22.駅弁を買う男
翌朝、仕事でちょうど同じ方面へ行く用事があるとのことで、白井が車で新幹線の駅まで送ってくれることになった。
「この期に及んで何ですが、本当に金沢だと思いますか? 別の地域の可能性は……?」
「金沢蒔絵は花鳥風月が華麗に描かれているものが多いらしいから、今回の依頼者には一番近いと思うよ。それに、一年半前に金沢で豪雨災害が起きたことがあったし」
不安そうに問いかける蓮にハンドルを握る白井が飄々と答えるが、初出張という緊張感からか、蓮はあまり浮かない顔のままだ。
「なるほど……ビンゴっぽいですね。で、やっぱり着いたらお土産屋ですかね?」
「そうだね、それがいいと思う。あと、市内に工芸館もあるらしいよ。がっつり見ておいで」
「そう考えるとちょっと楽しくなってきました。工芸品見るの好きだし。有名な作家のとか、高価なのもきっとあるんでしょうね」
「……深入りはするなよ」
いくらか明るい声で話すようになった蓮に、白井が低いトーンで釘を刺した。
「深入り? どういう意味ですか?」
「ああ、いや、深入りというのは大げさだったか……。もしかしたら作家と依頼者に何か関係があるかもしれないだろ。例えば蒔絵職人とその弟子とか、工房の責任者と従業員とか」
「うーん、まあ、そうかもしれないですけど」
首を傾げる蓮を横目で見る白井が、更に刺す釘を増やす。
「そこまでたどり着けるかわからないけど、もしたどり着いたとしても依頼者のことは一言も漏らさないようにしないと。ミホ・オノザキさんは異世界に転移しました、漆器をほしがっています、なんて伝えたところで信じてもらえないだろうが、こちらが変なことを言っていると思われる。信じてもらえたらもらえたで、厄介なことになる。会わせろと言われる恐れもあるわけだ」
「それは確かに……そう、ですね」
「表情に出すのもだめ。どこであっても何があっても、ただ漆器を見に来ただけ買いに来ただけというスタンスを絶対に崩さないように」
「わかりました」
厳しい口調で禁止事項を伝えられたが、おそらくそこまでのことにはならないだろうと蓮は考える。とにかく依頼者がほしがっている汁椀六つを買い付けることが目的で、そのためにお土産屋に行き、様々な商品を見定めるのが最優先だ。それはまさに「見に来ただけ買いに来ただけ」にあたる。
「ところで白井さん」
「ん?」
「今おなかすいてるんですけど、クレジットカードで高級駅弁買ってもいいですか?」
「いいけど……」
「……けど?」
「蓮くんいない間にデート行ってもいい?」
「あー、この間言ってた水族館ですよね? 忙しいのによく時間作れますね……いやまあそれはともかく、だから、僕のファッションチェックなしで行くとドン引きされますよって言ったじゃないですか。ドン引きされてもいいなら……」
今日の白井の服装は、これまで何度か見てきた高品質のダークスーツとシャツとネクタイだ。相変わらずとても似合っていて蓮から見るとうらやましいくらいなのだが、本人は蓮の言葉にしょんぼりしている。何となく白井が気の毒になり、蓮は歩み寄ってみた。
「うーん、じゃあ、頭から爪先までトータル十五万円以内の服で行くといいかもしれないですね。水族館だし」
「うっ……服の値段、あまり覚えてない……」
「そうですか……じゃあ高級駅弁諦めますから、デートも諦めてください……」
蓮の歩み寄りは失敗に終わり、高級駅弁の夢は露と消えた。
**********
白井との話し合いの結果、高級駅弁は買っていいことになった。白井が蓮の言うことをきちんと聞いて無駄に高価な服は着ていかないという約束をし、デートできることになったからだ。
「とにかく、白井さんは何でも似合うから、何着ても格好いいから、安物でいいんです。値段覚えてなくても高価か安価かくらいはわかるでしょう? 相手は取引先の人でもない、一般庶民のさくらなんです。仕事用とデート用は切り離しましょう。一緒に服買いに行くまでは肝に銘じてください」
「う、うん、わかった」
「がんばってくださいね」
「うん、がんばる」
新幹線の改札近くで、蓮は白井を激励する。白井とさくらには良い関係を保っていてほしいのだ。気まずくなったりしたら、家と職場両方の雰囲気が悪くなる。
「蓮くんも、さっき言ったこと気をつけてがんばって」
「はい。行ってきます」
ふっと表情をゆるめて口元に笑みを浮かべる白井に励まし返され、うなずいてから歩き出す。服装はシンプルなカットソーにカーゴパンツというカジュアルな格好だが、今回は旅行ではなく仕事だ。蓮がいくぶん緊張しながら売店へと向かうと、高価な駅弁が売られていた。そのお値段なんと四千円。ブランド牛やエビなどが入っているらしい。白井に感謝しながらクレジットカードで購入し、改札に入る。
「あ、いけね、目的再確認忘れてたな。メッセージ送るか……『すみませんが、汁椀を何に使うのかもう一度確認しておいてください。わからなくてもいいので』……と、これでよし」
蓮はメッセージを送信するとスマートフォンをカーゴパンツのポケットにしまい、プラットホームで待機中の新幹線に乗り込んだ。
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