温かさ

「86398、86397、86396、86395、86394、86393、86392……」


 ……

 

 …………

 

 ………………


「34785、34784、34783、34782、34781、34780、34779……」


 ……

 

 …………

 

 …………………


「352、351、350、349……」


 僕がサクッと王城に忍び込んでそのまま地下牢へと通じる階段を歩いていた最中。

 魔力によって強化された僕の耳が階段の先にある牢屋の中にいるであろうリーナの声を捉えていた。

 何の数字だろう?


「332、331、330、32……ッ!?」


「やぁ」


 そんなことを考えながら階段を最後まで降り切り、彼女の隣へと腰掛けた僕はそのままリーナへと話しかける。


「……来て、くれたんだ」


「もちろん。僕は約束を守る男の子だからね」


 僕はリーナの言葉に頷きながら彼女の手の平を握る。


「……ッ、な、何かしら?」


「別に手の平を握るくらいいいでしょ?」


「い、いい……けど」


「ありがとう」


 許可をくれたリーナに僕はお礼を言いながら、彼女の手をにぎにぎする。


「……ど、どういたしまして」


 こうして、リーナに触れていればわかる。


「……暖か、い。これが人のぬくもり」


 彼女の呪いがどれだけ面白いものなのか。

 リーナの中に渦巻いている呪いが如何に複雑で、強固な魔力の流れで出来ているかを。実に、弄り甲斐がある。

 僕はリーナにバレないようにしながら彼女の呪いについて調べていく。


「……なんで、呪いに憑かれた私に、ノーラはここまでよくしてくれるの?」


 呪いについて調べていた僕に対して、リーナはこちらを見ながら疑問の声を上げる。


「それは君が特別だからさ」


 そんなの理由は一つに決まっている。

 彼女の特異性、まさにこの世界のイベントの本筋に関わっていそうだからだ。

 世界中の厄ネタを集める面白い呪いにかかった王城の地下に囚われの少女。まさしくこの子はネームド、主人公やヒロイン格の子だろう。


「私が、特別」


「うん、そうだね」


「……それは、何で?」


「今、君が知ることじゃないよ」


 リーナが特別であることは僕が教えなくとも、今後の展開でわかるだろう。

 こんな序盤で僕がサラッと教えることでもない。


「……そう、じゃあ、いつかを楽しみに待っているわ」


「うん、待っててよ」


 ジャラジャラ。

 リーナが動くたびに彼女に繋がれた鎖が音を立てていく。


「嫌ね、この鎖。貴方との時間に、余計な音が入ってしまう」


「この程度の音にかき消されるほど君は薄い子じゃないよ」


「……そう」


 リーナは鎖の音を鳴らしながら僕の方に視線を向けてくる。


「貴方も、この程度の音にかき消されるような男じゃないわ」


「当然。僕だからね」


 鎖くらいにインパクトが負けるようでは世界を裏から牛耳る支配者にはなれない。


「カッコいいでしょ?僕」


 僕はリーナの前で軽くポーズを取りながら彼女に告げる。

 水たまりに映った自分を見る感じ、結構今世の僕はイケメンだと思う。前世でも街を歩けばスカウトに当たるくらい顔が良かったけど、今世はそれ以上だと思う。


「えぇ、見たことないくらいに」


 リーナは僕の言葉に頷きながらそっと僕に握られていない手を伸ばして僕の顔へと触れる。


「私と貴方はこんなにも近いのに、こんなにも遠い」


 ……何を言っているんだろうか、この娘は。

 どう考えても近いと思うのだが。ほぼゼロ距離だよ?


「よっと」


 とりあえず、リーナの呪いについての概略を知れた僕は彼女の手を離す。


「……あっ」

 

「それじゃあ、もう今日は帰るね」


「……もう、言っちゃうの?」


「うん」

 

 僕はリーナの言葉に頷きながら立ち上がる。

 あまり長居するわけにもいかない。僕の帰りが遅くなるとレーヌが怖いのだ。昨日は何故かずっと僕の体にへばりついて寝るときも一緒だった。


「それじゃあ、また明日も来るね」


「……うん、待っている」


 僕の言葉に対して、リーナはしっかりと目を合わせながら笑みを浮かべながら頷く。


「またね。また明日」


「えぇ……また明日」


 リーナと別れの言葉を済ませた僕は鉄格子から脱出して、そのまま地上に向かって階段を登っていくのだった。



 ……

 

 …………


 ………………



「……寒い。早く、ノーラに会いたいよ」


 一人、残されたリーナは飢えたる声を漏らしながら自分の両手を掲げて自分の鼻に持ってくる。


「あぁ……ノーラの匂い」


 汚らわしく、忌々しい自分の手の平の匂い。

 その奥にいる、確かなノーラの匂いを感じ取ったリーナは頬を紅潮させながら体を震わせる。


「ノーラぁ」


 誰もいない遥か地下。

 そこで孤独な少女の前に現れた一つの光を呼ぶ声が響く。


「ノーラ、ノーラ、ノーラ、ノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラノーラ」


 どこまでも、ずっと。

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