6. 海賊と浮気
「そろそろ出てきたらどう?ジェイド」
建物の陰からジェイドが出てきた。そして申し訳なさそうに言った。
「…気づかれていないと思ったんだが…」
「どうして私をつけていたのか、教えてくれる?」
「すまない、君が酒場から出てきたのが見えて、その…気になって…」
「まあ、別にいいわ。そうだ、私をつけていたということはあなた、暇なのよね?」
「暇って…」
「今から少し付き合ってくれる?」
「?この時間からまだどこかに行くのか?」
「ええ、港に野暮用があってね。時間がないからとりあえず行きましょ」
まだ何が何だか分からないというような表情をしているジェイドの手を引きながら、ヴァイオレットは再び目的地へ歩き始めた。
「着いたわ」
そこは港の端にそびえる高台の、崖下に空いた洞窟の入り口だった。
「…‥‥港に用があると聞いたんだが」
「そうよ?続きにあるんだからここだって港でしょう。そんなことよりしっかりついてきてよ」
洞窟内を見回しているジェイドを置いてヴァイオレットは速足で奥とへ進んでいく。中はさらに暗く、ランタンの明かりでは岩の凹凸が激しいの足元ぐらいしか照らせない。
「そろそろ聞いてもいいか?どうしてこんなところに来ているのか」
「あ、ええ。この辺りに出る海賊って知っているかしら」
「ああ、港の出身の部下に聞いたことがあるな。いつも揃いのマントを被り、貿易船は襲わず特に価値のない物ばかり盗んでいく、気味の悪い集団だと」
「そう、その人たちのことが少し気になるのよ。もしかしたら私の知人の件と関係があるのかもしれないし」
「知人の件か。だが何故ここなんだ?連中のアジトになりそうな場所なら他にも…」
「ここって‘未知の境界’と呼ばれていて、昔に多くの人がここで亡くなっているのが発見されたそうなのよ。そのおかげで誰もここへは近寄りたがらないというわけ。呪いだ!ってね?だから秘密基地を作るには最適だと——止まって」
ヴァイオレットは前方に微かな明かりがちらついているのに気付いた。二人は音を立てないよう慎重に前へ進むと、今までより開けた場所に差し掛かった。そしてその中央には簡易に作られた小屋があった。二人は人がいないのを確認し、剣や食料が適当に置かれている小屋の裏手に走って行った。中からはギシギシという不快な音とともに数人の男たちの声が聞こえた。
「——やはりこうも好きに動けないと、やる気も失せるってもんだよなぁ」
「あと五日の辛抱だ。我慢しろ」
「しかしこんなに上手くいくなんて思わなかったぜ、伯爵も落ちたものだな!ハハハッ」
(伯爵?スターチス伯爵の事?やっぱりここに何かあるのね)
ヴァイオレットは扉の取手にかかった鎖に手をかけた。
「元々素質がなかったという事だろう?それに、伯爵家の情報はあの女のおかげで全て筒抜けなんだ、当然の結果だろ」
「ああ、マルベリーお嬢様だったか?あれも結構いい女だよなぁ?」
(マルベリー…?)
「まさかスターチス夫人が奴らに協力しているのか?」
「どうかしら、私も初耳だから」
「…君の知人の件は簡単に片付きそうにないな」
「本当、厄介なことになったわ。でも上手く処理できればとんでもない報酬が手に入りそうだから、悪くはないわね」
「報酬とは何だ?」
「うーん…新しくお友達が増えるってことよ」
「全くわからないが、悪寒が走ったと言うことはその先は聞かない方が良いんだろうな」
「あら私のこと分かってきたんじゃない?」
「そうだと良いんだが」
外へ繋がる通路の奥に橙色の光が写った。灯りは乱暴な足跡とともに急速に近づいてくる。
足音の主は息を切らして小屋の扉を叩いた。
「おい!そろそろだ」
薄い壁の板越しにバタバタと急ぐ足音が聞こえた。ヴァイオレットは外套のフードを深く被って言う。
「あなたがついて来てくれて良かったわ」
その時、立て付けの悪い扉が一気に開いた。
バタンッ
そして二人は荷物を取りに来た彼らと顔を合わせてしまった。
「ヴァイオレット、後ろへ」
「ええ」
ジェイドは焦りもせず、雑に放置されていた剣を手に取り前に出た。
「何だ!まさか伯爵の差し金か?」
「何でもいい邪魔だ、さっさと殺すぞ」
