第6話

 俺の目の前で、正樹が線路に飛び込んだ。


 駅の構内アナウンスが、俺と正樹が待っていた電車の到着を告げるなか、

「あれ?」

 正樹が間の抜けた声をあげた。

 スマホで馬券を買うチェックをしていた俺は顔を上げ、正樹の視線の先を追うと、俺たちの斜め前に並んでいた若い女が突然ふらつき、重力に引っ張られるように線路に落ちていくのが見えた。

「わあああああ」

 叫び声をあげることしか出来なかった俺とは反対に、正樹の行動は早かった。

「緊急停止ボタンを押してくれ! 早く!」

 そう叫びながら、迷いもせずに線路へ飛び降りた。

 ボタンを探してアホみたいにウロつく俺の背後から、

「押したぞ!」

 の、頼もしい誰かの声を聞いたのと同時に、俺は集まりだした野次馬をかき分け、正樹が飛び降りた場所へと走った。

「彼女を引き上げてくれ!」

 線路で女を抱えあげ声を張る正樹の姿は、アベンジャーズに即入隊させてやりたいぐらいに勇ましかったが、この緊急時にそんな事を考える俺のアホさを罵るかのように、近くの踏切から電車の到着を知らせる警告音が聞こえて鳴り響いた。それはまるでジョーズの到来を伝える、あの恐怖のメロディのように!

「間に合わねぇ!  どこかホームの下に潜り込めるところを探せ!」

「ないんだ!  だからまずこの人を!」

 そう、正樹はこういうヤツだった。

 出会った頃から感じていた。

 なんでこいつは、いつも自分より他人の事を思いやれるんだろう、と。

 駅で迷子の子どもの親探しを手伝って大切な試験に遅刻したり、バイトの穴埋めに駆り出されても断ることをせず目の下にクマを作りまくっていたり。

 そんなんばっかの正樹。

 それでも愚痴りもせず、ぶーたれもせず、自慢さえすることもない正樹。

 喰っているモンが違ったのか親の躾が良かったのか。

 俺とは正反対の、バカ正直でお人好しがすぎる男。

「ふざけんな!!」

 だからと言って、お前が名前もなんも知らない女の為に死んでいいワケがあるか。

「てめぇら! 見てねぇで手伝え!んなもん撮ってると叩き割っぞ!!」

 俺らの背後で、スクープカメラマン気取りにスマホを正樹に向けている奴らに怒鳴りつける。

 数人が弾かれたように動き出す。

 男も女も、若いのも歳食ったのもいる。

 近づいてくる黄色い鉄の塊。

 引き上げられた女は、ホームに横たえられた。

 ホームの縁に飛びつく正樹。

 迫りくる警笛。

 俺は、正樹のジーンズのベルトを引っつかむと渾身の力を込めて引きあげた。

「うぉぉおおおおおおお」

 まるで、緑の怪人・ハルクのように。

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