36.緊急会議を開く男たち


 蓮の病院での診察が終わり、レストランの個室で三人だけの祝賀会が開かれた。事前予約はしていなかったようだが、白井が電話して席を取ったとのことで、ありがたく利用させてもらうことになった。


「よく原稿なしであんなに流暢に話せたな」


「落ち着いて話せば何とかなるものです」


「そういうものか?」


「そういうものです。でも、途中でミスったらそこから崩れてたかも。あと、原稿がないとミスったことに気付かないこともあるんですよね。緊張してるし。終わった時の会場の反応で、ミスしなくて済んだとわかってほっとしました」


 なるほど、と白井がうなずく。


「全然下見ないで話してたから、ちょっと笑っちゃった」


「笑うところじゃないんだけど、ありがとう」


 蓮は褒めているつもりらしいさくらに礼を言い、右手のフォークで料理を口へと運んだ。その動作で肩に痛みを感じるが、できるだけ表に出さないように気を付けているため、さくらにはバレていないようだ。


「蓮の原稿盗んだの、私に絡んできた人なんだよね?」


「うん。どうも嫌われてるみたいで……巻き込んでごめん」


 絡まれた時のことを思い出したのか眉をひそめるさくらに蓮が謝ると、さくらは首を横に振った。


「迷惑防止条例違反、窃盗、傷害だな。格好いい蓮を見ることができたのはよかったけど」


「全然格好よくなんかないですよ、怪我しちゃったし」


 実際、粋がる山下に思い切り正論を投げつけたのが原因となったのは事実だ。蓮は、怪我をしたのは自分のせいだと思っている。


「いや、格好よかったよ、本当に」


「そうですか? でも殴り合いとかになってたら負けてましたね」


「殴り合いにならずに済んだのも格好いいんだよ」


「それはさくらが……」


「え、ちょっと、これ何?」


 蓮の言葉を、さくらの驚く声が遮った。


「さくら、行儀悪いよ」


 スマートフォンでさくらが動画を再生させているのを咎めるが、さくらは「いいから見て」と勧めてくる。蓮が「何だよ」と言いながら見てみると、今まさに話題になっていた場面が映し出されていた。


「……!! 何だこれ!!」


「……蓮、姿勢いいな」


 驚愕する蓮の横で、白井が感心しながら画面を凝視する。


「誰が撮ってたんだ? 野次馬? モザイクないじゃん、顔映っちゃってるよ、何だよ本人の了承取れよ絶対了承なんてしねえけど」


 動揺してしまい、蓮の口がだんだん悪くなっていく。あっけに取られた表情で画面から目が離せなくなっている蓮に、さくらが自分のスマートフォンを渡した。


「GPS切ってないからかな、おすすめ動画で出てきたんだけど」


「まさか本人の目の前で姉におすすめするとは……嘘だろ……どうすんだよこれ……。あっ、さくらも顔映ってるけど大丈夫?」


「んー、ちょっと嫌だけど、蓮とあの人の方が目立ってるから、まあいいかな」


「目立ってるって、確かにそうだけど、はっきり言われるとキツいな……」


 動画を一通り見終わると、三人は顔を見合わせて話し合いを始めた。



**********



「では緊急会議を始めます。動画の削除依頼はもう蓮がしたからいいとして、その後のことについて」


 議長の白井が口火を切り、蓮がさっそく発言する。


「ヤバいです」


「何がヤバいか具体的に」


「考えられることとして、今後、大学に叱られます。主に山下さんが。でも僕も事情を聞かないといけないとか言われて、瀬川先生に叱られる可能性があります」


「あー、あの場に先生いなかったからな……。でも叱られるまではいかないんじゃないか?」


「叱られるまではなくても、問題を起こし……いや、僕が起こしたわけじゃないんだけど、まあとにかく、この事案の重要参考人じゃないですか」


「重要参考人じゃなくて被害者だろ。そこで診断書が活躍することになる」


「それで済めばいいんですが、ますますゼミに居づらくなるかもという問題があります」


「蓮、やっぱりいじめられてるんじゃないか。嘘ついたな」


「馴染んでないだけですよ」


 怪訝そうに蓮を見る白井にしれっと蓮が答えたところで、それまで黙っていたさくらが唐突に割り込んだ。


「蓮、大人気だね。コメントでカッコイイって言われてるよ」


 動画は蓮がさくらを庇うように山下の前に立ったところから撮られており、蓮が煽っている部分もしっかり映っている。「正論でぶん殴るの好き」「少女漫画か」「何この人カッコイイ」というコメントをさくらが見せてきた。関連動画には蓮のスピーチの動画も表示されている。


