鍛え直し

 オウガストくんと命のやり取りをした後。


「鍛え直しだぁぁぁぁぁぁあああああああああああ」


 スラムの家へと帰ってきた僕は自分の弱さに悶えながら大きな声を上げていた。

 鍛え直し。まさしく鍛え直しです……戦闘を端から見れば、終始僕の優勢で進んでいたように見えるかもしれないが、実態は全くの別。

 何処かでボタンを掛け違えていれば、僕が負け得る可能性もあった。

 世界を裏から牛耳る支配者が誰かに負けちゃうなんてありえない……僕は基本的に馬鹿なので目指すべきは多分、実力とカリスマで他を支配するタイプだと思うんだ。

 そのタイプでの敗北は絶対に許されないと思う。


「ねぇ、このピアノ何?」


 そんな風に頭を抱えている僕に対して、同じ家にいるレーヌが呆れた声をあげる。

 王城からパクってきたグランドピアノもスラムの家の方に持って帰ってきた。

 本当は王都の近くの森に作ったばかりの自分の隠し家においておくつもりだったのだが、その隠し家は戦闘の余波で消し飛んじゃったのでどうしようもなかったのだ。


「貰って来た」


「……なんで?」


「僕が引けるから」


「やめて、近所迷惑だから」


 僕の言葉をレーヌは本当に迷惑そうにしながら断ると共に、こちらの方に近づいてくる。


「っとと」


 そして、そのまま何の躊躇もなく僕が座っていた椅子へと乗っかってくる。

 顔を合わせ、僕の肩の上に自分の手を回し、足で僕の腰も掴むレーヌが落ちないように、僕も僕で彼女を抱き寄せる形で自分の腕を彼女の腰に回す。


「ねぇ、ノーラ」


 ギシギシと椅子があまりたてて欲しくない音を上げている中、彼女はすぐ僕の前で口を開く。


「ん?」


「おかえりなさい」


「ん?あぁ、うん。ただいま」


「今日の夜ご飯は冷めちゃったけど、許してあげる」


「あぁ、外で食べてきちゃってごめんね?」


「別に良いわ。私が一人で貴方の分も食べたから」


「ありがとう」


「それと、女の匂いがする。いつもは微かにしかしないのに。今日は随分とべったりくっついたみたいだね?」


「あぁ……うん。確かにそうかも」


「そう」


 僕の上に座っているレーヌは僕の方へと体重をかけながら、その両手を僕の肩から首の方に持ってきて静かに締め始める。

 彼女の行いに殺意がないことを分かっている僕は特に抵抗することもなくそのままにされ続ける。


「私は貴方のもので、貴方は私のもの。どれだけ他で多くの関係を持とうとも、必ず私のところに帰ってきてね?家族なのだから」


「……かふっ」


 首を絞められ、うまく喋れない僕はレーヌの言葉に対して変な息だけを返すのだった。

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