治療魔法

 結局、ペークシスは僕のことを信じるという選択を取った。

 既に教会は信じず、ただ少しでも長く妹と触れあっていたいだけであった彼女は何処かで救いを求めていたのだ。

 

 常に苦しみ続けている自分の妹を、日に日に弱っていく自分の妹を、救ってくれるものが現れることを常に神へと祈った。

 されど神を信じず、現実から逃げるように生きていたペークシスはいきなり自分の前に降りてきた救いの手を───たとえ、それがどれだけ怪しいものであったとしても、それを跳ねのけられるほど彼女は精神的に強くはなかった。

 強気な態度は不安と恐怖の裏返しなのだ。


「……レイシア。これから、君の治療を行ってもらう。もう、痛いのから解放されるんだ」

 

 そんな形で僕の意見を飲むことになったペークシスは今、自分の前にいる一人の少女へと泣きそうな表情で話しかけていた。


「……お姉ちゃん?」


 ペークシスの妹、レイシアは姉について行く形で王都にまでやってきている。

 今、ペークシスは自分に付いてきて我が国の王都にまでやってきた己の最愛の妹であるレイシアへと声をかけているのだ。


「……」


 僕はペークシスとレイシアが会話している様子をしばらくの間、ずっと眺めている。この間の僕は虚無である。

 ちなみに、厳重警備の中で軟禁されているレイシアがいる部屋に僕がいるのは密かにペークシスの面会について行く形ついてきたからである。


「……それじゃあ、お願いするわ」


 そして、しばらく待った後にようやくペークシスがレイシアから離れて僕の番がやってくる。


「はいはーい」


 ペークシスの言葉に頷いた僕は動き始める。


「……っ」 

 

 僕はベッドで寝かされているレイシアの上に跨る形で彼女の首に触れて、彼女の様子について調べていく。


「……っ!?」


 うーん。教会の治癒魔法も凄いな。凶暴化も、水への恐怖も、完全に押さえつけている。

 これはかなり良い状態だ。

 狂犬病に罹っていたとは思えない綺麗な状態だ。


「じゃあ、お兄ちゃんが……お兄ちゃんでもないな」


 ペークシスの妹であるレイシアの年齢は十二歳。

 僕よりも四歳ほど上である。


「弟くんが治していくよ」


「そ、その態勢でやるのか?」


 上に跨って首に手をかける。

 今にも人を殺しそうな僕の態勢に、ペークシスは思わずと言った形で口を開く。

 自分の下にいるレイシアの表情は頬を赤らめながら引き攣らせている。


「これでなきゃできないの」

 

 僕はペークシスの言葉を一蹴した後、治療行為に当たっていく。

 発症すれば致死率100%狂犬病を致死率99.99%以上にした現代の優れたる医療技術が作りだした治療法。

 その治療法こそがミルウォーキー・プロトコルというものである。

 

「お、お願いします……」


 この治療法を簡単に言うと、対象を昏睡状態にして彼女の身体と脳をウイルスから守っている間に本人の免疫系が抗体を分泌してウイルスを撃退するのに懸けるというものだ。

 

「……ふぅー」


 これを僕は異世界だからこそある魔法でもって強引に再現していく。

 常時彼女の体に治療魔法をかけながら、彼女の免疫系へと干渉。

 抗ウイルス薬も使わず、強引に彼女の身体の中に抗体を分泌させ、彼女の免疫系がウイルスを攻撃させていく。

 

「んっ……」


 地球であれば成功率は一割ほどでなおかつ、重い後遺症も残るような治療法。

 それを魔法によるごり押しで後遺症すら残らないようにしながら強引に推し進めていくのだった。

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