13. 猫と花のお茶会

「ちょっちょっと待って!一旦ストップ!」


デイジーがずっと空いたままだった口を速く動かした。二人が掛け合っている間固まってしまっていたために言葉が空回りそうになっていた。


「「なぁに?」」


ヴァイオレットとネラは揃って不思議な顔をした。


「なにじゃないよ!置いてかないで!わたし全然話についていけてないよ!ちょっとちゃんと説明して?」


「説明も何も、全部今あなたが見ていた通りでしょう?」


「いやいや、『普通でしょ?』って顔しないで!楽しいおしゃべりタイムって思ってたら急にヴァイオレットさんがネラさんを詰めだすし、ネラさんもいきなり性格変わるし意味わかんないことだらけだよ!」


「普通の大人の駆け引きでしょう?」


「なんですかそれ!」


「まあまあ落ち着いて。あなたもそのうち慣れてくるから」


「慣れるって…まあヴァイオレットさんがそう言うなら‥‥」


ヴァイオレットがなだめるとデイジーはすぐに大人しくなって席に座った。


「すごいわねっ」


ネラは目を見開いて感心した。今日一番の驚き顔だ。


「そんなことより、結局お金、貸してくれるんでしょうね?」


「ええもちろん。でも話し相手がいなくて寂しいって言ったのはホントなの。良ければもう少しここに居てくれない?」


「私は別にいいけど、あなたはどうする?」


困惑気味のデイジーは疑り深く答えた。


「…さっきみたいに“大人の駆け引き”をしないなら…」


「もうしないって!また彼女に負けるのも嫌だから!」


「本当ですか?」


デイジーの疑いは消えなかった。


「まあまあデイジー、ネラの話に付き合ってあげましょう。というか、こちらが話せることはもうないわよ?私達一応初対面だし」


「そうだよねー…そうだ!あなたたち占いって信じる?」


「できるの!?」


さっきまで一歩引いていたデイジーが身を乗り出し、目を輝かせた。


「えっええ…」


「ふふふっ」


あまりの勢いにネラは若干引いていたが、ヴァイオレットは面白いと小さく笑った。


「占いってどうするんですか?カードとか使うんですか?それとも水晶玉とか!もしかしてトカゲを使うとか?」


「ちょっと待って!いつもどんな本を読んでるのよ。何も使わないわよ」


「なんだあ…」


分かりやすくテンションの下がった彼女を見てヴァイオレットはまたくすくすと笑いだした。


「いい?ちょっとだけだけど私は人の過去が読めるの。だからあなたたちを見てあげるわ」


「え!そんなことができるんですか?もしかしてネラさんって魔女とか魔法使いの末裔とかだったりして!あっでも、ネラさんの能力って占いっていうよりどちらかというと——んっ」


