7章

 カチッという音ともにテープレコーダーから流れる曲が止まり私はゆっくりと瞼を開ける。

 どうやら窓を打つ雨粒で憂鬱な気持ちをさらに曇らせたような気分になりカセットテープを聴きながら部屋で読書をしていたが、そのまま机に突っ伏して寝てしまったようだ。

 机の上に置いたままになっているティーカップの中の紅茶はすっかり冷めていて私はそれに口を付けるも特に味はしなかった。

 テープレコーダーの再生ボタンを押し、しおりを挟んでいたページを開いた瞬間左耳につけていたイヤホンが外された。

 突然のことに驚き私は少しイラついた表情でイヤホンを取った人物を見るため振り返る。

「なんのつもり、ミロク?」

「ニアが暇そうだから。悪戯」

 ミロクは私から取ったイヤホンを自分の耳につけると興味深そうに私の机に置いてあるテープレコーダーを見つめる。

「テープレコーダーとかそんな古いもの持ってたっけ?初めて見たけど」

「昨日模擬戦を行う直前もらったのよ。ディア生徒のルームメイトだったパンラオイス生徒っていう男から。ディアの大切なものを渡したいって」

 私の脳裏に泣き崩れて私にすがる彼の姿が蘇り、私は両手で自分を抱くように強く体を縮こませる。

「なんでディア生徒の大切のものをニアなんかに渡すのさ」

「彼が彼女のことを愛してるからじゃない?でも自分が背負うには重すぎるから、せめて私に一生ディア生徒のことを背負わせたいのよ。私が殺したも同然だから」

 自分の言葉に吐き気を催す。こんなこと言うようなキャラじゃないのに、変に感情的になってしまう。

「私が受け取らないと意味がない…か」

 パンラオイス生徒が私にテープレコーダーを渡す際に言った言葉を吐き出す。

 彼がその言葉を放った際、私を見つめたその彼の慈愛で塗りつぶされたような瞳の奥に、暗い孤独と嫌悪に染まった心が透けて見えた気がした。

「気持ち悪い」

 毛虫でも払い退けるような手つきでイヤホンを机に投げつけ、席から立ち上がるとミロクのベッドに座る。

「気持ち悪いなら私にちょうだいよ。このカセットの曲初めて聞いたのになんでかすごく懐かしい感じがして私好きだな」

「あげるわけないでしょ。これは私がもらったんだから私のものよ。さぁイヤホン返して」

「ちぇ」

 ミロクは舌を出してはにかむと素直にイヤホンを私に手渡し、私はテープレコーダーとイヤホンをポケベルを入れている反対側のポケットにいれる。

「それで、本当にするつもりなの?」

「ん?」

 ミロクは私の隣に座り私の顔を覗き込むように首を傾げる。

「とぼけないで。この学校から脱走するって本気なのって言ってるの」

「あー本気だよ。だってその老人の話が真実なら卒業した瞬間ニアもみんな死んじゃうんでしょ?なら早く学校から出ないと」

「でももし学校から出たとしてもドルトニア王国自体が人身売買国なんだから、逃げてもどうせ…先輩たちと同じように死ぬに決まってる」

 私はそれを言うとともに顔を下げると、ミロクが「ドーン」といいながら急に私の肩を押す。不意の衝撃に私は抵抗する暇もなくベッドへ倒れ込むとミロクも笑いながら私の隣に倒れて私と向き合う。

