第4話
「おぉ、いいな。実にいい」
こたつは、六畳(この時点で俺の部屋より居心地最高)正樹の部屋の床を埋め尽くすように置かれ、堂々たる存在感を放っていた。
「支度するから、とりあえず温まっててよ」
と、こたつのスイッチを入れる正樹。
「お客さんだからね、仲良くしてね」
こたつ布団をぽんぽんと叩きながら正樹が語りかけているのは、例のばあちゃんの飼い猫へのつもりだろうか。
なるほど、さっきの話は俺を自宅に招きたくないからのでまかせではなく、本当の話だったんだなと安堵する。いやいや正樹はそんな嘘をつくタイプではないが。ついつい自分を基準に考えるとそうなるのだ。
「おじゃましまぁす」
じっとりと重い、年季の入ったこたつ布団をめくって足を入れる。まだ冷えた空気が満ちてはいるが、電熱器からじんわりと降ってくる温もりが嬉しい。
「これこれ。わかっているねぇ」
こたつの上に置かれた、カゴに入ったみかんに手を伸ばしたその時、
さわっ
右足に何かが触れた。
「おっ、来たな」
すかさず布団をめくって中を覗くが、そこには穴の空いた靴下を履いた、自分の足があるだけだった。
「早速おいでなすったぞぉ」
鍋の具材と酒が入ったスーパーの袋を掲げて、台所へと消えた正樹に声を掛けるが返事はない。
気を取り直してみかんを剥きだすと、再び
さわっ
と、今度は左足を撫でられた。
この時点で、俺は若干の違和感を覚え始めていた。この感覚は猫ではない。でもよく知っている感覚ではある。
なんだっけなあ、とあれこれ記憶を辿っていると、またしても
さわわっ
”それ”が脚を撫でてきた。
逃がすものかと、光の速さで布団の中に顔を突っ込むと、思った通りの”それ”が視界に飛び込んできて、ふっと消滅した。
白い女の手。
そうだ。脚に触れてきたあの感覚は”猫”ではなく、キャバクラでギャルたちが高い酒をねだって擦り寄って足を撫でてくる感触にそっくりだったのだ。
一瞬で消えてしまった手を思い出す。白魚と例えたくなるほどに指は細く美しく、爪先は真っ赤なマニキュアで彩られていた色白の手を。
(随分と色っぽいモンが棲みついてんな)
猫だと思い込んでいる正樹に、さて何と言って説明しようかと考えていると、
「痛てぇっ」
こたつの中の手が、俺の足を思いっきりつねってきやがった。
「なにすんだ、こんにゃろ」
布団をひっペ返し中を覗くと──、
女がいた。
こたつの中に女がいた。
窮屈そうに身を丸め、四つん這いの女がこちらを睨みつけていた。波打つロングの派手な茶髪、濃いめの化粧、やけに体に張り付いている真っ赤なワンピースと同様に、こたつの敷布団に立てられた爪には洋服と同じく深紅のマニキュアが施されている。さっきの手の持ち主は、この女か。
「どうかした?」
菜箸を片手に、正樹もこたつを覗き込んできた。
「『たま』が出た?」
猫=たまというあまりにもベタな名前に苦笑するが、どうやらこいつには、目の前の”こたつ女”の姿が見えていないようである。
女は俺と視線を合わせたまま、ゆっくりと首を振った。なるほど、奴には教えるなという事か。
「いや、問題ない問題ない」
「そう? なら良かった」
すっとぼける俺を信じて、正樹は台所へと戻った。
こたつ女は相変わらず俺を睨み続けている。
過去正樹の周りに、こんな派手な身なりの女はいなかったはずだ。一体何の目的があってここにいるんだ?
「……アンタ」
掠れた声で女が口を開いた。
「……正樹に悪さ、するんじゃないよ」
低くドスの効いた声だが、しゃがれ具合が なかなかに色っぽい。
だが聞き捨てならねぇ。確かに俺は時たま「悪さ」をする。喧嘩にギャンブル、酒に煙草、ちょっといけない嗜好品なんかにも手を出したりした経験もある。でも、他の誰かをまきこんだりなんていうカッコ悪い事はしない。そこんとこの線引きはしっかりとしているつもりだ。どこの誰だか知らないが、見くびんじゃねぇ。
「あんたこそ」
負けじと俺もドスを効かせる。
「俺のダチに取り憑いて、変なマネしやがったらただじゃおかねぇからな」
こちとらもっと恐ろしい生身の女とも付き合ってきてんだ。幽霊だろうが何だろうが、ビビるタマじゃねぇんだよ。
中坊のタイマン勝負かよ、と睨み合うこと数十秒。
「できたよー、ちゃんこー」
呑気な正樹の声で、女は霧のようにすうっと姿を消した。
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