エステリーナ

 エステリーナ。

 名前を尋ねた僕に対して、少女が答えたのがその名である。


「それでリーナ。君はこんなところで何をしているの?」

 

 リーナの隣へと腰掛けた僕は彼女に対して疑問の声を上げる。


「囚われているのよ。私を見て、わかるでしょう?」


「いや、自分探しでもしているのかと思って」


「そんなわけないでしょう?」


「そう?」


「えぇ、そうよ」

 

 前世で僕はあえて自分の体を縛れば何かわかるかもしれないと思って丸一日目隠しに猿轡をつけ、体すらもグルグル巻きにした状態で転がっていたこともある。

 結果的に僕は何も見つけられずに幼馴染の手によって強制的に開放させられた。


「それで?どれくらいここにいるの?」


「……二年くらい、かな。それからずーっと、一人なの」


 僕の疑問に対してリーナは寂しそうに笑いながら答える。


「おぉー、二年間ってすっごく長いね。なんで、そんな長い時間捕まっているの?何かとんでもない犯罪でも犯した?」


 多分、殺人犯で捕まってもここまげ厳重に拘束されたりはしないだろう。それに、ずっと一人にして隔離すると言うのも。

 というか、この子ってば食事はどうするんだろう?


「別に、私は悪いことしてないわ」


「そうなの?」


「えぇ、そうなの」


「じゃあ、どうして?」


「……呪われたの。私は」


「呪われた?」


「えぇ、そうよ……この黒い痣が、そう」


 リーナはどこまでも悲しそうに言葉を続ける。


「この痣が、呪われた証。この痣を得てからの私の生活は、変わっちゃたわ」


「ふむふむ」


「私は、これでもずっと可愛いって言われ続けてたの。でも、この痣が出来てからは私のことをみんなが醜いと蔑むようになった」


 悲し気に自嘲するリーナ。


「そう?僕は今の君も可愛いと思うけど」


 そんな彼女の頬へと手を触れ、そのままゆっくりと撫でながら僕は率直な感想を告げる。 

 彼女の肌は汚れながらもすべすべで綺麗だし、今。

 僕とあっている瞳も実に綺麗だ。


「……ッ、か、揶揄うのはやめて、ちょうだい」


「揶揄ってなんてないよ?僕は本当に可愛いと思う」


 自分から目を逸らそうとするリーナの顔を捕まえ、逃げられないようにしたまま僕は言葉を続ける。


「本当に、辞めて……頂戴。呪いは、ダメなのよ」


「何が?」


「これは世界から呪われた証。世界の不幸が私に集まり、花開く。私がいるだけで周りに大きな被害を与えるの」


「別に僕は気にしないよ?」


 むしろ、嬉しい限りだ。

 この子といれば強制的に心躍るイベントと出会えるということだろう?最高じゃないか。嫌がる理由がまるでない。


「そ、それだけじゃないわ。私の痣のことはまだわかっていないことが多いの。この先で何があるかはわからない。もっと、多くのことが起きるかもしれないわ」


「それもあまり関係なくない?だって、まだわかっていないんでしょう?」


「……ッ」


「大したものじゃないだね。呪いって」


 聞いている感じ、あまり大事にはならなそうだ。

 イベントが向こうの方から来て、カッコいい痣が出来るだけ。そこまで問題はなさそう。


「わかって、いるの?私は……呪われた、子なんだよ?」


「僕には君が可愛い一人の女の子にしか見えないよ?」


「……そう、ありがとう」


「どういたしまして」


 僕はリーナが急に告げたお礼の言葉に対して、とりあえずは定型文を返す。


「それじゃあ、今日はもう帰ろうかな」


 自分が結局、どこにいるかはあまりよくわかっていない。

 一応、地上に行けると思われる階段はこの牢屋の近くにあったが、それでもどこまで続いているかはわからない。出来るだけ早くここを後にした方が良いだろう。

 あまり遅いとレーヌに心配をかけてしまう。


「ま、待ってっ!?」


 立ち上がろうとした僕をリーナは呼び止める。


「お願い……置いて、いかないで。また……私を、一人に」


「そ、そういうわけにはちょっと。僕もずっとここにいるわけにはいかないし」


 泣きながら止められても、僕もずっとここにいるわけにはいかない。

 僕には世界を裏から牛耳る支配者になるという壮大な夢があるのだ。


「また、来るから。そこで良い?」


「……嘘、じゃない?」


「嘘つかないよ。また来るから」


「……そう」

 

 僕の言葉にリーナ項垂れながら答える。


「……それじゃあ、待っているから」


「うん、待ってて。僕は約束を守らないことには定評があるんだ」


 リーナの言葉に僕は頷きながら立ち上がる。


「それじゃあ、またね」


「……うん、またね」


 僕はリーナと別れの言葉を告げてから鉄格子を通り抜ける。

 そして、そのままこの部屋の中にある階段の方を登っていく。

 その際にしっかりと音を立てていくことも忘れない。


「……それにしても呪い、かぁ」


 僕は帰る道すがら、彼女の相貌に刻まれていた黒い痣のことを思い出しながら独り言を漏らすのだった。

 ちなみに地下牢の階段は最終的に王城の中へと続けていた。

 今度は王城の方から地下牢に行くとしよう。地下水道は迷子になっちゃうからね。王城ならデカいし、迷子になることはないと思う。

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