第4話

 王都に着いた。あまり来る機会がないのでかなり新鮮だ。それに流行によって品揃えから商人の服装までかなり変わるのでまるで別の場所にでも来てしまったかのような錯覚を覚える。ここが王都だと教えてくれるのは丘の上に建つ王城だけだ。

 まずは別邸に彼女を連れていかないといけない。重い荷物を持って移動するのは酷だし、王都には数は少ないもののスリだっている。路地裏に入ればなおさら。でも僕らが訪れなくてはいけないスラム街の男たちは家賃が安いため路地の近くに住んでいる。それに、王都には彼女のことを知っている者が複数名いるため、カツラだけの変装では誤魔化せず、逆効果になってしまう。だから王都では変装をしないようにしようと決めた。

 彼女は確か王都を訪ねるのは初めてだったか。目を凄く輝かせているように見える。彼女は「マグノリア公爵本邸」という名の箱に閉じ込められていた箱入り娘だったのだから。それに、資料や絵画でしか見たことがない王都に実際に来られて夢見心地なのだろう。通りすがる市場の商品を見て目を輝かせているのもきっと勉強で覚えさせられた資料と照らし合わせて何かに納得しているに違いない。

 今回の旅行では僕はカミーユのことを「お嬢様」と呼ぶことにした。せっかく変装しているのに名前がそのままではバレてしまうからだ。偽名を考えなかったのは僕にも彼女にも名付けのセンスが無かったというのと、父がカミーユのことをそう呼んでいたからだ。だからカミーユも不自然な反応をすることは無いだろう。

 僕はあまり名前も顔も知られてないから変装もしないし、彼女にはそのままリュカと呼ばれ続けることにした。それに変装したらスラム街の男たちとうまく会話出来ないだろう。彼らとの信頼を構築するのは大変だし、ナワバリ意識というか仲間意識というかそういうのがかなり高い。

「お嬢様、何か面白いものでもありましたか?とても楽しそうで僕も嬉しいです」

 「お嬢様」呼びに慣れるため積極的に話しかけることにする。パニックになった時にボロが出ないように。今なら変装してないからボロが出ても大丈夫。

「うん、全部面白い。景色ももちろん綺麗で素敵なんだけど、交易品がいいわね。色々な国の特産物があってとても興味深いわ。

 私たちの家のシェフは国産にこだわるから他国の食べ物を見たことがないの。やっぱり絵で見るのと本物を見るのとでは全然違うわね。本当は買いたいところだけれど食べないものを買うのはもったいないからやめとく」

 彼女は本当に楽しそうだ。彼女のために本来の目的を忘れてしまいたくなるくらい僕は羽を伸ばす彼女を見て嬉しくなる。事あるごとに思うが、あの日庭園に迷い込んでしまって良かったと心の底から思った。もし迷い込んで無かったら今彼女は……。考えたくもない。

 やがて市場を通り抜け、貴族の別邸街へと足を踏み入れる。貴族による会議がある時以外はここに来る理由が基本的にないので静まり返っている。この別邸街の別邸を本邸のように扱っているのは王都の空気の方が合う商人出身の成金貴族だけだろう。彼らの領土は資源を取りに行くための拠点になりがちで、特に統治をする必要がないからだ。ちなみに、今回の旅行ではそういったところも、いくつか訪れないといけない。

 そしてマグノリア公爵家の別邸に到着した。彼女は親から預かった合鍵を使って中に入る。別邸には誰も人がいないことが多い。貴族がやってくる前に掃除をして、本邸から執事やらメイドやらを連れてくるのが一般的だ。そもそも王都は基本的に貿易の都でしかないので商人以外が住むのには不向きなのだ。

 家に入ったが、案外埃は積もっていない。貴族の会議が最近まであったのが理由だろう。僕と彼女は客間の金庫にそれぞれ荷物を入れてロビーに集合する。金庫に入れるのは強盗もそうだけどネズミとかの小動物からも荷物を守るためである。

「そろそろ出発しましょう。早めに行動しないと日が沈んでしまうわ」

 公爵家を出たのが昼過ぎだったので確かに早めに行動しないとどんどん暗くなりそうだ。彼女のためにも暗くなる前に別邸へ帰って来たいし早めに男たちの元へ向かわなければ。

「分かった。ちょっと早足になるけどいい?疲れたら言って、おんぶするから」

 彼女は照れくさそうに笑いながら、

「私、そんなにか弱いお嬢様じゃないのよ。ダンスとか乗馬とかのおかげで体力は人並みにあるもの。流石に騎士の足元には及ばないけれど」

と言う。

 僕らは貴族の別邸街を出て商人の住宅街を奥へ奥へと進んでいく。そして男たちが住んでいる家へと辿り着いた。「路地」とは言うけれど王都であるし、めちゃくちゃ治安が悪いとかそういうことはなかったので安心。ただ、だからこそ帰りも用心しなくては。

 僕はカミーユに目配せしてから扉をノックし、男たちが出てくるのを待った。

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