14. 燃える意思
「ふぅ…」
―カランカランー
夕陽が立ち込める店内には一つ影が座っていた。当たり前のようにティーカップを添えて。
「…人の店に勝手に入り込むなんて、失礼なんじゃないかしら?」
「っすまない。なかなか君が帰ってこないから、つい」
ヴァイオレットの声に驚いて、ジェイドはすぐに起立した。
「ついってねぇ…デイジーに入れてもらったの?」
「ああ、中を覗いていたら声をかけられてな。ついでにハーブティーも出してもらったんだが、これがまた美味しくて」
「デイジーはいつまでいたの?」
「本当についさっきまでだ」
「まあ、あなたたちが仲良くなったみたいで良かったわ」
そう言いながらヴァイオレットは新しく紅茶を入れなおした。
「何の用?わざわざ私のお店に侵入までして」
ヴァイオレットは冗談交じりに言った。
「だから、侵入したのではないと……いや、君に聞きたいことがあって…前から聞きたかったんだが、聞きそびれてしまって…」
なかなか話し出せない様子をじっと見つめながらヴァイオレットはカップをセットする。
「君は一体何をするつもりなんだ?」
ヴァイオレットの手が一瞬止まった。それから何も言わず二人分の紅茶を持って席に着いた。
「なんとなく分かっていると思ったんだけど」
「…復讐」
目の前に置かれたハーブティーに深刻な
「…なんだか物騒ね」
「違うのか」
「だいたい正解よ。騎士団、いや情報屋を使って調べたの?」
「そんなことはしない。…それより相手はやはり第二皇子か?」
「…そうね。まぁそうなると元家族も聖女様も対象に入っちゃうわね」
ヴァイオレットはティーカップの中の自分を見つめている。
「もし本当に奴らに復讐するつもりなら、止めた方が良い。相手はいずれもこの国の要人だ。あまり言いたくはないが君一人ではどうにもならない」
「…ジェイド、あなた自分の記憶に捕らわれすぎているんじゃないかしら。以前の私ならあなたの言う通り、手も足も出ないでしょうけど、私は変わったのだと言ったわよね」
ヴァイオレットはいつもより強い口調で返した。
「…だがそれでも君は身分的にも——」
「——私はハンデをそのままにはしておかないわ。それに準備はとっくに進んでる。あなたの目の前でもね。まさかあれだけ私に付いてきて気付かなかったなんてことないでしょう」
自分の記憶を通してしか彼女を見れていなかったことにジェイドは落胆した。
「‥‥‥‥そのまさかだ。すまない、俺は君のことを誤解していたみたいだ」
「そうなの?以外ね」
彼女は眉一つ動かさなかった。真剣な表情だった。ただ、声色だけが徐々に重くなっていった。
「俺に手伝えることはあるか?君の…計画を」
その問いに答える前に彼女はジェイドの顔をじっと見つめた。緊張感が張り詰めていく。
「自分が何を言ってるのか分かってるの?」
「もちろんだ」
「一騎士が、副団長ともあろう人が、主人を裏切ろうというの?」
「そうだ」
ジェイドは真っ直ぐに答えた。何の曇りもない声と揺らがない目に、確固とした意志が現れた。
ヴァイオレットが先に視線を外した。
「‥‥‥分かったわ。それじゃあ、手紙を届けてもらおうかしら」
「手紙?」
「ええ。運命を変える手紙よ。だから必ず渡してちょうだい」
彼女は慎重に鞄から手紙を出した。ジェイドは何も言わずしっかりと受け取った。
「…<聖女カルサへ>」
手触りの良い手紙にはその文字だけが綺麗に並んでいた。
「送る相手を間違ってるわけじゃないんだよな?」
「信じられない?」
ヴァイオレットはいつものように笑ったりしなかった。
「いや…戻ったら渡しておく」
「ありがとう」
店の明かりが消え、夜の光だけがヴァイオレットの部屋に差し込んだ。彼女は机に並べられたメモを確認するように凝視している。そばには冷めた紅茶が置かれていた。
「ふう…」
深呼吸をするように息を吐くと、ヴァイオレットの手が自然とティ―カップに伸びた。
「——!」
カップに触れた時、ヴァイオレットははっとしたように手を離した。
「‥‥覚悟が足りなかったかしら」
そう呟くヴァイオレットの眼に揺らぎはなかった。
「いいえ…明日が楽しみよね」
静かになった町の中でヴァイオレットの机の明かりだけが長く灯り続けた。
——カランカラン——
「いらっしゃい」
扉を開けたのは神秘的な女性だった。丸く纏まった白い髪が太陽の光で輝いている。彼女は目を赤く光らせながら言った。
「あの、依頼があるんです」
ヴァイオレットはガラス細工でできたオルゴールの蓋をそっと閉じた。
「いらっしゃいませ、ハーブティーはお好きですか?よければゆっくりお話を聞きますよ」
片手を広げるスマートな所作で奥のテーブルを案内した。しかし、彼女は立ち止まったままヴァイオレットを見つめていた。明らかに様子がおかしかった。そして固くなった口を開いた。
「…私を…聖女にしてください!!」
彼女は一層瞳を紅くしてそう言い放った。
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