25.工芸品に食らいつくお仕事


 浅い眠りを繰り返して目覚めた蓮は、ホテルの朝食で腹を満たすとすぐに外出した。重い気分はまだ残っているが、わざわざ新幹線で遠くまで来たのだから買付は無事に終わらせたいという気持ちが強い。


 何となく交通機関にお金を使うのが憚られ、蓮はお土産屋が集中しているエリアに徒歩で向かうことにした。道がわかりやすいのもあり、歩くのはあまり苦にならない。二十分程度で目的のお土産屋街入口に着いた。


「さすがに歩き続けると暑いな」


 シャツの胸のあたりをぱたぱたとはためかせてみるが効果は薄い。とにかく今はお土産屋の漆器を見るのが先だと、連は大きめの店から見ることにした。


「だめだ、どこにもない……」


 店舗規模の大小にかかわらず様々な店に寄って店内を見てみたが、目当てのものは見つからない。何とか依頼を成功に導きたい連は気が急いてしまう。そこに白井からメッセージが届いた。


「今どこにいる? お土産屋が多い地区から離れたところにも大きい店があるみたいだけど、もう行った?」


「今、お土産屋エリア全滅でちょっと疲れてるところです。離れたところってどこですか?」


 蓮は、白井にメッセージが早く届きますようにと祈りながら急いで返信する。これで有用な情報を得られたら明日にはもう帰宅できるのではないかと期待が膨らみ始めた。ちょっと忘れそうになっていたが自分には時間がかかりそうな大学の課題もあるのだと、二度と忘れないように脳みそに刻み込む。


 幸い、白井からすぐに「タクシー使っていいから」というメッセージとともに住所が送られてきた。店名は工房梅紫というらしい。蓮はタクシーをつかまえて運転手に住所を告げた。



**********



 タクシーに乗り十五分ほどで着いた工房梅紫は大きめの店舗で、表から見てみると少々薄暗い店内に所狭しと工芸品が並んでいた。客が見やすいようにとスペースにゆとりを持たせて商品を置き、照明にも気を遣っていそうな他のお土産屋とはかなり雰囲気が異なっている。


「こんにちは……」


 入りづらい空気を感じて気後れしながらも、蓮は小声で挨拶して店内に入った。商品は主に漆器で、蒔絵が施されているものが大多数のようだ。シンプルな柄の小さな髪留めが高価だったり華やかに絵付けされた大きな盆が安価だったりと、価格帯は幅広い。蓮が端から商品を見始めると、奥から男性店員が出てきた。


「いらっしゃい。そのあたりの器は値段も高くないしお手頃でいいですよ」


 年の頃四十代くらいだろうか、真剣に商品を見て回っている蓮に接客用スマイルで話しかけてきた。


「あ、あの、小鳥と小花の柄のものってありますか?」


「ああ、あちらのがそうですよ」


 指で差された方まで近寄って見ると、スタンドで立てられた大きな盆の表面には確かに小鳥が小さな花にくちばしを挿している柄が描かれていた。小鳥の体色は少しくすんだ淡い緑色で目の周りは白く塗られており、ウグイスより小さい体のように思える。


「……これ、メジロですか?」


「おや、よくわかりましたね。体が鶯色だから、ウグイスだと間違える人の方が多いんですが。花は何かわかりますか?」


「丸い花びら……薄紫……紫? あ、もしかして梅ですか?」


 蓮の目には、小さな花は少々ピンクがかった薄い紫色に見えた。そのうえで店名を思い出して「梅」を導き出すと、男性店員の顔がぱっと明るい笑顔になった。


「すごい、正解です。あれは梅で、メジロが花の蜜を吸っているところなんですよ」


「スズメが桜の蜜を吸っているところなら写真で見たことがありますけど、メジロもやるんですね」


「ははは、そうそうあれね、かわいいですよね。私も見たことがありますよ。春の風物詩だよなぁ」


 男性店員はすっかり気を良くしたようで、ニコニコしながら話している。そこで蓮は目当ての汁椀のことを聞いてみることにした。


「この柄の汁椀って、ないですか?」


 すると彼の表情が少し曇った。


「ああ……汁椀、は、ないんです」


「汁椀は、ない……」


「ええ、すみません」


 男性店員の返答に、蓮はがっくりと肩を落とした。ここまで探して見つからないなんて……帰宅まであと何日かかるのだろう……と、この先が心配になってくる。それに、蓮の気持ちはまだ重苦しいままなのだ。早いところこの依頼を終わらせたいと思うのも無理はないだろう。


「前はあったんですけど、作家さんが置かなくなったんですよね……」


「工芸館には、倉田宗介さんという作家さんの小鳥と小花の柄の汁椀が展示されてました。あれはもう買えないんでしょうか? 実はあの柄の汁椀を六つ買いたいんですが」


「そ、そうなんですか。ええと、この盆も倉田さんの作品なんですよ。ただね、汁椀は引っ込められてしまって、ないんです」


 蓮が食らいつくと男性店員の顔が驚きで固まったが、さすが接客業とでもいうべきか、彼はそれでもしっかり対応しようとしてくれる。


「六つ買って帰るって約束してしまったんです……買えないと帰れない……他のお店だと売ってないし……どうしよう……」


 ここは多少演技がかっても、どうしても買いたいという思いをもっとプッシュしておくべきだろうと判断し、蓮はうつむいて弱々しい話し方に変えてみた。


「えー、うーん、まいったな……。それじゃちょっと倉田さんに連絡取ってみるので、待っててもらえますか?」


「あ、はい、ありがとうございます、お願いします!」


 作家本人と話をすることができるかもしれないと期待の色を濃くする蓮に、男性店員が「近所で昼食を取ってきたらどうでしょう」と提案してくれたため、蓮は一旦店を出て近くの飲食店に向かう。演技が功を奏したのかは不明だが、蓮の気持ちは少しだけ軽くなった。

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