「暗いこと考えないでよ。未来なんてわかんないよ、もしかしたら案外簡単に学校から出れてそのまま他の国で保護してもらえるかもよ」

「そんなうまくいくわけない」

「ミロクを信じてよ」

 ミロクは自分の指を私の指に絡めるようにしっかりと握る。触れた手は温かくて、冷たかった心が少し温まる気がした。

 雨が窓を打つ音が次第に弱まっていくのと裏腹に私の心臓は力強く鼓動を刻む。私はハッと我に帰り手を払いのけベッドから起き上がる。なにやってんのよ、私。

「脱走といっても情報を収集しないと不可能でしょ。どうするつもり?図書館にでも行くのかしら」

「まさか、図書館なんて不確かな情報しかないところには行かないよ」

 私の皮肉にミロクは肩をすくめながら笑う。

「情報が絶対あるであろう校長室に侵入する」

「はぁ!?正気なの?」

 突拍子もない彼女の発言に私は顔を引きつらせながら振り返る。しかし彼女は気にしたそぶりも見せずに不敵に笑っていた。

「正気も正気。どうせ学校から脱出すること自体大問題なんだから、問題をもう一つや二つ増やしても大したことないでしょ」

「でも校長室に潜入したらすぐバレるに決まってる…」

「うん。だから協力者を呼んでいます。おっ、ちょうど来たみたい」

 ベッドの向こうにあるドアをノックする音が聞こえ、ミロクは急いで立ち上がるとドアに近づき来客を迎え入れる。

「急に呼ばれたから来たけど…あっアニアちゃん大丈夫?」

「る、ルボフ?あんたなんでここに…ミロクどういうつもり?ルボフを巻き込むわけ?」

 そこにいたのは少し困惑した表情で顔を掻くルボフで、私は突然ルボフが現れ動揺するも全てを理解した。

 私はミロクの制服の胸ぐらを掴んで睨むも表情を一切崩すことなく、それどころか少し自慢げな表情を彼女は見せる。

「脱走はニアとルボフ生徒、私の3人で行う。それが一番最善だから」

「それで脱走が失敗したらどうするわけ?私はルボフの死まで責任は持てないわっ」

「どちらにしろ卒業したら死ぬんだから変わらないよ。それだったら少しでも助かる可能性があるこの道を選んだ方がルボフ生徒のためでもあるよ」

 私は納得がいかないも心の底では唯一の友達であるルボフには死んで欲しくないと思っていた。不本意ながらもミロクの胸ぐらを掴んでいた手を離す。

「えっと…それで一体なんの話をしてるの?」

 一人置いてきぼりをくらっていたルボフは私たちの顔を交互に見ながらミロクにそう尋ねる。

 これを話せばもうこの部屋にいるみんな後戻りはできなくなるだろう。

 一度踏み込んだ世界から抜けることは容易ではない。そう思うと怖いけど時にはその闇に足を踏み入れないといけない時がある。

 私は深く息を吸うと決心を固め口を開く。

「ルボフにお願いがあるの」




 雨が止み空気が少し軽くなった深夜の一時、私とミロクはダクトの中を通って校長室のある階層を目指していた。

 呼吸をするたびに私の鼻腔を刺激する、土臭い匂いや錆びた鉄の匂いも不快だがそれ以上に汗が吹き出る程のダクトの中の蒸し暑さが不快で堪らなかった。

「まさかダクトの中を這って校長室に行くとは思ってなかったわ」

「いやぁこれなら多分バレないし名案だと思ったんだけどな。それにしてもこんなにダクトが汚いとは思わなかったよ…ゴホッゴホッ」

 私が口に咥えたライトで前にいるミロクが照らされ彼女の膝や腕、衣服に付着した土汚れから私たちが辿っている道のりの長さを悟る。

「ちっ、あーもう。校長室まで一体どれくらいあるのよ?」

「おかしいなぁ。ここらへんのはずなんだけど…あっ!!ここだ、ここ。ほらここの隙間見て、校長室っぽい豪華な部屋が見える」

 ライトを手に移し隙間の方を照らすと確かに大量の書類のようなものが乱雑に置かれた立派な木製の机、高そうな絵画や骨董品の飾られてる校長室らしき部屋が見えた。

「確かにこの部屋っぽいわね。じゃあ、降りるわよ」

 手に持ったライトを口に咥え直すと袖をまくり上げ手をぎゅっと握り大きく振りかぶるとダクトを殴る。すると派手な破壊音と共に私とミロクの体が空中へ投げ出されその数秒後、私たちが今までダクトだった残骸と一緒に校長室の床に叩き落とされた。

「ゴホゴホっ…いったあ。制服が埃だらけになっちゃたじゃない。制服はこれしか持っていないのに…」

 体にかかった埃を払いながらゆっくりと起き上がると私は倒れているミロクに手を差し伸べ起き上がらせる。

「うぇー土の味がする」

 ミロクは制服や髪についた埃を払いながらしかめっ面で校長室を見渡す。

「とりあえず侵入できたわね。ルボフは廊下から誰もこの校長室に入ってこないように見張ってるから。誰か入ってきたらポケベルで連絡してくる…ところであんたさっきから何してるの?」

