昇天

「存外しぶといっ!」


 暖簾男Ⅱことオウガストくんの手に握られている黒くて装飾のカッコいい剣。

 彼が繰り出すその剣によって振るわれる剣戟の全てを紙一重で交わしていく僕に対して、オウガストは忌々しそうに言葉を吐き捨てる。


「……さて、とっ!」


 防戦一方。

 ただ素手でオウガストくんの攻撃を捌き、躱し続ける僕は何とか距離を取れないか試行錯誤しながら月光を放ち続ける。


「……火力が足らん」


 さっきは魔力で月光を防ぐなど不可能!などとドヤ顔で告げたが、鍛えあげられた筋肉に魔力を流されたら別。

 魔力によるバックアップを受ける強靭な筋肉に月光が弾かれてしまっていた。

 普通に僕の月光は魔力と筋肉のコンビによって呆気なく敗北している。


「……黒装束の中にこれほどまでの筋肉を仕込んでいるとは」


「えぇい!お主!実はあまり真面目に戦っていないであろうっ!?」


「失礼な!もちろん真面目だとも!」


 僕はオウガストくんから告げられる言葉に反発しながら激しい戦闘を続ける。

 幾重もの月光が輝き、人知を超えた速度でもって幾重もの剣劇が放たれる。

 その戦いの余波によって自分たちの真下に広がっている大きな森林はどんどんとその姿を悲惨なものに変えてしまっている。


「ちぃ……っ!」


「遅い!遅い!おそぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおいっ!」


 僕がオウガストくんに苦戦している理由。

 その一番大きな理由が単純に彼の圧倒的な身体能力で負けているということだろう。魔力によって強化している身体能力の値が僕よりも相手の方が多い。


「三下っぽいセリフを吐いているくせにっ!」


「どういう意味だゴラァっ!?」


 僕は言葉を吐き捨てながら強引にオウガストから距離を取る。

 その過程において、体が斬られてしまったことには我慢するしかないだろう。致命傷でもないし。


「ふぅー」


 この世界には技がない。

 それがこの世界の中で最もつまらぬ部分であると共に、僕も未だそちらのつまらない側の人間だ。

 前世で培ってきた技術とこの世界の魔力。

 未だに僕はそれらを複合的に、効率よく合わせて振るうだけの技量を持てていなかった。


「逃がさんっ!」


 ゆえに、この場において正義なのはどちらがより多くの魔力を持ち、どれだけの火力を出せるかという一点に尽きる。


「「……ッ」」」

 

 自分の元へとオウガストくんが高速に迫りくる中で、僕は己の背に何故か生えている黒き翼を広げ、辺りに黒き羽をばら撒き始める。

 そして、黒き羽は真っ白に染まり始める。


「陽炎」


 白き翼へと変わると共に、夜を吹き飛ばすほどの白い炎が僕の身体から溢れ出していく。

 夜空に輝いていた月は雲によって隠された。

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