11. 模索の道中
「まだ足りない」
ヴァイオレットは苦悩していた。
番狂せのためには帝国中、それ以上の情報を一つでも多く手に入れる必要があるが、彼女の手の届く領域は到底それに及ばない。情報屋と契約すれば格段に手に入るその量は増える。しかし平凡な民という不透明なマントを脱ぎ捨てて、信用の置けない裏社会の名簿に名前を刻むことはあまりにもリスクが大きすぎた。だから彼女は自分を裏切ることのない仲間をスカウトして手を広げていたのだが、転換の鍵となるような情報を掴みに動ける者がいなかった。
カランカラン——
「あっヴァイオレットさん今日はもう終わっちゃうの?」
出かける準備をしてドアの看板をひっくり返しているときに後ろから声をかけられた。
「あらデイジー、あなたこそ今日はお仕事ないの?」
「うん!今日はお休みだよ?でもやることがないからヴァイオレットさんのお店を手伝おうと思ってきたんだけど…それも無理みたいだね」
彼女は残念そうに言った。彼女の表情は相変わらず一言喋るごとに変わっていく。
「ふふっいつもながら可愛い人ね、デイジー、よかったら少し頼みたいことがあるんだけど、良いかしら?」
「もちろんだよ!ちょうど暇だったし!何すればいい?」
「そうね…あなた知り合いがたくさんいるでしょう?その中に秘密の仕事を頼める人っていないかしら?」
「うーんみんな普通のひとだしな…あっでもでもこの前来てくれたお客さんはそういうの行ける感じあったよ!たしか…お金とか物を貸したり売ったり人を派遣する,仕事だって言っていたかなあ」
「その人の名前や住んでる場所は分かる?」
「名前はネラさん!家はえっと、帰り際に一輪私に買ってにくれてね?これは自分の家の周りにもよくある花だって言っていたから、たぶん灯台のあたりに住んでいると思うんだけど…あそこに家なんてあったかなぁ?」
「そうね…もしかしたらそこじゃないのかも。他に何か言っていなかった?」
「うーん、別に何も言ってなかったよ?気になったといえば、小さなお花ばかり買ってらしたぐらいで…」
「‥‥そのお花ってどんなの?」
「んーリンドウとかコロンバインとかピレネーフロウとかかな」
「…それってみんな草原に咲く花じゃなかったかしら?」
「そうだよ?草原の花は小さいのが主流だからね」
それを聞いてヴァイオレットはデイジーの勘違いに気付いた。
「‥それじゃあ“ネラ”さんが言った『これは』っていうのはデイジーが貰った花ではなくて、彼女が買って帰った方だったんじゃないかしら。つまりその家はどこかの草原に」
「ああー!きっとそうだったんだよ!どうりで見つからないわけだ…」
デイジーはすっきりした様子だ。
「ふふっ、これで行き先が決まったわ」
「行き先?もしかしてネラさんのところに行くの?」
「ええそうよ、なんだったらあなたも一緒に来る?」
「いいの?やったー!でも、どこの草原に行くつもり?」
「まるで私がもう決めているような言い方ね?」
「だってどこへ行けばいいのかもう分ってるんでしょ!ヴァイオレットさんそんな顔してるもん!」
「そんなに分かりやすかったかしら?」
そう言ってヴァイオレットはとぼけた顔をして見せた。そしてデイジーに分かるように持っていた地図に示した。
「森のはずれ‥領地ギリギリの…ここよ。ピレネーフロウがよく咲いているのはここぐらいだからね」
「さすがヴァイオレットさん!物知りぃ。そこへの馬車ってどこから出るの?」
「ここに馬車は行かないわよ?…まあほとんどは歩きかしら」
「えええーーー!」
活気あふれる町の中にデイジーの驚きの声がこだました。
「ハアハアハアハア‥‥ヴァイオレットさん、まだ着かないの?」
「頑張って!もう少しだから」
馬車を降り、ひたすら徒歩で森の中を歩き続けている。着いていくのが精一杯というデイジーとは対照的に、ヴァイオレットは息一つ上がっていなかった。
「もう少しって、さっきからずっと——」
「あっ見えたわ!あれよデイジー」
木々の向こうに草原が見えてきた。小さな花がまばらに咲いている。小さな丘の上には一人分にしては大きな家が建っていた。扉には見たこともない紋様が彫られ、家を飾る装飾はこの家の主が確実に一般的ではないことを物語っていた。
「…すごい家だね。なんていうかおとぎ話の魔女が住んでそう。あっ良いほうの魔女だよ?」
「そうね、やっぱりここで合っていたみたい。とにかく呼んでみましょうか」
二人がドア前の三段の階段を上っていくとそのたびに板の軋きしむ音がした。デイジーはその音を聞くたび緊張していった。
「いくわよ」
「‥‥‥」
ゴンゴンッ
ノックの音が何もいない草原に響いた。デイジーはヴァイオレットの後ろに隠れながら扉が開くのを待った。
・・・・・・
しかし、いくら待っても返事の一つすら聞こえなかった。
「…あれ?」
「困ったわね、外出中なのかしら?」
「そうですねー、今は山菜取りのシーズンなので‥‥」
「きゃああああああああ!」
突然後ろに現れた第三者に驚いたデイジーは腰を抜かしてしまった。
「あっごめんなさい!そんなに驚くとは思っていなくて…」
「もしかしてあなたが“ネラ”さんですか?」
「あっはい!わたしはネラと申しまぁす、どうぞよろしくー」
「ちょっとまってヴァイオレットさん!何で平然と対応してるの!この人急に——」
「まあまあ良いじゃないデイジー。それに初対面でそんなこと言ったら失礼よ?驚きすぎなのは、ふふっ可愛かったけど…」
「えーと何かわたしに用があるみたいなんですけど…取り合えずうちに上がります?」
ネラは山菜が山盛りになった籠を持ったままドアを開け、すんなりと二人を招き入れた。
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