おおかみさんと赤ずきん

砂上楼閣

第1話

あるところに、赤ずきんと呼ばれる少女がいました。


お出かけするときはいつも頭から赤い頭巾をかぶっているので赤ずきん。


明るい色の髪と瞳をした元気な女の子。


今日は月に一回のおばあさんの家にお泊まりの日です。


「赤ずきん、おばあちゃんへのお土産は持った?」


「うん、持ったよ!」


お母さんに聞かれた赤ずきんは、元気に返事をします。


おばあさんが大好きな赤ずきんは、いつも以上に明るく元気いっぱいな様子。


お母さんは苦笑しながら、いつもの注意を言います。


「いい?知らない人について行ったらダメよ。あんまり寄り道してもダメ。あと狼には気を付けること」


「はーい!」


おばあさんは森の奥に一人で住んでいて、そこにしか生えない薬草を煎じてそれを売って生活しています。


狩人のおじさんたちが森の危険な生き物は間引いてくれていますが、この辺りは昔から狼が出るとよく言われています。


幸い狼は暗くならないと出ないので、ここ何年かは狼を見たと言う人もほとんどいませんが。


「ちゃんとお薬も忘れずにね。それじゃいってらっしゃい」


「行ってきまーす!」


赤ずきんはお母さんに見送られ、足取りも軽く出かけて行きました。


お昼を食べて少ししてから出たので、日が暮れるまではまだまだ時間はあります。


しかし…


赤ずきんはおばあさんの家に行く途中にあるお花畑でお花を摘んだり、ちょうちょを追いかけたり。


お母さんの言いつけを守らず寄り道ばかり。


気付けば高い位置にあった太陽はだいぶ傾いてしまいました。


「あら、大変!早くおばあちゃんの家に向かわないと」


もうしばらくしたらまん丸なお月様が顔を出しそうです。


赤ずきんはちょうちょを追いかけるのはやめて、おばあさんの家に向かう事にしました。


……おや?


そんな赤ずきんの後ろからついて来るのは一匹の狼でした。


(くんくん、旨そうな匂いがすると思えば…。こりゃあついてるぜ!)


この狼は別の森からやって来たばかりで、とてもお腹が空いていました。


そして同時に賢くもありました。


(おばあちゃんの家って言ってたな。先回りしておばあさんも食ってやろう。子供の悲鳴は遠くまで聞こえるからな。狩人が来たらたまらない。おばあさんに化けて一気にペロリだ)


狼は走り出しました。





そしてあっという間におばあさんの家に着きます。


コンコン


(おや?出てこないな)


出て来た所を食べてやろうと思っていた狼は少し焦ります。


しばらくすれば赤ずきんが来てしま…


「なんだ、おばあちゃん、狼さんの姿になったの?」


(はっ!?いつの間に背後に…!)


狼は思わず飛び上がって驚きました。


「ちょっと早くない?まだお月様は顔を出したかどうかよ」


まだしばらく到着しないはずの赤ずきんがそこにいました。


(は、走って来たにしても早すぎないか!?子供の足でもまだしばらくかかるはずだぞ!)


「おや、赤ずきん。大好きなおばあちゃんの顔も覚えてないのかい?そいつはただの狼だよ」


「あ、おばあちゃん!」


(!?)


声に驚いて振り返った狼の目の前には、いつの間にかまだ年若い女の人がいました。


「やれやれ、はぐれの狼かい?ちょうど良いところに来てくれたね」


一瞬、そう、瞬きの間に狼はおばあさんによって捕獲されていました。


(ど、どうなってる!?いや、待て!この臭いは…!)


「鼻のいいお前たちなら分かるだろう?私たちは人狼でね。人の世に紛れながら暮らしてるのさ」


おばあさんから香る薬草の匂い。


それに隠されていたのは、人狼の臭いでした。


そしてよくよく嗅いでみれば、それは赤ずきんからも…。


「あ、おばあちゃん、お土産置いておくね。あとお母さんがいつものお薬を追加でお願いだって」


「はいよ。用意してあるから明日持っておいき」


赤ずきんは家の中へ。


その時、不自然に膨らんだフードが外れて、可愛らしいケモ耳があらわになります。


よくみれば腰の辺りもすこし膨らんでいます。


赤いずきんは、人狼の特徴を隠すためのものだったのです。


後には狼とおばあさんが残されました。


「まだあの子は未熟でね。薬で抑えておかないと耳や尻尾、手足が狼になっちまうんだよ。今日みたいな満月の晩は薬でも抑えきれないから、わざわざこんな森の奥深くまで来てもらって匿ってるのさ」


おばあさんは優しい口調で狼に話しかけます。


人狼は大人になれば満月の晩でも人の姿でいられます。


けれど、まだ未熟で人の姿のままでいられない赤ずきんは、満月の日は森の奥で1人暮らしているおばあちゃんの家で過ごす事になっているのです


ちなみに人の姿でも獣人、大人の男の人が相手でも無双できちゃったりします。


そしてそれはおばあさんも同じで…


「ついつい遠吠えしちゃったり、本当にまだまだ子供で可愛いんだけどね。人狼狩りに見つかったら大変だろう?だからたまに狼を捕まえては狩人の近くに放って狩らせてるのさ。おかげで最近は見かけなくなってたんだけど、ちょうどよくあんたが来てくれた…」


(た、たのむ!見逃してくれ!)


狼は必死に命乞いをします。


しかし…


当然おばあさんが頷くはずもありません。


人の群れに溶け込むために、人狼は長い年月をかけて様々な手段を講じてきたのですから。


狼の存在は、人狼にとってはよい隠れ蓑なのです。




今夜もまた森に狼の遠吠えが響き渡ります。


そして数日後、村と森はまた平和になりました。

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