 床やら机やらに這いつくばって何かを探すミロクをみて私は腕を組みながら首をひねるとミロクはどこか照れ臭そうに頭をかきながらこちらを見る。

「ほら、何か重要なものがあるとしたら隠し場所は大抵一番見えにくい所じゃないかって思って」

「それは一体どこのスパイ小説の話よ?」

 呆れたようにため息をつきながらも私はミロクの隣に立って絨毯を見ていると、ふと1箇所だけほとんど埃をかぶっていない場所があるのを見つけた。

 しゃがんでそのカーペットの一部を捲ると、そこにはハッチがありミロクと私は目を合わせる。

「もしかしてだけど…ビンゴ?」

「かもね。でも鍵がかかって開けられないわね…ミロクちょっと離れて」

 私は太ももにつけていたホルスターからサイレンサー付き銃を抜き右手に持つと鍵穴に狙いを定め引き金を引く。

 轟音と共に発射された銃弾は甲高い金属音を発しながら鍵を変形させる。

「うっわぁ、よく銃なんて持ってきてたねぇ」

「念のため持ってきておいたのよ。それより中に何か入ってる?」

 銃の後端についた硝煙を振り払いつつセーフティーを確認するとホルスターにしまい、ミロクはハッチを開けて中をライトで照らす。

「ビンゴ。書類がいっぱい入ってる」

 ミロクは中をライトで照らしながら書類が収められているいくつかのファイルを机に並べ私は彼女の横からそれを覗き込む。

 ファイルにはそれぞれ性別と名前、戦績などが書かれた書類が綺麗にファイリングされていて、ファイルには黒線やマル印でその生徒の評価がされていた。

 一番古そうな書類をミロクと一緒に1枚ずつ見ていくとある一箇所に目が釘付けになる。

「脳の移植手術…シュテーレン連邦にて2031年青年『クロノフ・パズボーリョ19歳』の肉体にゴルト市長男性『ポンシーツ・セニア61歳』の脳を移植することに成功し10000体目の成功例を作り正式に人体の脳移植手術を確立。シュテレーン連邦は世界各国の要人に、より質の高い『体』を提供するため国内にドルトニア王国という仮想国をつくり『王立イアンティネ指揮官学校』を開校した…ってさ」

「開校したってことはこのシュテーレン連邦が全ての元凶ってこと?だとしたらなんのために戦争を行わせる必要があるってわけ?1回の戦争を作るとすると、230億アルノは少なくとも必要になる…しかも2年に一度か二度のペースで戦争が行われているのよ?考えてることも非現実的だけど、やってることも非現実的だわっ」

 私は頭を押さえながら苛立ちを抑えるように右手を握り思いっきり机に叩きつける。

「……戦争を定期的に起こせるくらいに生徒一体の儲けが高いってことじゃない?」

「たかが人身売買で戦争をそんなポンポンできるくらい儲かってるわけないでしょ」

 私の発言にミロクはバツの悪そうに頭を搔いて私のことを諭すような瞳で見る。

「毎日の訓練により出来上がったその鉄のような体、何万回とやった模擬戦により脳よりも先に体が動くその行動力、そして本当に人が死ぬ戦争で生き残ったそのゴキブリみたいな生命力。これ以上とない至高の『入れ物』が毎年少なくとも120体用意されるんだよ。悪いけどニアは自分たちの価値がどれくらいあるか知ったほうがいいよ」

「でも、あいつらは私たちに嘘を信じ込ませるためだったら戦争だってできるの…?戦争は嘘でも仮想国に住む国民や兵士、生徒すら死ぬのに?」

 私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。さっきまでの怒りはどこかへ消え、行き場のないやるせなさと吐き気がするほどの不快感がこみ上げる。

