転生

 僕が魔力を追い求めて激しい訓練を行っていたある日、急に何かが切れる音が聞こえてくると共に自分の身体が倒れて、そのまま気絶してしまった。

 恐らくはそれが魔力へと通じる道を開くことが出来た合図だったのだろう。

 僕はその日を契機に、長らく追い求めていた魔力を手に入れることが出来たのだ。

 その際に自分の身体が赤ん坊となり、自分の生きる世界が地球ではなく別の異世界になったりしたが、それは誤差。

 魔力に比べたら実に些細なことだろう。


「んーっ」


 そして、空では三つの太陽と二つの月が輝き、地上では前世で見ることのなかった頭から動物の耳が生えている存在もいるような世界の中で赤ん坊として目覚めてから、多分五年くらいは経ったと思う。

 

「魔力の扱いも慣れてきた」

 

 華やかな街から少し外れて寂れた地。

 道には粗悪な建物が並び立つと共に地面には多くのゴミや死体が転がっているような不衛生極まりない、所謂スラムと呼ばれる場所にいる僕は自分の内部にある魔力を扱いながら独り言を漏らす。

 

 魔力は実に凄い。アニメに出てきていた炎を出したりなどの魔法は使えないが、その代わりに人間の限界を遥かに超えた動きが出来るようになるのだ。

 拳一つで地震を引き起こし、走れば新幹線を超える速度も出せちゃうかもしれないのだ。

 身体を強化する以外にも多くの物が使えるようになるだろう。


「ノーラぁ?」


 自分の中の魔力を操作していたところ、自分の元に一つの声が聞こえてくる。


「ん?」


 声がした方に視線を向ければ、そこに立っているのは一人の少女である。

 彼女はここ、同じスラムで共に生きていた少女だ。

 僕も彼女も親の顔などは見たことがない。僕は自分が初めて目を覚ました頃には一人だったし、彼女もたった一人で置き去りにされて泣いていた。

 彼女とは零歳の赤ん坊からの付き合いである。


「どうしたんだい?レーヌ」


 彼女、レーヌを育てるのは大変だった。

 母親の乳もミルクもないような中で、僕は自分の血の中に魔力で作り出した栄養素を混ぜ込み、

 だが、そんな彼女も今では立派な五歳児。

 褐色肌に覆われるレーヌの身体はしっかりと栄養を蓄え、白い髪も清潔でサラサラ。赤い瞳も強い意思を携えて爛々と輝いている。


 彼女は実に良く成長してくれた。

 成長しすぎて、五歳にも関わらずスラムにいる一般的な成人男性よりも強い。

 ちなみにその理由は僕と共に魔力を学んでいるせいだ。

 この世界の人間ってば魔力なんていう素晴らしいものがあるのに、全然研究もせずに放置。市井には大して魔力も使えないような連中が転がっているのだ。

 魔力を使える五歳児と魔力を使えない成人男性を比べれば五歳児が勝つ。 

 当然の摂理に従って、レーヌはスラムで僕の次に最強なのだ。


「今日は一緒にご飯を食べる約束でしょ?」


 そんな彼女は二つのパンを掲げながら僕に言葉を告げる。


「あぁ、そうだったね」


 その言葉を受け、特に意味もなく勝手に誰も使っていない廃墟の屋根に腰掛けていた僕は地面へと降りてくる。


「そんな立派なパンを二つも、どこから仕入れてきたの?」


「ゴミ箱を漁ったらたまたまうまく行ってね!ふふっ、良いでしょぉ?」


 ちなみに栄養素は魔力で僕もレーヌも出来るのだが、それでも食物は食べないといけない。

 人間のあるべき形として定められているのか、何かを食べて胃の中に納めていないとしっかり体に栄養は蓄えているのに栄養失調で死ぬことになる。


「そうだね」


 まだ、世界を裏から牛耳る支配者ムーブをするような頃合いではない。

 するにしても僕の見た目があまりにも幼すぎるし、未だなお僕の強さはアメリカ軍を蹴散らせるほどではない。

 まだ精進の時だろう。


「それじゃあ、帰ろうか。家に」


「うん!」


 異世界の文明の光は届かぬとも、世界に平等たる月光は届く。

 月光の下、僕はレーヌと共に二人で暮らしているスラム街の小さな家へと帰るのだった。

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