10. 模索の道中

「まだ足りない」


ヴァイオレットは苦悩していた。

番狂せのためには帝国中、それ以上の情報を一つでも多く手に入れる必要があるが、彼女の手の届く領域は到底それに及ばない。情報屋と契約すれば格段に手に入るその量は増える。しかし平凡な民という不透明なマントを脱ぎ捨てて、信用の置けない裏社会の名簿に名前を刻むことはあまりにもリスクが大きすぎた。だから彼女は自分を仲間をスカウトして手を広げていたのだが、転換の鍵となるような情報を掴みに動ける者がいなかった。


カランカラン——


「あっヴァイオレットさん今日はもう終わっちゃうの?」


出かける準備をしてドアの看板をひっくり返しているときに後ろから声をかけられた。


「あらデイジー、あなたこそ今日はお仕事ないの?」


「うん!今日はお休みだよ?でもやることがないからヴァイオレットさんのお店を手伝おうと思ってきたんだけど…それも無理みたいだね」


彼女は残念そうに言った。彼女の表情は相変わらず一言喋るごとに変わっていく。


「ふふっやっぱり可愛い人ね、デイジー、よかったら少し頼みたいことがあるんだけど、良いかしら?」


「もちろんだよ!ちょうど暇だったし!何すればいい?」


「そうね…あなた知り合いがたくさんいるでしょう?その中に秘密の仕事を頼める人っていないかしら?」


「うーんみんな普通のひとだしな…あっでもでもこの前来てくれたお客さんはそういうの行ける感じあったよ!ヴィオさんに似ててさ!たしか…薬草や山菜とかを売ってるって言っていたかなあ」


「似てるってどういう意味?顔が似ていたの?」


「ううんそうじゃないよ、黒猫って感じだったし。似てたのは仕事だよ、たまに悩み相談とかも受けてるんだって。あそうだ!その関係で国お偉いさんとも親交があるって言ってたから、ホントに良いかも!」


「なるほど?一度会ってみたいわね。その人の名前や住んでる場所は分かる?」


「名前はネラさん!家はえっと、ヒントは一応あるんだよ?『これは家の周りにもよくある花だ』って渡すときに言われたから。でもそれがどこかまでは分かんない」


「そのお花ってどういうの?」


「んーリンドウとかコロンバインとかピレネーフロウとかかな」


「それってみんな草原に咲く花じゃなかったかしら?」


「そうなの!でもそこまでだよ。あんな広い場所のどこかなんて分からないでしょ?」


「いえそうでもないわ、他の2つはともかく、ピレネーフロウが群生しているのは領地端の一箇所だけよ。まあ彼女が自分で植えたのなら別だけど」


「さすがだけどヴァイオレットさん、なんか悔しいかも。私は花屋の娘なのに〜!」


「あなたはここに定住しているのだから仕方ないでしょう?それより、早く行きましょう。善は急げって言うじゃない?」


「私も行っていいの!?」


「あなたが見つけてくれたんだから、来てくれた方が心強いわ」


「いいよ!ついてく!それでそこへ行く馬車ってどこから出るの?」


「残念ここに馬車は行かないわ、まあほとんどは歩きになるかしら」


「えええーーー!」


活気あふれる町の中にデイジーの驚きの声がこだました。




「ハアハアハアハア‥‥ヴァイオレットさん、まだ着かないの?」


「頑張って!もう少しだから」


馬車を降り、ひたすら徒歩で森の中を歩き続けている。着いていくのが精一杯というデイジーとは対照的に、ヴァイオレットは息一つ上がっていなかった。


「もう少しって、さっきからずっと——」


「あっあの家がそうじゃないかしら!」


木々の向こうに草原が見えてきた。小さな花がまばらに咲いている。小さな丘の上には一人分にしては大きな家が建っていた。扉には見たこともない紋様が彫られ、家を飾る装飾はこの家の主が確実に一般的ではないことを物語っていた。


「…すごい家だね。なんていうか魔女のジビラが住んでそう。あっ良い魔女だよ?」


「ふふっ良い方ね。とにかく一度呼んでみましょうか」


二人がドア前の三段の階段を上っていくとそのたびに板の軋きしむ音がした。デイジーはその音を聞くたび緊張していった。


「ノック、するわね」


ゴンッゴンッ


ノックの音が何もいない草原に響いた。デイジーはヴァイオレットの後ろに隠れながら扉が開くのを待った。


・・・・・・


しかし、いくら待っても返事の一つすら聞こえなかった。


「…あれ?」


「困ったわね、外出中なのかしら?」


「そうですねー、今は山菜取りのシーズンなので‥‥」


「きゃああああああああ!」


突然後ろに現れた第三者に驚いたデイジーは腰を抜かしてしまった。


「あっごめんなさい!そんなに驚くとは思っていなくて」


「もしかしてあなたが“ネラ”さんでしょうか?」


「あっはい!私はネラと申しまぁす、どうぞよろしくー。私にご用ですか?」


「今日はその…相談に。ねぇデイジー?」  


「あ、うん?」


「それならぜひ中へ入ってください!」


ネラは山菜が山盛りになった籠を持ったままドアを開け、すんなりと二人を招き入れた。

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