「悲しいけど苦しいけど憎いけど…彼らにとって全ては永遠の命への第一歩に過ぎないんだよ」

 ミロクと私はしばらくの間無言で立ちつくしていた。静寂を誇る校長室では時計の針が進む音がやたらうるさく感じる。

 ―ピピピピピッ、ルボフからポケベルが入り私たちを現実に引き戻す。ポケットから取り出すとポケベルの画面にルボフからのメッセージが表示される。

『ヘヤヒトハイッタイソイデニゲロ』

「ミロク逃げなきゃっ…人がきた!!必要な書類以外は戻して早く!!」

 私が書類を元あった場所に戻しながらミロクを急かすとコン…コンと扉を誰かが叩く。私とミロクは肩をビクッとさせすぐに扉を凝視すると再度ノックされる。

 万が一の時のため私は銃をホルスターからとり薬室に入った銃弾の数を確認する。

「失礼します」

 暗闇で姿は見えないが声からして中年かそれ以上と思われる女性が校長室に入ってきた。

 机の影で息を殺して身を潜めているとミロクが机の上に置いてあった書類に手を伸ばし一枚ぬき取る。私は何をしているのだとアイコンタクトを送るも彼女は反応せずにその書類に目を通す。

 このまま静かに何もしなければこの女が校長室から出た後、もしかしたら無事校長室から出られるかもしれないと思ったその時『ピピピピピッ』というポケベルの音が静寂を切り裂く。

 私の鼓動が爆ぜるように早くなりポケベルを急いで切断するも次に女性から聞こえてきた言葉で無駄だったと悟る。

「机の裏に誰かいるんですか?」

 私はその言葉に胸騒ぎと共に嫌な汗がドッと吹き出すのを感じた。

 机の下で焦燥感に駆られながら私は何とか助かる方法を模索しているとミロクは取った書類を一枚ポケットの中に入れて私の肩に手を置く。

「私がカウントを取るから1と言ったら銃をあの人の肩より上に3発撃って。あの人が銃から身を守ってる間に窓を割ってそのまま逃げよう」

「暗闇なのに肩より上って…それにここ4階よっあんたわかってる!?」

 ミロクのあまりにも無謀な発言に私は声を殺しながらも思わず大きな声を出してしまう。それでも彼女は自信に満ち溢れたような笑顔で私の耳元で囁く。

「信じて。ニアだけは絶対に守るから」

 こんな奴信じるなんてどうかしてる。でも今ここで信じることのできる相手はミロクしかいない。

 私は目を瞑り一つ深呼吸すると覚悟を決め両手でグリップを握り引き金に人差し指をかけたまま、暗闇で姿の見えない彼女の方を凝視する。

 こちらに向かって不審がっているのかゆっくりと歩く彼女の右肩よりも上に照準を合わせる。

「3……2……1っ!!」

 ミロクの合図と共に私は彼女の右肩上目がけて銃の引き金を引く。銃口から発射された3発の銃弾が彼女に向かって一直線に飛んでいく。

 「ギャアッ」という甲高い声と共に彼女は銃弾から身を守るために体を屈める。

 さぁあんたはどうするつもりとミロクの方を見ると、急に私の腰と肩に腕を回し私に密着すると、有無を言わさず私を窓際まで連れて行き腰を屈め私を支える。

「ちょっ!?何っ」

「ニアッごめん」

「え?」

 ミロクはグリップを握った私の両手の上から自分の左手を重ねて銃の引き金を窓に向かって引き、そのまま2人分の体重を支えた体は重力に引かれながら窓の外へと落ちていく。

 割れたガラスが私の頬をかすめ血が出ると共に浮遊感に襲われる。

 私たちの周りで流れる時間だけがゆっくりと動きミロクと一緒に落ちていく視界で目に映る物は全部スローモーションのように流れていく。

 恐怖のあまり叫ぶことすら忘れ私はただただ目を強く瞑ることしかできずにいると、突然破裂音のような乾いた音が響くのと同時に急に落下した体の勢いが止まり浮遊感もいつの間にかなくなっていた。

