メンタルを鍛える

 うちの専門学校では、先生たちが口癖のように言っていた言葉がいくつかあります。

 それは、


「お前達では社会では通用しない」


 です。


 うちの学校は勉強を教えると同時に、社会で通用する人材を育成することをモットーにしていました。

 ……なんて言ったら聞こえはいいのですけど。そのためにまずやった事は、生徒のメンタルを鍛える事でした。


 どういう事かと言うと、学校側曰く、お前達生徒はぬるま湯につかっていて、社会の厳しさを知らない。社会に出たら理不尽な怒りや悪意をぶつけられることなんてザラにあるから、それに耐えられるだけの打たれ強いメンタルを作らなければいけない。との事。


 だから例えば、問題を解いて間違えた生徒がいたら他のクラスメイトがいる中教室の前まで呼び出して、


「お前はこんな簡単なこともわからんのか!」


 と言って叱り、晒し物にしていました。

 こうすることで、将来苦しいことがあっても耐えられる精神力を身に付けられるのだとか。

 もっとも、鍛えられる前に心が折れた生徒もたくさんいましたけど。


 またある時は、これまた他のクラスメイトが大勢いる中で一人の生徒を呼び出し、こんな風なやり取りをしていました。


「〇〇、お前中学や高校で先生に怒られた事は何回ある?」

「怒られたことは、ほとんどありません」

「怒られたことがない? そんなんで社会に出てやっていけると思っているのか! もっとちゃんとしろ!」


 言ってることが無茶苦茶です。

 その子は真面目に生きいたから怒られなかっただけなのに、それを否定されるなんて理不尽すぎます。

 やり取りを聞かせれていたクラスの生徒たちも顔を見合わせながら、あの先生は何を言っているんだってヒソヒソ話していました。


 そしてこんな理不尽な𠮟り方をしていたのは、うちの担任だけではありません。学校の方針として、叱ってメンタルを鍛えるというのがあるのですから、どの教室でも頻繁に生徒を晒し物にするようにみんなの前で叱り、メンタルを追い込んでいったのです。


 ちなみにこの大勢の前で叱るという行為、今ではパワハラとされるケースが多い、やってはいけないとされている指導法です。

 しかし当時はパワハラなんて言葉がなかった時代。うちの学校は、率先してこれを取り入れていたのです。


 もちろん自分も何度か被害にあいました。

 そしてその中でも特に納得がいかなかったのが、同じクラスにいた双子の兄と比べられること。


「お前は兄貴よりダメだ」、「兄貴より劣っている」なんて言葉を、何度もぶつけられました。


 しかしその一方でその先生は


「兄弟だからと言って兄貴を意識するな」


 とも言っていたので、だったら事あるごとに比べるなと、怒りを覚えていました。

 そしてどうやらこれはほかの生徒の目から見てもおかしかったようで、休み時間になると、


「さっきのあれはない」

「兄弟だからって比べるなよ」

「言ってることに一貫性がない」


 と言ってくれましたね。

 このようにあまりに理不尽な叱り方が多かったので、不満をぶつける生徒もいました。

 しかしそんな時先生は、決まってこう言ったのです。


「社会に出たらもっと理不尽な事もある。これくらいで文句を言うな!」


 この言葉は担任の先生だけでなく、多くの先生が好んで使っていました。

 けどそれを言えば言うほど、先生と生徒の溝は深まる一方。

 そのため多くの生徒が、こんな事を言っていました。


「自分達は将来社会に出ても、ここの先生のような人間には絶対にならない」


 と。


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