貴方の為の最高の幕引きを!

位月 傘

「勇者さま、わたくしは貴方さまの本性が、血に飢えた獣であることを知っております」


 不気味と称されるほど物静かな少女が口火を切るところを、初めて見た。この場にいるのが彼女と自分の2人きりでよかった、とまで考えて頭を振る。きっと彼女は2人きりだからこの話題を切り出したのだろう。

 いつも考えていることが分からない相手ではあったが、行動のすべては『勇者のため』に起因しているということは、自分のみならず皆に周知されていることだ。


「失望したか」


 彼女の言葉は事実であった。

 戦いが好きだ。敵を斬るのが好きだ。本当は、相手は魔物でなくても構わない。それを誰かに見抜かれているとは思わなかったが。

 自分は戦うために生まれて来たので、それ自体はある種仕方のない性分であると受け入れてはいるが、それも魔王討伐が完遂されるまでのことだ。殺しの才は戦時中には人を英雄にさせるだろうが、平時には異物に他ならない。


「いいえ。わたくしは貴方さまを糾弾できるような人間ではありません。わたくしは貴方さまの本性が獣であると同時に、奴隷であったこの身を救い出すだけでなく今後を案じてくださるほど、底抜けにお人好しであることも知っております」


 珍しく饒舌に話す様子に少し気圧される。彼女は甲高い声や激しい剣幕でこちらを責め立てているわけではない。むしろ鈴の音を転がしたような声はひとつの音楽のように心地よかった。それでも彼女の言葉には妙に熱っぽく、熱烈に迫られているようで、羞恥心のような居心地の悪さが湧きあがる。


「何より勇者とは世界の危機に現れる者、敵を切るのに躊躇いを覚えるような軟弱者では立ち行かなくなりましょう」

「ならば何故」


 この身が本懐を果たせないのでは、と危惧しているのならば叱責するだろう。恐ろしいと感じているのならば、罵倒するなり無視するなりすれば良い。だが彼女はそのいずれもを選ばず、この在り方を肯定した。それはなんのために?自分に媚びを打ったところで、大した利点はないはずだ。自分の価値は戦場にしかない。平時には厄介者扱いされることは目に見えている。


「……将来のことを心配しているのか?この性分は生まれついてのものだ。従え方も知っている。お前にも、お前以外にも、不利益が被ることはないと約束しよう」

「いえ、いいえ!」


 感極まって思わずというように女が声を上げる。少女はまるで哀れむような眼で、何故か興奮しているらしい。頭一つよりも小さい位置にある顔を見下ろす。体格はこちらのほうが大きいし、実際この場で争いになったとしてもこちらが負けることはないだろうに、妙な圧を感じていた。


「貴方さまの本質を知って、わたくしは——きっと貴方さまには理解できないほどに——歓喜したのです」

「……歓喜?」

「清廉潔白な勇者さまは、わたくしのことなど見ないでしょう。特別に素晴らしい勇者さまは、下賤なわたくしを選べません。わたくしも、貴方さまに損を与えてまで選ばれたいとは思いません」


 少女の短い髪が揺れて、消えない痕が惜しげもなく晒される。この細い首を締めあげるほどの首輪がどこに存在するのだろう。そしてこの女は、この華奢な首から、どうしてこれほどまでに声音に熱を乗せることが出来るのだろうか。

 自分が無表情しか見たことの無かった女は壮絶に微笑んだ。きっと女の人生の中で、初めて見せた本当の笑みであった。


「だけど——貴方さまの本性が、醜いもので本当に良かった」


 触れてはいけないものだと理性は警鐘を鳴らしている。それでも女から目が離せなかったのは、己の性質や女の言葉に関わらず、ただ他に例えようもないほどに美しかったからだ。

 女の言葉の方は未だに点と点をちりばめたようで、何を伝えたいのか、何を理解しているのかは分からない。だからきっとこれ以上言葉を聞くべきでは無いのだろう。


「わたくしが貴方さまを、満足させてみせます。器量の良い女にも、裕福な女にも、他の誰にも、決して出来ない方法で満たして差し上げます」


 艶やかに女はそう言ってのける。言葉も声音も振る舞いも、全てが艶っぽいのに、そういう意味ではないことはすぐに理解出来た。女は両手でこちらの手を掴み、擦り寄るように頬に寄せて、箱入り娘のように純真に恥じらって見せる。


「この旅が終わって太平の世が訪れたなら、わたくしが勇者さまだけの、貴方さまだけの魔王になって差し上げます。誰よりも貴方さまを理解しているわたくしが、醜く浅ましいわたくしが、民にとっては最悪の、貴方さまにとって最高の敵になってみせましょう」

「……今、それを言って、この場で殺されるとは考えなかったのか?」

「えぇ、だって勇者さまには出来ないでしょう?底抜けに優しいお人好しだから……まだ何もしていない、抵抗もしない女を殺せない。きっとこの提案がどれほど魅力的に見えたとしても、貴方さまはわたくしに考え直すように説得し続けるのでしょう」


 事実だった。女は誰よりも自分のことを理解している。ただ、この優しいだのお人好しだのといった性格も、元を正せば人殺しの才と同じところに行きつく。

 すなわち勇者としての本能だ。そうあれかしと望まれて、そうあるだけだ。自分にとってはどちらも同じものだが、人にとっては二面性としてしかとらえられないだろう。

 

 ……どうして今になってこんな厄介な女に惹かれつつあるのか理解出来た。この女は異なる2つの性質を、どちらも1つのものとして正しく理解し、受け入れ、愛そうとしているのだと、分かってしまったからだ。

彼女は掴んでいた手を、頬から首に移動させ、首を絞めるように手に力を込める。


「勇者さまは殺しを楽しんでおられるのに、他者の死を悲しむ難儀なお方。今は道半ばですから、いつか時が来たらこんな旅路よりもずっと素晴らしい旅を、最期の舞台を、後悔なんて無い幕引きを用意してみせます。そしてわたくしの元に辿り着いた暁には——」


 ぐ、と女の手に力が入り、自然と喉を圧迫する。それほどの強さではないだろうに、白い喉は跳ね、目尻に涙を浮かべていた。劣悪な環境に長くいたことで未発達な女の肉体で、どうやってそれほどまでのことを成し遂げるつもりなのかは分からないが、この女ならやるという確信があった。


「わたくしの首を、貴方さまの手で刎ねてほしいのです。それが何より、貴方さまがわたくしを選んだことの証左になるでしょう」


 そう言って熱に浮かされた女は、まるで初めてダンスに誘う少女のように恥じらいの笑みを浮かべたのだ。

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