21.japanを探すお仕事


 大学のテストが終わり、蓮は晴れた清々しい朝を迎えた。自転車を漕いでいると汗がうっすらにじんでくる。今日も暑くなりそうだ。「おはようございます」と挨拶しながら出勤すると、眠そうにしている白井に声をかけた。


「大丈夫ですか? 起きられます?」


「うー……おはよ……」


 きっと白井は仕事で忙殺されているのだろうと、蓮は察した。以前、秘書の男性と一緒に新規に立ち上げる部署の物品手配など面倒な作業をおこなっていると愚痴をこぼしていたのを思い出す。


「僕も夏休みに入ったことだし、週一日出勤増やしましょうか? まあ、課題はやらないといけないんですけど」


「うん……ありがとう……」


「さくらとは仲良くやれてますか?」


「あっ、はい、順調です」


「何よりです。僕が白井さんのファッションチェックしてるからですね」


 目が覚めるかなと思い、白井に突然さくらの話題を振ってみたら成功したようだ。何で丁寧語になるのかということには触れないようにして、蓮は自分の成果だと軽く主張した。白井のせいで最近ハイブランドに詳しくなりつつあるからだ。特に裕福でもない普通の大学生の実生活には全く役に立たない知識だというのに。


「和服は車の運転には向いてないからスーツでいいと思うんだけどな……」


「だとしても、ごく普通のOLとごく普通のイタリアンレストランに行くだけでキートルの最高級スーツはナシですよ。せめてエンパリオ・イルマーニくらいにならないものかと思うんですが……。青山家はファストファッションでできてますからね」


 白井の弱々しい反論を、蓮は一蹴する。


「だってよく見られたいじゃん」


「そういう気持ちがわからないわけじゃないですよ。ただ、さくらの服装とあまりにも合わなすぎるだけで。あーもう一緒にデパートかショッピングビルで選んであげたい」


「あ、それいいね、行こうよ」


 冗談で言ったつもりの蓮の言葉に、意外にも白井が喜んで乗ってきたため、一緒に行くことになった。男二人で服を買いに行くというのはちょっとどうなんだろうとも思わなくもないが、言い出したのは蓮なので大人しく約束しておく。


「来週の休みの日で決まりですね。じゃあ今日の依頼やりますよ」


 目が覚めたらしい白井にほっとしながら蓮は仕事に取り掛かり、手に取った依頼書を読み始めた。


「えー、この依頼は……漆塗りの汁椀を六つ? おー、漆器ってすごく日本っぽいですね!」


 漆器は現代の英語でもjapan wareなどと呼ばれるくらい”東方の島国”らしいアイテムだ。蓮のテンションが上がる。


「日常使いかな? 日本では冠婚葬祭で使ったりもするけど。高級な漆器もそうじゃないのも通販で買えるよ」


「そうですね……いや、ちょっと待ってください。ミホ・オノザキさん、二十三歳女性、転生じゃなく転移なのか……雑貨小売業……」


「何か気になることが?」


 依頼書を見つめる蓮が何を言い出すのか大体見当はついているのだが、白井は蓮が口を開くのを待っている。


「扱いに気を遣わないといけない漆器がほしいって、その人、前は何をしていてどんな人だったんでしょうか? 使用目的は日常使いでいいんでしょうか?」


 蓮を見る白井の目に宿る期待の光が、より強くなった。



**********



「じゃあ、明日から出張ってことで。ホテルの予約は僕が取っておく。経費はいくらかかってもいいけど、何か買ったりしたら領収書もらっておいてね。新幹線の切符はスマホで取ればいいよな。あ、現地でタクシー使ってもいいからね。このノートパソコン持って行っていいよ。ちょっと重いけど役に立つだろ。クレジットカード作っておいてよかった、これ使って」


 白井がクレジットカードを蓮に渡そうとしながら、出張計画をどんどん進めている。バイトに出張させるとは何事かという思いと、課題のための時間が……という思いが重なり、蓮は断ることに決めて肺いっぱいに息を吸った。


「いやいや何で僕ですか無理です他当たってくださいほんと無理課題あるし無理無理バイトだし絶対無理あと僕のスマホもう交通系アプリ入ってるんで個人的な使い道だから無理」


「息継ぎなしでそこまで話せるのすごいな。いや、僕忙しくてさ……日帰りならともかく、泊まりでは行けないんだよ。他に頼れる人もいないって蓮くんもわかってるだろ? あとさ、課題はさ、蓮くんなら朝飯前だよな? あ、実は仕事用のスマホも用意してあるんだ。鉄道会社のスマホアプリでクレジットカード支払いを指定できる。たぶん二泊以上になるだろうけど帰りの日時はわからないから、まず切符買うのは行きだけになるね。ちなみにスマホとクレジットカードの名義は個人事業主の僕だけど、このカードは従業員である蓮くんの名前のだよ」


 蓮の言うことを一つ一つ潰していく白井に少々怒りが湧いてくるが、一部を除いて正論だったため反論もできず、蓮はクレジットカードを受け取ってしまった。


「何にしろ、蓮くんが行かないと始まらない。商人と話して情報ゲットしたの蓮くんだろ」


 今回の依頼書には詳細が記載されていなかったため、蓮が仲介商人にコンタクトを取った。依頼者は転移時のショックのためか、転移前のことは切れ切れにしか思い出せないそうで、得られた情報は少なかった。日本で漆器制作に携わっていた、災害に遭った際に異世界に転移した、今は手先の器用さを活かしてアクセサリーの絵付けを行い人気雑貨店を営んでいる、ということのみだった。使用目的はわからないままだ。


「課題は朝飯前じゃないです。時間かかるんです」


 蓮はまず少し気になっていた部分から否定して、その後に本題に入る。


「依頼者は蒔絵職人の下で働いていたかもってことも、求められている汁椀は花と鳥が描かれている華やかなものかもってことも、情報とは言いづらいですよ。依頼者が今の仕事でおこなってる『色とりどりの絵付け』とか、『小鳥』や『小花』の単語で推測しただけだし……ネット通販でだって柄の注文できるみたいだし……出張になんて行ったら何日かかるかわからないじゃないですか」


「花だけでもたくさん種類あるんだから実際に現地で見ないといけない。それに、何日かかるかなんてやってみないとわからないよね」


 蓮がにっこり笑う腹黒い白井を見たのは、久し振りだった。もうここは腹をくくるしかないだろう。


「……はぁ……わかりました、しょうがない、行きますよ。でも、僕がいない間にデート行ったらだめですからね」


 大きくため息をつく蓮の言葉に、白井の表情が絶望の色に染まるまで時間はかからなかった。

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