16.上司に意地悪を言う男
蓮は白井を椅子に座らせて、簡易キッチンでお茶を入れてやった。
「ありがとう」
白井は相変わらず元気がないが、礼は言えるようだ。
「もう今日の分の表入力は終わらせました。トラブルは特になかったはずです。あ、さっき話してた商人、白井さんは玄米茶を送ればいいって言ってましたけど、ちゃんと聞いてみたら転生者である勇者を迎える予定があるそうで、村長さんが最高級品を欲しがってるようです。だから玉露を送ることになりました。お茶なら高級なものも近所で売ってるから、買付しやすくていいですね」
「そうだな」
力なく同意する白井に、蓮は穏やかに話しかける。
「今日の報告は以上です。安心して思う存分話してください」
白井は眉を下げ困ったような表情で蓮を見つめてから、弱々しく話し始めた。
「うん……ありがとう。じゃあまず僕とお姉さんの関係なんだけど、初めて会ったのはお姉さんが入院してた時で……」
自分から言い出したのだが、思っていた以上に話が長くなりそうで、蓮は白井に聞こえないよう静かにため息をついた。
**********
「えっ、両親って、あの両親? え、いや、あの両親が若い北欧風夫婦に転生? え? このモニターで話せるんですか? んで、さくらはもう両親と話したことがある、と?」
次から次へと驚きポイントが出てきて困る蓮に、白井は追い打ちをかけていく。
「うん。僕が口止めしてたんだ。事情があったうえに忙しかったからとはいえ、今まで黙っててごめんね。蓮くんも今度一緒に話そうね」
「え、あ、はい、ありがとうございます……?」
両親と話したい気持ちはもちろんあるが、そんなに気軽に話せるものなのだろうか。ああ、いや、これまで話したことのある異世界の商人と同じってことでいいのか……? しかし機器の本格使用権を与えるから娘と話をさせろってすごい要求するな、娘を見つけられない可能性だってあるだろ……などなど、ツッコミどころが多すぎて気持ちが追いついていかない。両親には悪いが今はさくらのことが優先だと蓮が切り出そうとすると、先に白井が話し始めた。
「でね、その、ちょっと言いづらいんだけど、お姉さんいい人だし」
「はい」
「笑顔がかわいいし」
「は、はい」
「最近きれいになってきて」
「そうでしょうか。昔から毎日すごい形相で朝の支度を……あ、いや、すみません。続きをどうぞ」
一部に疑問を持ってしまいつい中断させそうになった蓮だったが、すぐに先を促した。
「最初は妹みたいに思ってたんだけど、どうやら好きになっちゃったみたいで」
「はぁそうですか、よかったですね、結婚したら弟できますよ」
「弟がほしくて言ってるんじゃないよ」
「あーまあそこはわかってるんで大丈夫です」
その後も蓮は「ふむふむ」と白井の話を聞いてやった。居酒屋デートにあのスーツで行こうとしていたのかと思うと、自分はいい仕事をしたと言わざるをえない。
蓮が窓の外を見ると、もうすっかり日が暮れている。今日は時間がかかってもいいと思っていたことだし特に急いでいるわけではないが、これまでの経緯を考え、あまり時間をおくのはよくないかもしれないと思い至った。なお、さくらには既に「今日は遅くなりそうだから夕食は作れるかわからない」とメッセージを送っておいたが、返信はないままだ。
「とにかく、僕とさくらに地味だけど能力があるのはわかりました。この部屋で両親と話せるということも、白井さんがずっと前から僕たちのことを知っていたことも、白井さんとさくらが初めて会った時のことも」
「うん」
「白井さんがさくらと一緒に食事したあとに冷たくされたことも」
「う、うん」
「白井さんが今日、大国ホテルで下手を打ったことも」
「うう、改めて言われると辛い……」
「白井さんの気持ちもわかりました。でも、これだけは僕がわかっててもしょうがないことです」
「……そう、だけど……」
「さくらは何で大国ホテルで白井さんに声を掛けなかったんでしょうね」
「それは……僕のことを好きじゃないから、とか……」
「それ、本人に聞いたんですか? ただの想像でしょ? ちょっと冷たくされたくらいで怯むなんて、白井さんってそんなに弱虫だったんですか? あ、まさか僕からさくらに聞いてくれとか言いませんよね?」
わざと意地悪なことを言ってみせると、白井はむっとした表情で蓮を軽く睨んだ。
「そんなこと絶対に言わない」
白井の否定の言葉を聞き、蓮の口角がニヤリと持ち上がる。
「僕、今日は雨が降ってたから自転車じゃなくてバスで来たんです。家まで送ってもらえませんか?」
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