悪役貴族

 自分の前に置かれている姿見。

 そこに映っているのは一人の五歳ほどの小さな少年。

 暗く黒いサラサラとした美しい髪に血のように赤い瞳。

 その相貌は憎たらしいほどに整っており、ゾッとするほどの色気を幼いながらも携えている。

 そして、何よりも特徴的なのは顔面に刺繍のように黒く刻みこまれた幾重もの薔薇の模様であろう。


「よりにもよって、なんでこいつなんだぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!!!」


 間違いない。

 僕が見間違えるはずもない。

 この特徴的な黒薔薇の模様は、この憎たらしい相貌は、間違いなく───ッ!


「ゼーア・アウトーレ……ッ!」


 己の前にある姿見に映る少年、ゼーア・アウトーレ。

 前世において僕が熱中してプレイしたアルカナメモリーに登場する主要キャラの一人である。


「なんでぇぇぇっ!神様ァァァァァァァァァ!あと、ちょっと……ッ!あとほんのちょっとで良いんだ!あとちょっと色を付けてくれるだけで!」


 一度は死んでしまい、終わったはずの前世。

 それに対して、更に転生して再び生を得ることが出来たのだ。

 ここまでで十分と言える。

 それに加えて、その転生先が自分の好きなゲームであると言うのだ。とんでもない幸運だろう。

 だけど、どうか……どうか、神様。後少しで良いから色を付けて欲しかった。

 転生先の、転生先のキャラだけは、何とか!融通してほしかった

 何も主人公であれとは思わない。モブで良かった……でも、こいつは駄目だろう。

 だって、ゼーア・アウトーレはゲームにおける中ボス。

 主人公の手によって殺される運命にあるのだから。

 

「……こ、これなら知らない方が良かったまであるじゃん」


 前世において、ゲームのし過ぎというクソみたいな理由で死んで異世界へと転生してきた己は、ガチで今日。

 今、目の前にある姿見を見るまで自分がゼーア・アウトーレであるということを知らなかったのだ。

 その理由は簡単で、零歳児から今日に至るまで、僕はベッド以外に何もない部屋で生きてきたのだ。

 これまでの僕は両親と思われる二人の男女と、自分の世話をしてくれているメイドさん以外とは会ったことなく、自分の名前を呼ばれることすらなかったのだ。


「ゼーアの両親もメイドも作中に出てこねぇよぉ」


 姿見を前にする僕は実に情けない声を漏らす。


「自分の好きなゲームに転生して、こんな仕打ちって、なんで、なんでゼーアなんかに転生し、転生して……ん?いや……何が、問題なんだ?」


 己がゼーアであった。

 そんな衝撃のせいで色々と慌ててしまった僕であるが……よくよく考えれば何のデメリットもないのではないのだろうか。

 ゼーアは主人公に殺される悪役である。

 だが、今の僕はその結末も知っているのだ……回避のために動くこともできる。


「……うん、うん、うん」


 デメリットはない、かもしれない。

 であれば、メリットの方はどうだろうか?

 確かゼーアは作中の設定だと才能に溺れて努力を怠ったタイプのキャラであり、才能だけで考えれば作中トップだと公式が直々に話していたキャラのはずだ。

 それに、ゼーアは権威ある貴族家の生まれだったはず。

 才能にも生まれにも恵まれた勝ち組……それがゼーアであり、この設定は圧倒的なメリットなのではないだろうか?


「……何が、不満なんだ?」

 

 ゲームの本編がわかっているのだ。

 ならば、自分が闇落ちして主人公に殺される運命を避けるくらいは簡単だろう。何も主人公は辻斬りじゃないのだ。

 悪いことをしなければ殺されない。

 であれば、であれば、であれば。


「……いける、のか」


 前世、幾度もゲームで挑戦した。

 己の推しであるノービア・ライスカーナを、何とか幸せにしようと。

 それでも、どれだけ苦労しても、それは敵わぬ願いであり、半ば僕だって諦めていた。


「でも、あるじゃないか」


 今の僕は彼女と同じ世界に生きる住人であり、世界へと影響を与えるに足る才能だって持っているのだ。

 手遅れにならないためにはどうすればいいかも知識として持っている。


「は、はは……素晴らしい」


 何という、なんということだ。

 あぁ……ごめんなさい。神様。貴方はやはり、最高です。

 これなら、自分の推しを、悲劇の結末を迎える推しを救うことができるのではないだろうか。

 姿見の前で内なる高揚を隠せず、僕が笑みを見せる中で。


「あら?どうされましたか?幼君様」


 僕のいた部屋の扉が開かれる。


「姿見がそんなに気に入られたのですか?」


 そして、その部屋の中へと入ってくるのは机や椅子などを台座に乗せて運んできたメイドさんだった。

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