外部から先生を呼んでの講演
自分の通っていた専門学校では、一か月に一度くらいの間隔で学校の外から先生を呼んでありがたーい話を聞く、講演の時間というのが存在していました。
税理士の先生だったり、昔大手企業に勤めていた営業マンだったり、幅広い分野の肩がやってきて、仕事をする上で大変な事を話し、生徒の意識を高めることが、これら講演の目的だったのですが……。
ある講演が行われる日の朝。担任は朝礼の際に、こんな話をしてきました。
「今日は外部から先生を呼んだ講演が行われるが、話の最後に必ず、『何か質問はありませんか?』と聞かれる。だがこの時、だれも質問がないってなったら、それは失礼になる」
まあ確かに。
質問なんて無理にする必要はないですけど、それでも誰も手を上げなかったら、講演をしていた先生としては面白くないかもしれませんね。
そこで担任は続けて、こんな事を言ってきたのです。
「だからお前ら。質問がないかって聞かれたら全員、一人残らず手を上げろ!」
…………はい?
耳を疑いました。
全員? 全員手を上げるのですか?
確か講演を聞くのは自分のクラスのほかにもう一クラスあり、全部合わせると生徒は百人くらいいたと思うのですけど、それが全員ですか?
見れば周りの生徒たちもざわついていて、やがて一人が担任に質問しました。
「あの、先生。全員ですか?」
「そうだ、全員だ。だからみんな、何を質問するかちゃんと考えとけよ」
「もうすこし少なくしたほうがいいんじゃないですか?」
「いいや全員だ。お前たち絶対に上げろよ。あげなかった奴はちゃんと覚えておくからな!」
こうして朝礼は終了したわけですけど、担任が教室を出て行った途端、みんなは先ほどの手を上げる云々の話を始めました。
「全員手を上げるって、どう考えても不自然だろ」
「やらせにしたって、限度ってものがあるだろ」
「講演の先生も、絶対おかしいって思うよ」
皆この、全員手を上げるには納得がいっていない様子。
しかしどうやらこれはうちの担任が勝手に考えたわけではなかったようで。講演を聴くことになっていたもう一つのクラスでも、同じことを言われていたそうです。
「という事は、きっと職員会議で生徒全員に手を上げさせるって決まったんだろうなあ」
「どうしてその時点で誰も止めなかった⁉ うちの教員はバカしかいないのか⁉」
「もしかしたら、どうせ手上げない奴もいるだろうから、ちょっと強めに言っただけなんじゃないの? いくら何でもそこまでバカじゃないだろ」
「かもな。けどどうする? 上げなかった奴は覚えるって言ってたけど」
これにはみんな困りました。強めに言っただけで本気じゃなかった可能性もありますけど、もしも手を上げずに睨まれたらたまりませんもの。
そして考えた末、自分たちは結論を出しました。言われたとおり、全員でやってやろうじゃないかって。
こうしてその日の午後、講演の授業が始まりました。
このときどんな話をしていたか、もうさっぱり覚えていません。というか話を聞いている間中、最後に待ち構えているビッグイベントのことで頭がいっぱいでした。
そして一通り話が終わった後、講演の先生は言いました。
「ではみなさん、何か質問はありませんか?」
キタ————!
ついにこの時がやってきました。その瞬間、講演を聴いていた百人の生徒が、一斉に手を上げたのです!
そしてそれを見た講演の先生は、一瞬たじろぎました。
「え、ええと……ずいぶんたくさん上げてらっしゃいますね。これだけたくさん手を上げてくれたのなんて、初めてですよ」
まあ、そうでしょうね。
自分達も本当は、こんな事したくなかったですよ。だけどやれと言われた以上、やるしかなかったんです。
そして公演の先生は、手を上げた百人の中から誰を指名するか選びました。
「それじゃあ……そこの女子」
えーと、どこの女子ですか?
何せ全員が手を上げているのです。これがもともと学校にいる先生なら、生徒の名前もわかったでしょうけど、公演の先生は今日初めて学校を訪れたわけですから、名前なんてわかりません。
それからはもう、相手を指名するのが大変でした。
「窓側から5番目、後ろから3番目の、白い服の女子」
「真ん中にいる、黒い服の男子……ああ、君じゃなくてその後ろの子!」
こんな感じで、ある意味コントのようでした。
まあ、生徒はみんなこうなるって、予想ついていたのですけどね。
公演の先生は最後、こんなにたくさん手を上げてくれたのに全員の質問に答えられなくて申し訳ないと言いながら、疲れた様子で帰っていきました。
たぶんですけど、何かがおかしいって事に気づいていたと思います。
何はともあれ、その日の講演は終了。生徒は言いつけ通りちゃんと手を上げたのですから、怒られることなく終わったのですが……。
それから1か月後、担任が。
「今日は外部から先生を呼んだ講演が行われるが……この前のあれはやりすぎた。周りを見て、ほどほどに手を上げるように」
だから言っただろうがー!
生徒はみんな始める前から、やりすぎだって気づいてたわー!
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