「うわ、スピーチの動画までもうアップされてる……フルネームと大学と学年バレた……。あ、そういえば山下さんの名前言っちゃってたな」


「私の名前は出てないね」


「それは気をつけてたから。あの人の前でさくらの名前言いたくなかったし。あと、一応こちらに非はないって暗に言いたくて、暴力とか力ずくとか、周りに聞こえるようにわざと口に出してた」


「へー、さすが蓮。昔から頭いいもんねぇ」


「さくらには負けるよ。原稿のこと、あのタイミング狙って言っただろ」


「バレてたか」


 いたずらっぽく笑うと、さくらはまたコメントを見始めた。「やばいほんとカッコイイんだけど」「山下って人テンプレ的悪役すぎて笑う」「それよりもスピーチ動画すげえ」など、大多数が蓮に好意的だ。


「ちょっと山下さん気の毒になってきた……」


「事実、テンプレ的悪役だろ。蓮はもっと怒っていい」


「最後の『覚えてろ』は本当にテンプレでしたね。僕も怒ってはいましたよ。普段からひどいこと言ってくるし。でもあの時、山下さん、『おまえのせいで』って言ってたんですよ。続きは言ってなかったけど。きっと僕が何かしてしまったんでしょう」


 白井が「うーん」とうなって何か言いたそうにしているが、蓮は話を続けた。


「とにかく、白井さんは映ってなかったみたいだし、さくらはそんなに目立ってなかった……ということはやっぱり、問題は僕と山下さん……」


「そうだな」


「ネット配信されちゃったから、自分から報告しなくても何かしら教務課から言われるだろうし……」


 腕組みしながら少しの間考えると、蓮は呑気に言葉を繋げた。


「『おまえのせいで』が何のことなのか知りたいなぁ。まあとりあえず、僕も少しは瀬川先生に窘められることになると思います」



**********

 


 あまり意味のなかった緊急会議が終了すると、白井が「いい機会だから蓮にはっきり言っておきたいことがある」と言い出した。


「な……何でしょうか……?」


 一体何を言われるのかと、蓮は戦々恐々としている。これまで失礼なことを何度も言ってきたという自覚があるため、ここで叱られても謝るしかない。


「そろそろ、自分の見た目がいいという自覚を持たないと」


「……え?」


「蓮は黒目がち二重でまつ毛が長くて他の顔のパーツもそれぞれ優秀で良い具合に配置されていて髪はサラサラストレートヘアで小さすぎない小顔で肩幅は普通にあって手足ちょい長めだから伊達メガネとキャップを装備するといい」


「はぁ? 何ですかその早口棒読みは?」


「もっと詳しく言ってやろうか?」


 訝しげに眉根を寄せる蓮を、向かいに座る白井は正面から鋭く見つめた。緊迫した空気の中、白井の隣にいるさくらはニコニコと笑っている。


「ずいぶんと好戦的ですけど、何が言いたいんですか?」


「暗喩なんてしてないからそのままの意味で捉えてほしい。ゼミでいじめられてるのもそれが一因になってるんだろう」


「いじめられてません、馴染んでないだけです」


「……ゼミに馴染んでないのもそれが一因になってると思う」


「別に見た目良くないですよ。身長も体重も普通だし、ものすごく十人並みだと思います。というかよくわからないけど褒めてくれてるんですよね? 早口棒読みってだけで」


 蓮の勢いに負けて白井が言い直すと、蓮が不満げに否定と疑問の言葉を並べた。


「早口棒読みだったのは悪かったよ、一気に言わないと聞いてくれないと思って……。『おまえのせいで』が何なのか知りたいんだろ? それ、蓮がゼミに入ったせいで女子が相手してくれなくなったって流れがあったからだと思うよ。あいつ女好きみたいだし」


「えー、でも僕、女子にも無視されてるんですよ?」


「無視というか、遠巻きにされてるだけじゃないの?」


 それまで黙っていたさくらが、また唐突に割り込んできた。そのせいでより発言力を増しているさくらに、蓮は反抗することができない。


「えっ、と、遠巻きに……そ、う、なのかな……」


「うん、そうだと思う」


「……はい」


 ニコニコ笑顔から表情を変えないさくらが少し怖くなってきて、蓮は従順に返事をした。


「見た目って重要なんだよ」


「はい」


「今度キャップと伊達メガネ買いに行こうね。涼しくなってきたから、マスクしてもいいかもね。蓮の顔もフルネームも大学も、全世界に知れ渡っちゃったもんね」


「はい」


「じゃあもう食べ終わったし、そろそろ帰ろうか」


 満足そうなさくらに、今度は蓮と白井二人が「はい」と返事をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る