第21話 国見青音 35歳 ―冬―

 中学時代の話をしている間に、電車は浜松駅に到着した。出発してから一時間ほどの時間が過ぎていた。


 電車内に溢れかえっていた学生達が一気に降車していくと、入れ替わりで新たな乗客が乗り込んで来る。


「結局、私は中学の頃は国見君に嫌われてたってこと?」


 大月さんが眉を寄せて考えるように言った。


「いや…、なんて言ったらいいのか。もう何を言っても言い訳になっちゃうけど、大月さんのことを嫌いだったわけじゃないよ。あの頃はただ彼女がいるってことを知られることが恥ずかしかっただけで…」


「へー、それって私が彼女だったからってこと?」


 横目でこちらを睨むような仕草をしてくるが、優しい目つきに迫力はまったくない。


「そんなわけないだろ。彼女が誰でも関係ないよ。なんだかあの頃は周囲からの視線に過敏だったし、からかわれたりすることがどうしようもなく嫌だったんだよ」


 大月さんに聞かれて慌てて訂正した。大月さんを嫌いだと感じたことは一度もない。しかし、恋をしていたかというとそうでもなかったように思う。当時は周囲から「彼女がいる」という好奇の眼差しを向けられることが嫌だった。きれいに描かれた輪の中から、自分だけがはみ出してしまっているようで怖かった。


「当時はとにかくみんなの輪の中に入っていたかったんだよ。俺の周りで彼女がいる人なんていなかったし、あの頃の俺にとっては女性と付き合うってことがまだまだ特別で、周囲から浮いてるような気がして嫌だったんだと思う」


 こうして話していると、当時の自分がいかに自己中心的で自分勝手であったかが痛いほどよくわかる。


「ふーん、そっかぁ。嫌われていなかったなら良かったけど、やっぱりあの頃はショックだったなぁ」


「その節は本当にすみませんでした」


 電車内はそこそこ混み合っているが、人目もかまわず隣に座る大月さんに頭を下げた。弁解の余地はない。今となっては、なぜあんなにも周囲の輪の中にとどまろうとしていたのか、なぜあんなにもからかわれることが嫌だったのかはわからない。


 今の自分なら積極的に声をかけるだろうし、交換日記だってメールだって喜んでやりとりするだろう。一緒に帰ろうと誘われればもちろんオッケーするし、むしろこちらから誘うだろう。しかし、それは今の俺だからできることであって、幼かったあの頃の俺にとっては、やはり他に選択肢はなかったのだと思う。


「仕方がないなぁ。許してあげよう」


「本当すみません。ありがとうございます」


 大月さんに謝れたことと、許してもらえたことにほっとした。しかし、過去の過ちを今頃になって謝罪して、大月さんに許してもらってほっとしている自分のずるさも感じた。


 通り過ぎていく車窓の景色を眺めている大月さんの笑顔にくもりはない。大月さんにとっては、もうとっくに乗り越えた遠い過去の思い出にすぎないのだろう。


「中学校の頃もいろいろあったけど、高校生になってからもなんだかいろいろあったよね」


 苦笑いをしながら大月さんが言った。


「そうだなぁ。高校に入学したときは、まさか二人とも弓道部に入るとは思ってなかったよな」


「うん、すごい偶然だったよね。国見君が弓道部に入ったって聞いたときは驚いたなぁ」


 俺と大月さんはそれぞれ別々の高校へ進学した。大月さんは進学校へ進み、俺は工業高校へ進学した。


 高校では俺は陸上部には入らず、特に理由もなく弓道部に入部した。そして、大月さんも弓道部へ入部していたのだ。


「俺も大月さんが弓道部に入ったって知って驚いたのを覚えてるよ。たしかメールくれたんだよね」


「そうそう。中学のときに誰かさんにフラれちゃったからメールしようかしばらく迷ったけど、結局送ることにしたんだよ」


 からかうように言ってくる。


「はは…、そりゃ迷うよな、ごめん」


 胸のあたりがチクチク痛んだ。


 それからは再び大月さんとメールでやりとりをするようになっていった。弓道の大会でも顔を合わせることがあったが、中学の頃のように避けるようなことはもうしなかった。


「それで、たしか9月頃に久しぶりに二人で会ったんだよね」


 大月さんに言われて、オレンジ色の空の下で笑う高校生の大月さんの姿が脳裏に蘇った。

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