12.弟にアルバイトを紹介する女


 私、青山さくらは高校三年生の四月末に父と母をいっぺんに亡くした。弟の蓮は中学二年生だった。家の近くの大学を受験して合格したら通うつもりだったが、私は高校卒業後に働く道を選んだ。弟に進学してほしかったからだ。金銭的な問題はそれほど切実ではなかったが、まず自分で生活費を稼げるようになりたかった。運良く就職できてからは、貧乏暮らしにならないようにできるだけ仕事で有用な資格を取って給料を上げていった。


 弟はあまり文系科目が得意ではないようだったが、高校受験までには成績が上がり、ストレートで国立大学に合格できた。合格を知った時は、二人で大いに喜んだ。


 去年の夏の終わり頃、キッチンにいたら突然目の前が真っ暗になって倒れてしまい、数日間入院する羽目になった。ベッドの上で検査の結果待ちという一番退屈な時間を過ごしていた時、和装垂れ目イケメンが部屋を訪れ、話しかけてきた。隣の部屋に入院している人のお見舞いに来ており、私の部屋の「青山さくら」という名札を見てのことだったそうだ。


「失礼ですが、青山さくらさんはあなたでしょうか」


「え、はい、そうですが……」


「初めまして、白井達也と申します。あなたを探していました」


「……えーと……、すみませんがナンパならお断りです」


 これが私と白井さんの初めての会話だ。今考えてみると、顔色は良くない、髪は乱れている、やつれている、こんな入院中の女を誰がナンパするというのか。思い出すたびに顔から火が出そうになってしまう。


 私に警戒されながら彼が話したことはこうだった。私の両親は、バス事故で他界したあと異世界に転生し、今も二人で仲良くやっている。そこでは科学の代わりに魔道具というものが発達しており、魔力を使って様々な便利グッズを生み出し、使用している。高度な魔道具の開発は優秀な両親が担当している。彼は両親が開発した魔道具で異世界とのコンタクトを取ることができた……というか、勝手に両親が話しかけてきたそうだが。白井ミーツ異世界人。彼曰く、人生最大級に驚くと人は逆に冷静になれるそうだ。とてもわかる。私もこの話を聞いて妙に落ち着き払ってしまったから。彼は私と連絡先を交換し、誰にも話さないようにと口止めして帰っていった。


 ただの過労で異常なしという検査結果が出てすぐに仕事に復帰した私を信用させるべく、白井さんは自分の持つ土地やマンションの管理を、私の紹介という形で勤め先の不動産会社に委託した。彼は相当な資産家のため、上役がニコニコしながら対応していた。彼にとっても益はあった。異世界との交流を図って新しい事業を行っており、魔道具関連で大きな権限を持つ両親に本格使用権を許可してもらうために私を会わせたいと言うのだ。私は半分以上本気にしていなかったが、ここまでしてくれたのを無下にはできなかった。


 彼の自室に作ったという事務所で、試用期間中の機器を使って私と両親は再会することができたが、両親は北欧風の若い美形夫婦になっており、初めは父と母だと言われても信じられなかった。だが、家族しか知らない私と弟のことや、引き出しにこっそりしまっていた……あの、いわゆる黒歴史というヤツのことなどを話し始め、「やめて! もういいから! 信じるからー!」と絶叫してしまい、びっくした家政婦さんが飛び込んできたりカオス&カオスでちょっとそこらへん思い出したくないので省略。


 まあとにかく白井さんは私と両親を会わせることに成功し、試用期間中だった機器の本格使用権をゲットした。正確に言うと「こちら側は機械であり、向こう側は魔道具」だそうだが、詳しくは聞いていない。そんな縁から、私と彼は色々な話をするようになった。友人同士のような付き合いで、どこそこの店の○○がおいしい、流行中のあれを使ってみたがあまり便利ではなかった、というような他愛のない話をする仲だ。両親とはその後も何度か話をさせてもらったが、この時点でも他言無用だと言われた。完全に極秘だったのだ。私なんかは、誰かに話したところで荒唐無稽すぎて信じてもらえないのではと思ってしまうが、彼は様々なリスクをできるだけ減らしたいと考えているようだった。


 弟が大学生活に慣れてきた頃、弟にも両親と話をさせてあげたいから一緒に連れてきたいとお願いしたことがあった。その時の白井さんの返答は、「彼には力があるから今はダメ」というものだった。”言語能力が高く母国語以外の言語を簡単に修得する力”だそうだ。地味な力だなぁ……ああ、でもそのおかげで大学に合格できたのか! というのが私の感想だったが、白井さん曰く「彼は異世界とのやり取りでその真価を発揮するが、そのためには僕の仕事を引き継いでもらうことになる。そうすると他の職業に就くことはできない。だからご両親のことを伝えるのをためらっている」らしい。「青田買いってあまり良くないと思うんだ」と、にこやかに言っていた彼が何だかちょっと怖かった。ちなみに私の力は”資格ゲッター”らしい。ああ、そう、そうね、確かに資格は色々取れましたね……。うん、姉弟揃って地味でした。


 私は約一ヶ月間考えに考え抜いて、弟に「真価を発揮する」将来を歩んでほしいと思うようになった。白井さんが私たちの力について知っていた理由は、両親が死ぬ間際に子供に力を授けたと言っていたからだということだった。両親が遺してくれた学業成就のお守りが媒介になっているらしい。そんな貴重な力を使わない手はないだろう。地味だけど。その頃ちょうど弟がアルバイトを探していたので、私は白井さんを紹介し、彼の元でアルバイトするよう勧めた。


 白井さんから食事に誘われたのは、弟がアルバイトを始めて一ヶ月ほど経った頃だった。

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