23.工芸品を凝視するお仕事


 蓮が金沢駅で新幹線を降りて外へ出ると、快晴の空の下に鼓門が見えた。髪をさらさらと揺らす風も心地よく、初めて見る景色に心が躍る。車中で食べた豪華な駅弁のおかげもあり、到着しただけで満足感を覚えてしまった。いけない、仕事に来たんだ、と軽く頭を振ってから蓮はコインロッカーに大きめのボストンバッグを預け、ボディバッグだけを持ってタクシーに乗り込んだ。あらかじめ調べておいた目的地を運転手に伝えれば、あとは到着するのを待つだけだ。


 金沢駅に到着してタクシーで移動中だと白井にメッセージを送ると、すぐに「お疲れ様」と返信が来た。今は自社ビルでの仕事中ではないのだろうかと蓮は心配になる。「そんなにすぐに返信しなくても。そちらの仕事に集中しないと秘書さんに叱られますよ。僕はこれから工芸館とお土産屋に行きます」と打ち込んで送信したら、工芸館前でタクシーが止まった。


「お客さん、工芸館に行きたいなんて若いのに珍しいね」


「珍しいですか? 楽しそうなのに」


「名のある職人のも展示してあるから、見る人が見れば楽しいとは思うけどね。大体が年嵩としかさの人だよ」


 人懐こく話しかけてきた運転手にクレジットカードを渡し料金を支払うと、彼は重要な情報をくれた。


「ああ、でも、きれいで華やかな柄は若い女性にも人気だな。最近有名になってきた……えーと、何て名前だっけ……クラタ……ソウスケ……だったか」


「へえ、そうなんですか。ぜひ見てみたいですね」


「ここにも展示してあると思うよ。じゃ、気をつけてな」


 蓮はニコニコと笑う運転手に礼を言うとタクシーを降り、手に持っていたスマートフォンのメモに「クラタソウスケ」と入力してから工芸館の入り口を目指した。



**********



 初めて訪れた工芸館は、見る人を惹き付けるレトロな味わいを持つ建物だった。建築物に詳しくない蓮も目を奪われ、他の観光客に混じってスマートフォンで写真を撮る。端から見れば、夏休みを利用して一人旅を楽しんでいる若者にしか見えないだろう。


 建物に入り、受付を済ませて各作家の作品を見ていると、倉田宗介という人の作品があった。タクシー運転手が言っていたのはきっとこの作者だと、蓮のテンションが上がる。茶筒や盆、汁椀などの漆器に緻密で華やかな絵付けがされており、色使いも巧みでとても美しい。柄は牡丹などの大きめの花や鶴などの縁起の良い生き物がメインのようだが、小鳥と小花の組み合わせの汁椀も展示されており、蓮は内心でガッツポーズを作った。併設されているショップでは売られていないようだったため、翌日改めて色々な店を回ってみようと気合を入れる。


 展示品などをじっくりと見て回ったら背中や肩が疲れてしまい、蓮は入口付近のベンチに腰掛けて一息ついた。ずっと猫背で作品を凝視して歩いていたせいだ。そういえば見ている最中に通りすがりの女性たちに指を差された気がしたがあれは何だったんだろう、若い男性が一人でうろうろしているのは怪しく見えるのだろうか、と蓮が眉根を寄せて考えている間に時刻はもう午後四時になろうとしていた。確かタクシーを降りる直前にカフェがあったはずだなと思い出すと、背筋をなるべく伸ばしながら立ち上がる。


「あとは売っているお店を探すだけか」


 初めての出張で幸先の良いスタートを切ることができたと、蓮は喜んだ。



**********



 蓮は目当てのカフェに入り、「小鳥と小花が描かれた汁椀を工芸館で見つけたが、館内のショップでは売られておらず買えなかった」と白井にメッセージを送った。エアコンが適度に効いた快適な店内で出されたカフェオレを飲みながらぼんやりと周囲を見回していると、レジの脇に雑貨が置いてあるのが見える。入った時は気付かなかったな、と席を立って見に行こうとしたら白井から返信が入った。「ありがとう。ホテルに着いたら電話してほしい」とのことだった。「わかりました」と短く返し、レジ脇へと足を運ぶ。


「色が鮮やかできれいでしょう。お土産にいいですよ」


 蓮がかわいらしい九谷焼の箸置きを見ていると、女性店員が声をかけてきた。


「そうですね」


「特に女性に人気があるんですよ」


「かわいい柄ばかりですしね。じゃあ……買おうかな」


 蓮はさくらへのお土産用に箸置きを買うことに決めた。重くないから持って帰るのにもちょうどいい。魚をかたどった空色の箸置き二つを買うと伝え、またテーブルに戻る。


「カフェオレのおかわりはどうですか? プラス二百円でできますよ」


「あ、いえ、おかわりはいいです」


「そうですか、またいらした際にはぜひどうぞ」


 商売上手な店員におかわりを勧められ、そろそろホテルにチェックインしないといけない時間帯だと気付いて残りのカフェオレを飲み干す。レジで箸置きの分も含めて自分の財布から料金を支払うと、お土産屋には行かずにタクシーを拾ってコインロッカーに寄り、預けていたボストンバッグをピックアップしてホテルへ直行した。

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