第2話
彼女の運命を大幅に変えた事件は僕が彼女の護衛をするようになってからたったの一年で起きた。
城下町で起きた、城と関わりがある人間を狙った殺人事件。彼女は勿論被害者ではないし、僕も怪我を負うことはなかった。しかし、父が殺され、母はそれによるショックで体調を崩して、そのまま後を追うかのように亡くなった。
彼女が影響を受けたのは僕の両親が亡くなったのが原因ではない。だからと言って、勿論彼女がショックを受けなかったわけでもない。執事である父との関係も深かったし、母のパンも好んで食していた。特にクロワッサンが好きだった気がする。
彼女が影響を受けたのはその犯人が殺人を犯すに至った原因である。
犯人はなかなか捕まらず、僕の両親が亡くなったり、騎士団が捜査を始めたりした後も何人もの人が殺されたが、僕が囮になることで捕まえることが出来た。両親を亡くした原因であるということもあり、自分が捕まえなくてはならないと過度な使命感を抱いた結果起こした行動だった。もちろん騎士団長にはこっぴどく叱られたが、それだけで、特に罰せられることはなかった。
こうして捕まえた犯人から聞き出した殺人の目的は、
「マグノリア公爵家を憎んでいる。だが本人達を殺したところで、それは一瞬の苦痛しか与えられない。永きにわたる苦痛を与えるには、関わりのある人物をたくさん殺すべきだと考えた」
とのこと。何故マグノリア公爵家を憎んでいるのかを尋問して吐かせたところ、
「金持ちの移住者を住まわせるためにスラム街を完全に取り壊し、スラム街の住人の怒りを逆手に取り犯罪者として監獄へ送りつけようとしたから」
だそうだ。前半は事実であり、後半はこの犯人の被害妄想ではある。しかし今思えば後半部分も事実であったと言えよう。これを尋問するまで吐けなかったのはスラム街の皆んなの反乱計画をバラしたくなかったからだそうだ。
僕はスラム街に住んでいたわけでは無かったが、関わりはあったのでスラム街についてある程度のことは把握していた。僕の家族は給料の割に質素な生活をしていたので浮いたお金を使ってスラム街へパンの無償提供を行っていたのだ。
騎士団に所属していた頃、歴史書を見た限り、スラム街は最初貴族の倉庫群だった。その倉庫群の管理を任されていたのが現在スラム街に住んでいる人々のご先祖様にあたる。しかし、地下を掘る技術が格段に上がったり、貴族の平均給金が上がって屋敷を少し広く作れるようになったりしたことにより倉庫群はやがて使われなくなった。
倉庫の管理を任されていた彼らは次の職業を斡旋してもらえることもなく、空の倉庫と共に貴族に捨てられてしまった。現在は男性が出稼ぎに行ったり、情報を売ったり、闇市を開いたりすることが彼らの収入源になってしまっている。
カミーユはこの事件が起こるまで社会の闇にできるだけ触れないよう育てられてきた。マグノリア公爵家の闇の一面を知って跡を継ぐことを辞めないように。でも、この事件はとても大きな事件であったし、多くの身近な人が亡くなったということもあり触れないということは出来なかった。
ショックを受けた彼女は公爵の元へ真実を聞きに行ったが、
「お前は知らなくて良い」
「所詮噂だから」
「証拠はどこにあるというんだ」
「父さんのことが信じられないのか」
と、捲し立てられ何も得ることができなかった。しかし、公爵のその言動こそが真実を物語っていた。
そしてこの事件のせいで、
「スラム街に住んでいる人々は野蛮だ」
「公爵様がそんなことするはずないだろう」
「そもそも公爵領にスラム街なんて不潔だ。隣の子爵領にすらないのに」
などと根も葉もない噂が飛び交うようになり、スラム街に住む人々の肩身はどんどん狭くなっていった。
そして最終的に、殺人犯の共犯というこじつけの理由で住人は全員監獄へ送られることになった。出稼ぎに行った男達も公爵領に帰ってき次第監獄へ送られるそうだ。
しかし、根も葉もないただの噂を真実であると勘違いしていた領民達はこの出来事について違和感を覚えるどころか賛同した。違和感を感じたのは、僕とカミーユ、そして空気を読まざるを得なく意見を潰された一部の人々のみ。
僕は住人達から手紙を預かっていた。それは遺言書に近いもの。彼らは監獄に連れて行かれることを予想して最後のパン配給に来た僕に託した。このパンの無償配給が無くなってしまっては生きていくのが厳しいから監獄へ行くことを決心したそうだ。もし今回の件で監獄に入れないようだったら反乱を起こすとのこと。手紙は彼らの息子や夫に宛てられたものだった。僕には彼らを公爵領へ帰らせないという新しい仕事ができてしまった。
僕はその、公爵家には絶対に言えない仕事を遂行するために休暇を取った。ただでさえ両親のことで稽古が集中できていなかったから休暇は簡単に取ることができた。ただ、予想外だったのはカミーユがその休暇について来るということだった。
彼女曰く、完全な味方は僕しかおらず、出来れば離れたくない。そして授業で習ったことが本当なのかを確かめに行きたい、と。彼女は自身への指導すら信用できなくなっていた。
彼女は無理やり両親を納得させ、僕と2人でのお忍び旅行が始まった。もちろん彼女は変装した。瞳の色は変えられないが、かつらをかぶり、眼鏡をかけて…という典型的な変装方法で。一応表向きはお忍びの観光旅行ということになっているからだ。
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