 恐る恐る目を開けると目の前には私の下敷きとなったミロクの姿があり、彼女は先ほどの衝撃で額から血を流しながしていた。

「…ね?ニアだけは絶対守るって言ったでしょ」

「ばっかじゃないの!?あんた血が出てるじゃないっ」

 私は急いでミロクに覆いかぶさるようにしていた身体を起こし、彼女の前髪を上げるとハンカチで傷口を抑える。

「体は痛くない?額以外どこか怪我した?」

「ニアお母さんみたい」

 おどけたように笑って私を茶化すミロクに私は安心して無言で頭をチョップする。

「私は全然大丈夫だから早く逃げよう。ここにいたら私たちが侵入したってバレちゃう」

「…そうね。ルボフには今連絡できないけど多分逃げてくれてることを願うわ」

 私は血のしみたハンカチをポケットにしまいミロクに肩を貸しながら立ち上がる。

「それにしてもあんなところから落ちたのに額を怪我しただけなんて奇跡よ」

 ミロクの手を肩に回し、自分たちが飛び降りて割れた窓を見上げながら私は感嘆とも呆れともとれるため息をつく。

「奇跡かな…あはは」

 乾いた笑い方をしながら力なくミロクは私にしなだれかかるとその際ミロクのポケットから何か白い畳まれた四角みたいなものが落ちて地面でカランと音が鳴る。

 私は特に意味もなく拾い上げるとそれは先ほどミロクが机から出したと思われる1枚の書類だった。

「なによこれ?」

「いや、あっ!返してよ」

 私が小さく畳まれていた紙を広げて首を傾げると、ミロクが慌てて書類を私から奪いとろうとするので私はその書類を頭上高くにあげる。

「何よ。別に書類を読むくらい、いいじゃない」

 ミロクの行動に訝しむような視線を送る私を見て彼女は動揺を隠すように取り繕う。

 内容は脳移植の工程や実験結果で先ほど見た書類と何も変わりはなかった。

 違うとすればその実験は今までのただの脳移植の研究ではなく『脳を移植した体にさらに脳を移植することはできるか』という人体の限界を試す実験がされていたことだった。

 そこで生み出された『被験体No.369』は普通の女性の体格、体力共に変わらないが移植された脳の記憶を消費する量に比例し肉体が常人の数倍の筋力や瞬発力を生み出すと記載されていた。

「No.369は実験を重ねた後、現在『王立イアンティネ指揮官学校』の生徒として在学している。監視する際に貴重なサンプルである被験体が逃げ出さないためNo.369だけ…真っ赤な制服を着ている…?」

 一通り目を通し私が顔を上げるとミロクの瞳は動揺を隠せずその表情は青ざめていた。彼女が何を考え何に怯えているのか私にはわからないがが、私の服の裾を掴む彼女の手は震えていた。

「ごめん、キショいよね。体は誰かので記憶もほぼない人間なんて…あわよくば記録消そうてしちゃってて気持ち悪いよね…ニアのいう先輩のこと本当は言われた時自分と同じ目にあってるって知ってたのにそれが言えなくて…言ったらダメな気がして知らないふりしちゃって…ごめんごめん…ごめんなさい」

 ミロクはうわ言のように私に謝罪の言葉を述べながら私と一歩一歩距離を取っていく。

「でも泣きじゃくってるニアを見て、ニアを救いたいって思ったのは本心だよ。ミロクみたいな同じ目に合わせたくなかった。体を乗っ取った側の人間であるミロクが言っちゃだめってわかってるけどニアを守りたいって思った」

 彼女が私を突き放そうとして伸ばした腕を思いっきり引っ張り彼女の体を自分に引き寄せる。

 生意気で私より優秀だと思ってた彼女はずっと一人で戦ってきたんだと思うと胸が締め付けられるような感覚になる。

「あんたがどう思ってるのかは知らないけど…言って欲しかった」

「ごめん」

 こっちを見ずにずっと俯くミロクに少し苛つき、私は「ドーン」と言いながらミロクの肩を押す。不意をつかれたミロクはよろけた拍子に私の顔を見上げる。

「これでお互い様だから…もう謝んのはやめなさい」

 私は顔を背けてミロクに左手を差し出すと彼女は何も言わずその手を握る。

 私たちの部屋に戻る帰り道、まったく会話は無かったけれどそれでも二人の間に存在する繫がりは前よりかは少し強くなれたと私は確信できた。

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