きく見開く。
「クズが、黙りなさいっ!私の基地をあなたの戦闘機で取り囲んで逃げれない状態にして、空から榴弾を落とすなんて卑怯だわ!あなた指揮官の誇りはないの!?」
「あら、そのまま逃げることが指揮官の恥だから、私の指示で逃げられないようにしたのだけれど、あなたこそ逃げるという言葉を使って指揮官としての誇りはないの?」
私はアリエスの馬鹿みたいな言いがかりに手元で口を隠しながら失笑する。さらにアリエスに追い打ちをかけようとすると、急に私の肩を後ろからポンと誰かが叩く。
そして振り向くとそこには私より少し背が高いながらも愛らしい愛嬌ののある青い瞳を持った黒髪の青年が私の顔を覗き込んでいた。
「それくらいにしてやりなよ。アニアちゃんにそんなに言われたらアリエスがキレるのも仕方ないじゃないか……な?」
困ってなくても困ったような表情に見える八の字眉が特徴な少年はアリエスの肩に手を置いて耳元に呟く。
するとさっきまでの殺気立った態度とは一変してアリエスは私の方を見て悪かったわねと吐き捨てて私から離れると、VR室から足早に去って行った。
何今の?とそれをイラつきながら見届けると、そんな私の気も知らず雀斑の少年はホッと胸を撫でおろし私に向かいはにかむ。
「アニアちゃん、お疲れ様」
「別に疲れてないし、ルボフも余計な真似しないでくれる…売られた喧嘩は倍にして売り返すがモットーなの」
「まあ、別にいいじゃない。彼女も次の戦いで『廃棄』が決まるかわいそうな子なんだから、倍にして売っても不毛だよ。はい、お水」
ルボフはカバンから水筒を取り出し私に差し出す。それを受け取るとルボフは嬉しそうに、ニコニコと今に泣きそうにも見えるその笑顔を私に向ける。
「…ありがと」
私は頭をポリポリと掻きながらバツが悪そうに笑う。
ルボフは私と同じ宙組のクラスメートで、地味で弱気ながらも私と違って誰とでも打ち解ける性格で人望も中々に厚い。
アリエスを庇うところも、私の口の悪さを許容してくれるところも含め彼の人の良さがうかがえる。
「それにしてもすごい観客だな…さすがアニアちゃん。なんか俺まで有名人になった気分だよ」
観客の中には、私たち一年生より上の学年の生徒たちや、中等学部の生徒までいる。
正直、他の生徒に自分の模擬戦を見られるのは自分の手の内を見せるようで少し不快だが、それでも私の作戦のおかげで戦況が優位に傾き勝利しそれを評価されるのは気分のいいものっていうのもまあ事実ではある。
模擬戦、
それは王立イアンティネ指揮官学校の生徒である私たちが最短でのし上がる最善の手段だ。教官に媚を売るなど下賤な真似ではなく、実力で学校に残る。
負ければ、退学という実力主義なこの手法は卒業後指揮官を目指す者として当然のものだろう。
ドルトニア王国は考えた、どうすれば他の国を出し抜き戦争に勝ち続けることができるだろうと。そしてそれは一目瞭然である。
つぎ込む金の量と良い指揮をする兵士だ。
そこですでにある16区からさらに、敵の侵入を防ぐための第二城壁から最も近い北端に新しい特別区を作った。軍事教育と研究に王国は巨額の資金を投入し、そこに建てられたのが「王立イアンティネ指揮官学校」だった。
ドルトニア王国の中でも有能な3歳以下の子供達を集め、その年齢から英才教育を施した。いわゆる『エリートになるべく選ばれた子供達』それが私たちだ。
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次回は第4話「ミロクという伏線3つともに来た転校生。」です。
お楽しみに。
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