12. 可憐な黒猫
家の中は、窓があるにも関わらず薄暗く、いくつかのオレンジ色のランタンがそこに置かれた希少で奇妙な物をたち照らしていた。七色に光る宝石,ある国の王城内庭園でしか見られない花,伝説の獣を模した置き物。外観よりさらに不思議さを増した内装にデイジーは目を丸くしていた。
「何か飲みます?」
ネラはハーブティーを二つ置いてテーブルに案内した。後ろで低く纏められた柔らかい黒色の髪を下ろし、二人分の椅子を引いた。
「ありがとうございます」
「あっありがとうございます!」
「いえいえー久しぶりの訪問者ですから、わたしもわくわくしてしまって!まぁ取り合えず一杯どうぞ?」
「はっはい!…おいしいですね!」
「うふふっありがとう。これはラベンダーなのよ。このお茶は私のお気に入りでねー?お客さんには毎回出しているのー」
「そうなんですか…フフッネラさんってやっぱりヴァイオレットさんと似てますね!」
「そうですか?誰かと似ているとは初めて言われましたー。悩みを相談しにここまで来られる方はこういうことに敏感だったりしますからねぇ。あなたのお悩みもそういったことですか?」
「あっいや私というより――」
「私たちの悩みなんです」
「噂には聞いてると思いますけど、ある騎士にこの子のお店が違法だと判断されて奪われてしまったんです。何とか釈明をして取り返したは良いんですが、権利書はその騎士に渡ったままで、それをどうにかならないものかと…」
ネラの黒い瞳が光った。
「それは大変です!ぜひお手伝いさせてください!」
「その方の階級や役職なんかはわかります?そっちの方の私の知り合いも多いわけではないので」
「デイジー」
「あえっと何かの副団長だとは聞きました。他のことは…でも!背はすごく高くて緑っぽい目でしたよ!」
「緑ですかぁ髪の色はどんなでしたか?」
「えっと…何だっけ明るめだったと思います」
「あぁジェイドさんですね!」
「ちょっと頑固で、対応の仕方が丁寧なのか雑なのか分からなくて、目が鋭い感じの人で――」
「そうです!その人ですよ!」
「お知り合いってことは何とか言ってもらえたりは…」
「いいえー直接知っているわけじゃないんです。共通の知り合いがいるだけなのでぇどう話しをしていいのか…なのでもっとその方について知っていることを教えてほしいです」
「私たちも良く知らないんです。お話をする感じでもなくて」
「でもそれから何度も店を訪れられていると噂で聞きましたし、それは何か理由があるんでしょう?」
「それも分からないんです。だから余計に困るんですよぉ」
「何か目的があるのかもしれませんよぉ?それこそ、あなたに会うためだとか!」
「いやそれは絶対にありえないです!!」
「どうしてですか?」
「あり得ないからです!ありえないでしょ」
「そう思うのは何か言われたからじゃないですか?」
「いや特にないですよ?」
「ということは目的は監視とか調査かもしれませんね?」
「うーんそれもないと思いますけど…」
「でも何も言われないんですよね?」
「はい花言葉とかの話しはしますけどね!」
「待ってください、あなたたちどういう関係なんですか?」
「だから何にも悪いことしてないのに店を取られそうになった人とマヌケな取り立て屋です」
「えっとつまり知り合いでもあるって——」
「はいそこまで。面白かったけれど、もうこれ以上続けても余計に意味が分からなくなるだけだわ」
「どういうこと?」
「あなたは分かっていますよね、ネラさん?」
「いえ、急にどうされたんですか?様子がおかしいですよ」
「意外と引き下がるんですね。ならはっきり言うと、私たちはあなたに転がせる客ではないし、あなたの狙いも分かってるんです。説明、しましょうか?」
ヴァイオレットはネラの思惑を推論として詰り始めた。
彼女の言動にはおかしい点がいくつもあった。
第一にデイジーの困りごとについて相談しているはずなのに『騎士』のことをやたら深掘りしようとしたこと。事の要点や核心ではなく、それに付属する特定のことについて深掘りしようとするのは、その情報を欲しているから。デイジーが言っていたネラの発言と重ねると、彼女はここで採れたものを売ったり相談を受けた報酬で生計を立てているようだが、多額の相談料をふんだくれない客の場合は価値のある情報を出させていたようだ。そして今回はデイジーをその標的に選んび、ここへ招いた。
第二に最初に会った時にヴァイオレットの素性を聞かなかったこと。猛獣のいる森を通り抜けて来たマントを被った二人組が家の前に立っていたら、咄嗟に攻撃されることはない、彼らの警戒を強めてしまうことにはならないという確信がなければ、無防備に声をかけたりはしない。
