35.THE FIGHT
コンテストが開幕し、参加者たちのスピーチが始まった。蓮の順番は七番目で、出番は真ん中あたりだ。さくらが来ているはずだが、あまり視線を動かすのも憚られ、蓮は前を向いて各参加者のスピーチを聞いていた。原稿はないが、何も見ずにスピーチをして自分を白眼視していた人たちを見返してやると、静かに闘争心を滾らせる。
自分の順番が来て、蓮は壇上に立った。国際スピーチコンテストというだけあって多くの人が来場しており、その目が蓮を見ている。心臓がうるさく音を立て神経が張り詰めるのがわかるが、コンディションは悪くない。自身を取り巻く緊張感ですら気持ちよく感じるくらいだ。蓮は姿勢を正し、まっすぐに前を見てスピーチを始めた。話すことは全て頭の中に入っている。落ち着いて、適切な抑揚と間を心がけ、スピードを抑え気味に話せばいいだけだ。
「名前は日本人だが母国語が英語なのか?」
「でもさっき『I was born and raised in Japan』って言ってたぞ」
「下を全然見ないで話すってすごいな」
「まさか最後まで原稿なし?」
会場が少々ざわついてきたが、蓮は気にせずスピーチを進める。最後に「Thank you for your attention」で締めくくると、拍手が沸き起こった。止まない拍手の中、壇上を下りる時にさくらを見つけた。隣には、来るとは思っていなかった白井の姿もある。二人を見て、蓮は目を細めた。
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「The winner of the National Speech Contest is Ren Aoyama!」
優勝者発表の瞬間、組んだ手を膝に置いてうつむいていた蓮が名前を呼ばれて顔を上げた。自分が優勝したのだ。「絶対に優勝する」と豪語してはいたが、外国人を含め他の出場者のスピーチを聞いて自信がだんだん失われていくのを感じていたため、驚きとうれしさが込み上げてくる。
表彰されるために再び壇上へと歩き、表彰状を受け取る。大きな拍手を受け、蓮は客席のさくらと白井に向かって満面の笑顔で手を振った。
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コンテストが閉幕した。蓮がホールを出ると廊下で白井とさくらが待っていて、「優勝おめでとう」と祝いの言葉をかけられた。瀬川も「優勝間違いなしって言ったろ?」などと言いながら喜んでいる。蓮がそのまま立ち話をしているといつの間にか来場者たちに囲まれてしまい、次々と飛んでくる質問に答える羽目になった。瀬川は何故か白井を気に入り、二人でトークを繰り広げている。取り残されたさくらは先に外に出ていると蓮に言い残し、会場を出てすぐのベンチに座った。
周りの来場者が離れて自由になった蓮がさくらと合流し、二言ほど言葉をかわしたところで、山下が蓮たちの方に近付いて来た。
「青山、おまえ……」
「何ですか?」
冷たくあしらおうとする蓮の横でキョトンと見上げるさくらに気付き、山下は急に笑顔を作る。
「この子誰? かわいいじゃん、紹介してくれよ」
「えーと……、紹介はできないですね」
「それくらい別にいいだろ、ケチくせえ」
「無理です」
「話すだけならいいじゃねえか」
蓮が断ってもしつこく食いつく山下に、さくらは固い表情で言った。
「お断りします」
「そんなこと言わないで、こっちでちょっと話そうよ」
「嫌です、お断りします」
「いいじゃん、ちょっとだけだからさ」
「嫌です」
「……は? きみ、態度悪いんじゃないの?」
途端、さくらが怯えた表情になる。はぁ、とため息をつくと、蓮がさくらを庇うように山下の前に立った。
「いい加減にしてもらえませんか。僕に突っかかるだけならいいけど、この人は関係ないでしょう」
蓮はあえてさくらの名前を出さない。白井の姿を探すが、まだ建物からは出て来ていないようだ。
「何だと? おまえいつも生意気なんだよ、おまえのせいでっ……、女の子一人くらいいいじゃねえか」
「山下さん、生意気ってのは、一人前でもない人が偉そうに振る舞うことを指すんですよ。原稿を見ずにスピーチして優勝した僕に向かってよく言えたものですね」
蓮自身も、こういうところが生意気に映るのだろうとわかってはいる。が、普段から嫌な言葉を浴びせられているのだ。正論をぶつけないと気が済まない。
「うるせえな、そんなことどうでもいいんだよ。いいからこっち来い」
体の脇からさくらに伸ばされようとした手を蓮がとっさに払い除けると、山下は顔を真っ赤にして怒り出した。
「くっそ……なめやがって……!」
「きゃっ!」
山下が再度手を出そうとした瞬間、さくらに覆いかぶさった蓮の右肩にその手が激しくぶつかり、ゴツッという鈍い音がした。痛みよりも強烈な熱さを感じ、蓮は山下の方を振り返る。
「いい加減にしろっつってんだろ」
怒りを覚えながらも、蓮は振り返る寸前にさくらの後ろに白井がいることを確認していた。これでさくらのそばから離れられる。山下を睨みつけながら彼の方へと一歩、二歩と足を進め、なるべく彼をさくらから遠ざけ始めた。
「嫌がる女性に暴力とはね」
「な、何だよ、別に暴力なんか……」
「力ずくで言うこと聞かせようとしただろ」
「うるせえ!」
「喧嘩したいなら俺が買うけど?」
「暴力」「力ずく」、この二つのキーワードをはっきり言っておかなければいけないと、蓮は山下を睨み続けながら、冷静に考えていた。何事かと野次馬が集まってきているのがありがたい。
「あれ……この原稿、蓮の名前が書いてある。何でこの人が持ってるの?」
一触即発の睨み合いの中、さくらが突然声を上げた。山下がさくらに手を出そうとした時にトートバッグが地面に落ち、蓮の原稿が飛び出したようだ。
「原稿を喧嘩相手が持っていたってどういうことだ?」
「盗んだのか?」
「だから下を見ないでスピーチしてたのか」
野次馬の人々が騒がしくなってくると、山下は立場が悪くなったのがわかったのか、「覚えてろ!」というお決まりのセリフを残してバッグを拾い、逃げて行った。蓮は自分の名前が入った原稿を地面から拾い上げ、息をつく。
「はぁ……疲れた」
「蓮! 大丈夫か!?」
白井とさくらが心配しながら駆け寄ってきて初めて、蓮は右肩の痛みを感じ始めた。
「いっ……つっ……」
右肩をさくらが触るたびに痛みが走る。「ごめんね、ごめんね」と涙目になっているさくらに強くは言えず、されるがままになっている蓮を白井が助けた。
「あまり触っても良くないよ。まずは病院に行かないと。車で来ててよかった」
白井に救急病院まで連れて行ってもらい、医者に診てもらうと全治一週間の打撲と言われた。痛み止め薬と湿布を処方され、会計で呼ばれるのを待合室の椅子で待つ。
「診断書取っておいた?」
「はい」
「それなら、あとは大船に乗ったつもりでいていいよ」
「ちょっ、大船って、待ってください、別に民事訴訟とかいらないですから」
白井は極端に走りそうだと、蓮は慌ててストップをかけた。
「えー……じゃあせめて警察に被害届を」
「うーん、被害届は……今のところ出すつもりはなくてですね……あとは自分で何とかしようかと」
「……そうか……」
まだ浮かない表情のさくらの隣で、白井が少し肩を落とした。
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