11.上司をほめるお仕事
ある土曜日、白井は午前中からずっとそわそわしていた。午後から外出するのだという。インターネットで飲食店の情報を調べたり眉毛の手入れを始めたりと、仕事に関係のないことばかりしている。
「白井さん落ち着きないですね。もしかして今日デートでもするんですか?」
蓮はただの軽口のつもりで言っただけだったのだが、白井がびっくりしたように見返してきた。
「え、あれ、知ってたの?」
「いやいや、知らないですよ。でも眉毛の手入れなんてしてるし、すごくそわそわしてるし……やっぱりデートなんですね。今日は急ぎの依頼もないですからね、事務作業は僕がやっておきます」
「僕も弟ほしかった……今からでも遅くは……」
「遅いですよ」
蓮はいつもの「弟ほしい」を一言でばっさり斬りながら、どんな女性とデートなんだろう、やはり資産家のお嬢様とかなんだろうか、どこかの社長令嬢だったりして……などと想像をふくらませる。だが白井にこれ以上落ち着きをなくしてほしくないため、黙っていることに決めた。
そのうち白井が「まだ時間があるから」と言って依頼書の整理を始めたが、一つの山は日付順、もう一つの山は五十音順など、何だかよくわからない分類にされてしまった。今日の白井はやはりおかしい。もう何もしてほしくない。
「白井さん、分類間違ってます。ぶっちゃけ邪魔です」
蓮の指摘にショックを受けた白井は動きを止めた。
「そのまま止まっててもらえますか?」
白井が「やっぱり弟ほしくない……」などと、熱を出してもいないのにうわ言を言いながらしょんぼりと扉を出ていく。正直いない方が助かるなと、蓮はため息をついた。
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ちょっと冷たくしすぎたか……? と蓮が反省し始めた頃、白井が戻ってきた。一見して高級な生地だとわかる、彼の体型によく合ったダークグレーのスーツに着替えている。ウエスト部分が少し引き締まった形のため、上品かつスタイリッシュな雰囲気だ。当の本人はドヤっているが。
「白井さん、いつもの和装も似合うけどスーツも似合うんですね。格好いいですよ」
うれしそうにえっへん、と胸を張る白井。
「お相手の方もきっと上品な女性なんでしょうね。資産家の娘さんとかですか?」
はっ、と何かに気づいたように表情を固くする白井。
「えっと……ちょっと言いにくいんですが……一般庶民が相手なら、その格好はやめた方が……まあその、相手にもよりますけど……」
うなだれる白井。
「……一般庶民の方……なんですか?」
力なくうなずく白井。
「あー……じゃあ、いつもの和装でいいんじゃないですか?」
蓮に背を向けてとぼとぼと扉を出ていく白井。自分の言葉にいちいち反応するのがちょっとおもしろくなってきたところだったのにと、彼が出ていってしまったのが残念な蓮だった。
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次に戻ってきた時、白井はいつも蓮が着ているようなライトブルーのシャツにネイビーのパーカとホワイトデニムという、カジュアルな格好をしていた。
「あれ? 和装じゃなくていいんですか?」
蓮が尋ねると、これで大丈夫なのだと言う。
「それならいいですけど。まあ、白井さん足が長くて細身でスタイルいいから、どんな服でも格好いいですよ」
先ほど冷たくしすぎてしまった反省から白井をほめると、白井はあからさまに浮かれ始めた。
「では予定より少し早いですが、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
決して、決して浮かれ野郎が邪魔になったわけではない、ただ上司を送り出すだけだ、そう自分に言い聞かせて、蓮は丁寧に白井を見送った。
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白井が昼食前に出かけていったため、家政婦さんは蓮一人のために昼食を作って持ってきてくれた。とてもありがたい。しかし、本人には毎回会えない。レシピやコツなどを教えてもらいたいがためにいつも扉前で待ち構え、「お昼お持ちしました」という明るい声がすると即座に扉を開けているのに、そこにはおいしそうな昼食が残されているだけだ。もしかして家政婦さんは忍びの者なのだろうか。白井家が雇っている間者とかだろうか。諜報部隊に所属していたりするんだろうか。一人でこの部屋にいる時に居眠りしたら、報告されるんだろうか……。などと、妄想が捗ってしまった。
「そういえばさくらも今日は出かけるから夕飯いらないって言ってたな」
独り言をつぶやき、蓮は昼食を食べ始めた。
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