そして第三にその騎士がデイジーの店を再び訪れたことは知っているのに彼がどんな見た目をしていたか知らなかったこと。その騎士(ジェイド)は確かにデイジーの店を何度も訪れたが、その際は制服ではなく“お忍びの装い”だった。つまり“騎士が何度もデイジーの店に来ていた”などという噂は立つはずもなく、それを耳にすることもできない。ネラは嘘をついた。しかしそれを知っていたということは、本当に彼と顔見知りで、直接聞いたか店に入るのを見ていたとも考えられる。だがもしそうなら、ジェイドが仕事で店を調査しに行っていると勘違いするわけがないからそれはない。ならば、ジェイドの存在、行動、そして名前を知っていたのはなぜか。
「心を読んだからよ」
「魔法みたいに!?」
「そうなんじゃない?」
「北のある国には、そんな魔法のような能力を持った人たちが実際にいたわ。だから彼女が特別な力を持っていてもおかしくはないわね。だって、この国には“聖女”がいるんだもの」
「どこか間違ってるかしら?ネラさん?」
「これ以上しらばっくれても面倒なだけね」
「完敗。今回は諦めてあげるわ」
「待って?まだ話しは終わってないのよ」
「これ以上何を言いたいわけ?」
「知りたくないかしら、私たちにメリットがないと分かっていてここに止まっている理由を」
「私に何かさせようってこと?」
「正解ー。私、上流階級の人たちにちょっと下剋上しようとしてて、そのために情報収集してくれる仲間が欲しいのよ。あなたなら適任でしょう?」
「何を言い出すかと思えば!そもそも一般市民の私が適任とは思えないけど?そんなの情報屋に頼んだらいいでしょ」
「あなたが良いのよ。誰にも知られず情報を集められて、裏社会にも貴族らの秘密にも片足を入れている。私に一番必要な人材なのよ」
「悪いけど、貴族の相談を聞いてるっていうのはその子を引っかかるために言っただけで、そっちの方面のことは何にも知らないの」
「嘘ね。あなたは本当にしてるわ。それも何度もね」
「何でそう言い切れるのよ」
「このハーブティーがその証拠」
「
「そんなに私が欲しいなら脅迫のセリフ考えた方が良いんじゃない?」
「そうかもね」
「詰めが甘いんだってあなたも—」
「この森に火をつけるわ」
「そんなことで説得するつもり?」
「分からない?あなたが言ったんでしょう、脅迫してみろって」
「こちらこそー。ビタークレス…懐かしい名前ですね。実は私の祖母とあなたのお祖父さんは友人だったみたいで、前に祖夫からその名前を聞いた事があるんです。だからあなたにお会いできて本当に嬉しいわ!」
「そうなんですか?じゃあ私たちがここへ来たのは運命だね!」
「ふふっそうね、やっぱり来て良かったみたい。ネラさん、実は大きな声じゃ言いにくいんですけど、私がここへ来たのはあなたにお金を貸して頂くためなんです」
「お金を?もしかして貧困なんですか?」
「いいえ、それが必要なのは私の友人なんです。私は代理で。お金を貸してもらえそうな所は銀行以外にはここしか思い当たらなくて…どうにか貸して頂けませんか?」
「うーーんそうですねぇー…お金ですか…貸してあげたいのはやまやまなんですけど…代理ですし…やっぱり信用というのが‥‥うーーん」
ネラは二人のために一生懸命考えている様子だ。
「そうだ!分かりました、いいですよ、好きなだけ貸して差し上げます。ですが条件が一つ!」
「条件ですか?」
「はぁい。ここでしばらく私の話し相手になってほしいんです。さっきも言いましたけどここへ来るお客さんなんて本当に久しぶりでー…」
「そっそんなことでいいんですか?」
二人の話を隣で聞いていたデイジーはその意外な条件に思わず聞き返した。
「もちろんですよー。ヴァイオレットさんはそれでもいいですか?」
「‥‥ええ、そんなことでいいのなら喜んで」
「ありがとうございますー。じゃあわたしお茶に合うお菓子を持ってきますね!」
ネラは嬉しい様子で奥にあるキッチンに向かった。ヴァイオレットはそんな彼女の顔をじっと見つめていた。
ネラはトレイにたくさんのクッキーを乗せて戻ってきた。その一つを口にして話題を探った。
「えーとまずは自己紹介からね。私の名前はネラですー。もうわかっていると思いますけどこの店で“借り物屋”をやっていまぁす。あとは趣味は山菜集めです!それじゃあ、次はあなたたちのことを教えてくれますか?」
「じゃあ私から。私とデイジーは同じ町に住んでいて二人とも自分の店を持っているんです。」
「お店?何のお店をしているんですか?」
「えーとわたしがお花屋さんでヴァイオレットさんが…何だろう?」
「平たく言うと雑貨屋さんかしら」
「そぉなんですね、じゃあやっぱりその町から出たこととかないんですか?ほら私もそうですけどお店をやっていたら基本移動できないでしょう?」