ネラが彼女の口に大きめのクッキーを突っ込んだ。


「はいストップ!話終わるまで待ってたら夜になっちゃうわ。あなたも帰れなくなったら困るでしょう?」


彼女は笑顔で言っていたが、何か別の意味で話している気がした。


「時間がかかりそうだから、今日はヴァイオレットだけにするわね」


「んーんー…」


デイジーはクッキーでほっぺたが膨れたまま抗議した。その可愛さにヴァイオレットはまた笑ってしまった。


「ヴァイオレット、今度こそちゃんと私の目を見て」


ネラの目が黒く光った。何もかも見通すように十秒間ヴァイオレットの瞳を見つめ続けた。彼女の目に映るヴァイオレットもまたそれを飲み込むように見ていた。


「何か分かった?」


ヴァイオレットの眼差しは挑発的だ。


「ん``ぁあ!もう!また私の負け?」


ネラは髪をはらって背もたれに体を沈めた。


「残念。何も考えてない人の心が読めたらもっと感心したんだけど」


「でも!」


ネラはすっと起き上がり余裕のある笑みを浮かべた。


「さっきは考えてたでしょう?」


「さっき?」


「まず、‘ヴァイオレット’は本当の名じゃないわね?」


「…それだけ?」


ヴァイオレットは薄く笑顔を保っている。


「あと可愛いのがあるわ。あなたには想い人がいる。それもずっと前から。あなたって案外一途なのね?」


「余計なお世話よ。…のはあなたが突っかかってきた時ね?」


「突っかかった覚えはないけど、そうね多分そのときよ。でも、これだけしかないなんて。もしかしてあなたも能力ちからを持ってるの?」


「あなたが能力者だってギリギリで気付いたから、何も考えないようにしてただけ。私は何の能力も持っていないわ」


「へぇーそう?でもおかげで助かったわ。デイジーちゃんの心の声が凄くて頭痛がするかと思ったから。入った瞬間から『何これ!』って声が湧きたって、ねぇ?」


隣ではデイジーがまだクッキーを含んだままこちらを向いてむすっとしていた。


「ははっデイジーちゃんかわいいっ」


「ねぇところで、さっきから何も言わないけど、あなた私の名前が偽名だってこと知っていたの?」


デイジーは紅茶を一気に飲み干して勢いそのままに答えた。


「知らなかったよ!しゃべれなかっただけで隣ですーごく驚いてたし!」


「そうなの?気づかなかったわ」


「それにしては今はすごく落ち着いてるわね」


「しょうがないじゃないですか!最初に出会った時もそうだけど、ヴァイオレットさんって予想できないことをやっちゃうし、衝撃の事実とか前にもあったし、まあそれでちょっと慣れちゃったというか受け止められるようになったというか、とにかくそういうことですぅ!」


デイジーは今まで話せなかった分一気に言葉をはいた。


「一体何があったのよ…」


「あなたは知らなくていいの」


ヴァイオレットは涼しい顔で紅茶を啜った。


「でもさっきの話を聞いてて一つだけすごく気になることがあって…」


「なに?」


「ヴァイオレットさん!おっ想い人がいるって本当ですか?」


「おっそれ私も気になるー」


ヴァイオレットはさっきのように適当に流そうと思ったが、二人の眼差しがあまりにも期待にあふれていたので話さざるを得なくなった。


「別にどうってことない話よ」


「「いいから!」」


「わかったわ。少しだけよ?…その人とはある日突然出会ったの。詳しいことはまだ秘密だけど、狭い世界しか知らなかった私には衝撃の出会いだったわ…まあ色々あって、だんだん彼と一緒にいる時間が増えていったの。彼は時々スミレの花をプレゼントしてくれたりしてね、私の凍り付いた心を溶かしてくれたわ。残念ながら彼と一緒になることは叶わなかったけれど、私はまだ諦めきれないでいるの。だって彼がね、『約束』をしてくれたんだもの…」


手の中の紅茶を見つめながら話をするヴァイオレットは初々しい恋をする一人の少女のようだった。


「わあ、切ない話だね」


「色々見えちゃったから余計に切ないわー」


「えー!いいな!それわたしの頭の中にも送ったりできないんですか?ビビビッと」


「無茶言わないで?そんな便利な機能持ってないわよ」


「まったく、せっかく私が真剣に話したっていうのに。ブレないわね」


三人はそれぞれヴァイオレットの想い人のことを想像した。だが、二人とも実際の彼女の恋路には決して辿り付けないだろう。彼女の淡く輝く運命の恋には。


「あなたたちにはないの?恋の話」


「わたしはかっこいいと思う人はいるけど恋はしたことないかも。お店で忙しいっていうのもあるかな」


「でも十八歳ならそろそろ恋人ができるかもしれないわね」


「えっ!あなた成人してたの?」


「またそののりですか!してます!成人してますから!それよりネラさんはどうなんですか?恋人とかいないんですか?」


「わたしは…そうねー、片思いならしたことあるわよ?」


「えっ?あるんですか?」


「なによその意外な反応は。まっ、相手が貴族でしかも跡取りだったから諦めたってそれだけなんだけどね」


小さな窓からオレンジ色を帯びた光が差し込んできた。空が夕暮れまでのカウントダウンを始めた。


「そろそろね」


「またいつでも来てね?」


あっさりした挨拶を済ませヴァイオレットとデイジーは帰り支度をした。一応だとネラからランタンを一つ借り、二人の町を目指した。ヴァイオレットの鞄の中には捺印された書類がしっかりと入っている。

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