第2話 血塗られた復讐と伏線を一つ。

「かあさん?かあさんっ…母さん…母さんっ…かあさああああぁぁぁぁんっ!!」


 扉を激しく叩きながら母さんを呼ぶも私の声は母さんには届かない。

 母さんはもう諦めたように目を瞑り、全てを神に委ねているように見えた。


「かあさんっ…お願い…やめてよ…誰か助けてよっ!!」


 無駄だとわかっていても、私は扉を強く叩きながら泣き叫ぶ。

 声が枯れてもなお叫び続けるがそれでもやはり誰一人としてその声に反応することはなかった。


 母さんの隣には先ほど教会から母さんと共に出て行ったマリックの家族と神父が並んでいるが、その顔は潰され腹が裂けていて、もう人の原型をとどめてないため誰が誰なのかも、男か女かすらもわからなかった。


「私は何も後悔していないっ!!私の死は家族のために…!!」


 母さんは銃を頭に突きつけられながらも、怯えることなくその銃の持ち主に向かって叫ぶ。

 男は母さんの頭を掴み地面にねじ伏せた。


「…たすけて」


 鈍い骨のきしむ音と共にその言葉が私の耳にも届いた気がした。

 そして男の指にかけられた死を導く引き金を、弾丸が解き放ち私は目を瞑る。


 ―ごんっ…と鈍い音が鼓膜を揺らす。


 銃声が二回ほど鳴り、目を開ける。

 そこにあるのは力無くぐったりとした母さんが「それ」に変わったものだった。

 ただピクリとも動くこともなく、その瞳には光さえ宿っていなかった。


「あっ…あっ…ああ…あ…」


 声にならない声が出て、全身の力が抜けその場に座り込む。

 目の奥が熱くなりボロボロと涙が止まらない。奥歯をかみ締めなんとか声を出さないように堪えるので精一杯だった。

 嗚咽も漏れ出す声も押さえられず、涙だけが流れに任せ、それを拭うことすらできなかった。


「くそぉ…くそがぁあっ!!」


 私はその場にあった椅子を両手に持って、力の限り扉に叩きつける。

 何度も何度も叩きつけるが、扉はビクともせずただ私の手からは血が流れるだけだった。

 しかしそんなことにも私は気づかず、手にできた傷も痛みなどにも気に留めず、ひたすら叩き続けた。


「お願い…もう贅沢言わないから。言わないからっ……ここから出してよ」

 叩いても殴っても一向に変化のないその扉に心が折れかけ涙がこぼれる。

 びゅん、と破裂するような音がしたのはその時だった。


 弾は火花を散らすようなバチンっと音ともに勢いよく金属が擦れるような鈍い音をさせ、扉を貫き私の頬をかすめる。


 私の頬の皮膚を裂き肉が削がれ、そこから熱いものがツーっと垂れるのを感じた。


 突然のことに腰を抜かし尻餅をついてしまったが、今はそれどころではなかった。

 南京錠が落ちる音ともに扉がゆっくりと開いたのだ。

 軋む音が私の鼓膜を刺激し心臓がドクンと脈打った。


 外に出られる…母さんのもとに行けるんだ。


「あいつを…殺す…殺してやる!!」


 私はナイフを握りしめ、服は焼かれ肌を焦がし、痛いという感覚さえ通り越して私はただただ重く粘ついた体で、炎が燃え盛る屍体の上を走り出す。

 熱風が私の体をなめるように撫でる。炎はまるで生きているように、私をあざ笑うかのように踊りながら周りの死体の山を溶かしていく。


「いた」


 私の行く先にいる母さんを…母さんを殺した男は快感を得たような興奮をした様子で目線が定まっていなかった。


 息が荒く、そして肩を上下させて自分の仲間にヘラヘラと笑っている彼の姿に吐き気を覚える。


 なぜ笑えるの…人の親を…私の母さんを殺して…それなのにこいつはなんで笑えるの…!?