「そうですねわたしは出たことないかも。ヴァイオレットさんは?」
「私はそもそも三年前に越してきたばかりだから。あとはそう、最近ここと反対の森なら行ったことがあるわね」
「どうしてそんなところに?」
「それは秘密ですよ」
ネラはその答えに不服そうな顔をして見せた。
「でも、そのときにスターチス伯爵とちょっとした繋がりができたり」
ヴァイオレットは口角を上げていたずらに言った。
「ええ!領主様と!?全然知らなかった、っていうかそういうことはすぐに教えてよ!」
「ごめんなさいデイジー!すっかり忘れていたわ」
「もしかしてそれって、運命的に森で出会った領主様と恋人になってしまった!とかじゃないですか?」
「ええええ!?」
ネラもデイジーも頬を手で包んで興奮している。
「ちょっと?二人ともおとぎ話の読みすぎですよ。少しお話しただけですから」
「なあんだ」
デイジーは肘をついた両手に顎をのっけた。しかしネラは引き下がるどころか熱量を増して迫った。
「でも、そのときに何かあったんでしょう?恋じゃないなら何なんですかー?」
「本当に何でもないですよ!初めは正体を明かされなかったし。あなたの思っているようなことは一切起こってないんですから」
「ほんとですかぁ?あのスターチス伯爵と知り合いだなんてすごいこと聞いたら、何があったのか知りたいですよぉ!」
ヴァイオレットがいくら誤魔化そうとしても、ネラは引き下がらず質問を続けた。するとヴァイオレットが急に真剣なトーンで返した。
「ネラさん、少し欲張りすぎですよ」
「…急にどうしたんです?それに欲張りすぎってどういう意味ですか?」
ネラは困り顔で首を傾げた。
「そのままの意味です。私はあなたの条件を十分に満たした話をしたと思うのだけど」
「‥‥条件って、それはわたしとお話ししてくれることでしょう。話の内容は関係ないですよー」
「いいえ。本当の条件はあなたがお金を貸す対価となるような話、つまりあなたの利益になる情報を渡すことでしょう?」
ヴァイオレットが話を進めるにつれ、だんだんとネラの顔から笑顔が消えていった。
「‥‥‥はあー。まったく、デイジーちゃんだけならうまくいったのに…」
ため息をつき自分の負けを認めたように背もたれに体を預けた。結んでいた髪もほどいて、挑発的な目つきでヴァイオレットを見つめた。真っすぐなストレートに艶やかな紫黒がより印象的に見えた。
「あれ、迫るように仕向けてられてたんだ。もしかして、私のやり方も見抜いてる?」
さっきとは打って変わって凛とした落ち着いた声だ。
「まあね。私のように高価な物や価値がある物を持っていなさそうな人には、さっきの要領で知らず知らずのうちに情報を引き出しそれを隠して何か別のものを要求する。簡単に言えばカモを作ってたってところかしら」
「すごい、本当に全部ばれてる。うまくコントロールできてると思ったんだけどー。どこで見抜かれちゃった?わたし何かおかしなこと言ったっけ?」
「結構あるけど、最初はここへ入ってきた時、あなた私にじゃなくて私の後ろに隠れていたデイジーに話しかけていたじゃない?普通前に出ている方に話しかけないかしら。それがきっかけであなたの振る舞いに違和感を覚え始めたのよ。あれって彼女の方が目的をもってやってきた『客』だと思ったからでしょう?」
「その通り。私が招待したのはこの子だったからねー。怖がって付き添いに隠れているだけだと思ったのよ」
「それ少し怪しかったわよ?まぁあとは、一番はお祖母さんの思い出話ね」
「やっぱりそこなんだ。全然乗ってこないからおかしいとは思ってたけどー。でも何で?」
「そもそも私の祖夫はビタークレスなんて名前じゃないんだもの。それは、私が買って改装する前のもとの店の名前からとったものだから」
「あーそれで。真偽を確かめられないから良い方法だと思ってたんだけど…次からはもっと気を付けないと」
「その前に、そのつり方をやめなさいよ。後でお祖父さんから預かったものだとか言って何か押し付ける気だったんでしょうけど、それって分かりやすく詐欺じゃない。そのうち訴えられるわよ?」
「大丈夫。本当だったら普通の平民か頭の足りない貴族しか来ないし。あんたみたいのは来ないの!」
彼女は悔しそうに言った。
照明もハーブティーもテーブルの上のクッキーもすべてを完璧にしていたのに、ヴァイオレットに初めて追い詰められてしまったことがネラにとっては何よりも悔しいことだった。しかし同時に、自信の秘密を保ったまま余裕を崩さないヴァイオレットの姿に興味が湧いて仕方がなかった。ネラの目は心の内を映し出し、鋭く輝いている。
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