四人の男たちは一斉に走りだした。そしてジェイドたった一人に、微かな光源が滑る鋭い剣を振りかざす。
キーン
しかし、その攻撃はジェイドには全く通用しなかった。それどころか、刃こぼれした鈍い剣で瞬く間に返り討ちにされてしまった。
「さすが副団長、一瞬ね」
「こういう奴らの相手は散々してきたからな。それよりこいつらはどうする。気絶させただけだが」
「もちろん、色々と聞かせてもらうわよ。また、お願いね?」
ジェイドの少々手荒な追求のおかげで、海賊の目的が判明した。それはスターチス伯爵からこの領地を奪うことだった。それはつまり、伯爵をもしくは伯爵家の者全員を殺してでも領地を獲得しようということなのだろう。しかし結局誰が首謀者であるのかは吐かせることができなかった。
「北の森に行けば本部があると奴らは言っているが、行くのか?」
ジェイドは錆びた剣を腰に巻き付けている。
「ええ、今のところ肝心な情報は何も得られていないしね」
「君がそう言うなら」
彼は転がったランタンを出口へ掲げた。
「あっ少し待って」
ヴァイオレットは何かを思い立ったように小屋の裏に戻ると、無造作に置かれていた袋の中を調べた。
(やっぱり…)
調べ終わると、彼女は何でもなかったように不思議そうなジェイドの隣に戻った。
「検務署に行けば馬が借りられる。すまないが少し待っていてくれ」
「それって職権濫用。しかも副団長様が?」
ジェイドには顔はよく見えないが、その声からヴァイオレットは笑っているようだと感じた。
「それは分かっているが…馬でないと間に合わないだろう」
「その通りよ、でも大丈夫。この近くに馬車を出している知り合いがいるの。その人に頼めばきっと貸してくれるから」
ジェイドはランタンを足元に向けて言った。
「それを最初に言ってくれ」
崖下に出ると波飛沫の混ざった冷たい風が外套を翻し、途端にランタンの火は消えた。
ヴァイオレットは星が映る情緒的な海に注目すらせず急いだ。ジェイドは小走りで彼女に追いつき、すぐに先を歩き始めた。彼の影を歩くヴァイオレットには、その銀髪が月明かりに反射して波のように輝いて見えた。
灯りの付く厩舎の前に若い女が座っている。短いうねった髪が紅く照らされている。
「久しぶりね、ガーネット」
彼女は突然話しかけてきた女をじっと見つめた。そして女がフードを取るとハッとして言った。
「…なんだヴァイオレットじゃないか!久しぶりだねえ!てっきりもう来ないのかと思ったよ!」
「約束を忘れるわけないでしょう、でも残念だけど今日は再会を喜んでいる暇はないの」
「急ぎかい?」
「ええ本当に悪いんだけど、今から馬を二頭貸してもらえない?」
「二頭?」
ガーネットはようやくヴァイオレットの後ろに置いてけぼりのジェイドの存在に気付いた。
「なんだ彼氏かい?」
「ふふっ違うわよ、古い友人なの」
「残念だ、あんたの男ならからかいようがあったのにー。おっ悪い急ぎだったね、ちょっと待ってな」
彼女はそう言って厩舎に入ると、三十秒も経たないうちに馬を連れて戻ってきた。
「この子らでいいかい?一番速いよ」
茶色の馬と黒い馬の二匹の馬は息を揃えて立ち止まった。
「ええ良い馬ね、ありがとう」
頭を下げた黒い馬をヴァイオレットは心を通わすよう優しく撫でる。
「良いんだよ、私も約束を守ってるだけさ。ま、こんなんじゃ恩を返したとは思ってないけどね」
「恩?それは一体…」
「おっ気になるかい?」
ガーネットはそう聞かれるのを待っていたかのように笑った。
「あ、いや」
すぐにジェイドは目を逸らすも、ガーネットは張り切って話し始める。
「私がここを継ぐ前の話なんだけどね、ヘリオトロープであの子が——」
「そこまで。怒るわよ?ガーネット」
「悪い悪い!つい驚かせたくなっちまって」
「言ってどうなっても知らないからね」
「ああ分かってるよっ!」
ガーネットは表情が大きく動かして嬉しそうに笑った。
二人は手際よく乗って、勢いよく馬を走らせる。ヴァイオレットは後方に向かって大きく右手を挙げた。
「気い付けてねぇ!!」
微かにガーネットのはっきりした声が響いた。
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