 怒りがこみ上げると同時に、こいつは私から母を奪ったんだと私はより激しい悲しみを覚えた。

 歯を食いしばり、ナイフを握りしめる。奥歯がミシミシと音をたて、ブチッという音が頭の中に響いたと同時に口に血の味が広がった。


 そして私は彼をめがけて飛び出した。


 その瞬間は無我夢中だった…私の中から大切な何かが抜け落ちていくような感じがした。

 それは自分の命でさえも同じだと感じた。恐怖もなにもかもが抜け落ちて、ただ目の前に立つこいつを殺すことしかもう頭になかった。


「へ?」


 男が私の存在に気づいた時には、もう既に遅く私は彼もろとも押し倒すような形で私は地面に伏せ彼の頭をつかみ彼の首の肉を私の歯で思い切り食いちぎる。


「うああああああああああ」


 ミシミシと骨が軋む音と共に生温い液体が私の口の端から零れるのを皮膚で感じる。男は馬鹿みたいに情けない悲鳴を上げていた。


 私は噛みついたまま、体重をかけ彼の首を地面に押し付けるように動いた。

 左手に握られたナイフがそのまま垂直に降り、カチャリと金属が擦れる音がした。


 それから錆びついたような独特の味がする匂いが私の鼻をくすぐる。

 男はそれでもまだ抵抗するように、這いつくばった状態で私の下でじたばたもがいていたが次第にその動きは鈍くなり、そしてぷつりと動きを止めた。


 私を覆い囲む彼の仲間と私の間に沈黙が流れた。

 聞こえるのは、燃え盛る炎の音だけだ。

 そして最初にその沈黙を破ったのは私だった。ナイフにべったりとついた血を振るい落としながら私は立ち上がった。


「な、なんだこいつ…!?」「もう一人仲間がいたのかっ!?」「殺すんだ…殺せぇぇぇ!!」


 無数の銃が私を狙い引き金に指をかける。だが私は臆することなくナイフを強く握り直し、近づいてくる男達に刃を向け走りだす。


 腕を切りつけ腹を突き刺し喉をかき切る。弾を避けずにそのまま突っ込むことも躊躇せず、体のいたるところから熱い血が噴き出るのを感じたがその痛みの感覚がどんどんと麻痺していくようだった。


 恐怖も高揚感も何も感じない…ただ体だけが動いている。


 いや、正確に言えば動いているような錯覚をしていた。


 超人でもない私の体はいとも簡単に崩れ落ちる。

 体にいくつもの穴が開きそこからドクドクと血が垂れ流れた。

 男たちはそれでも私に銃を向けながら近付いてくる。

 地に伏せたまま動けずただ近づいてくる男たちを見上げたが私の脳は死滅寸前でほとんど機能していなかった。


「どうして…私は何もできないの…こんなに弱い…」


 私の意識はここで途絶え、息をハッと吹き返し目を見開いた私はベッドに横たわっていた。

 全身に汗をかいていて、心拍数は激しく動悸がおさまらない。

 荒く息をしながら体を起こしそのままベッドに座り込む。その間も心臓はずっと暴れたままだ。

 なんとか落ち着こうとゆっくりと深呼吸をして体を丸め膝に顔をうずめる。


「またこの夢…っは…馬鹿みたい」


 そう、全て夢だ。全部ここ3ヶ月見続けている私の悪夢だ。


 本当に馬鹿みたい。母様とは3歳の時からもう会っていないけど名前も違うし容姿も全く違うことを私は知っている。


 私は誰とも結婚などしてないし、人生で一度も村など行ったこともないし、あんな見すぼらしい教会なんて見たこともきいたこともない。


 現に私の体には先ほど夢に出てきたような弾丸がめり込んだ痕なんて一つもない、まっさらな真っ白な肌だ。


「わかってるのに…わかってるのになんでこんなに辛いんだろう…」


 母さんを失った時の記憶も、人を殺したときの感覚も、全てこの夢の中の記憶はやけにリアルに感じてしまっていた。

 まるで本当に経験をしたような感覚。

 震える膝でなんとか立ち上がり、窓の外を見る。


 窓の向こう側は真っ白で、眩しいくらいの陽射しが部屋の中に差し込みキラキラと光って見えた。

 その綺麗な光景に見惚れつつ大きく息を吸うと肺に冷たい空気が流れ込むのを感じた。


「もう…起きよ」

 

 私は濡れた目元を拭いながら真っ黒な制服を着る。


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