10.銅像を作られるくらい喜ばれるお仕事
「銅像ができたんだって!」
蓮が出勤して早々、白井が挨拶もせずに言い放った。
「おはようございます。銅像って何ですか?」
「蓮くんの銅像だよ!」
「……はい?」
バイト開始以降、いや、初対面時以降、何度人を驚かせれば気が済むのだろうこの和装イケメンは……と少々苦い気持ちになりながら、蓮は仕方なく話に乗ってやることにした。
「どちらの”れんくん”ですか? シャイニーズタレントさんとか?」
「今、僕の目の前にいる、青山蓮くんです」
せっかく話に乗ろうとしていたのに、何かを察知したのか丁寧語で言う白井に返す言葉が思い浮かばない。目の前にいるアオヤマレンくんって何のことだろう? などと現実逃避しつつ、蓮は黙って着ていた薄手パーカを脱ぎ、パソコンの電源を入れた。
「さて、今日は対応済みの依頼書がたまってそうだから整理がんばらないとなぁ」
努めて明るく言うが、非常に白々しい空気が流れたのが自分でもわかった。パソコンよ、早く立ち上がってくれ……という蓮の願いもむなしく、すぐにまた白井が話しかけてくる。
「僕もびっくりしたんだけど、第三王子が健康になったから感謝したいってことで王様が蓮くんの銅像を建てたんだって。商人が言ってたよ」
「……はい?」
本日二度目の「はい?」だった。
**********
「僕もびっくりした、って、それならもっと気遣いや遠慮なんかがあってもいいですよね」
「ええー…………はいごめんなさい」
ギロリと睨む蓮に白井が怯えながら謝っている。
「これまで何度白井さんに驚かされたと思ってるんですか。この間だってあの簡単そうな依頼の時に……」
「はいごめんなさい」
「僕は地味で真面目な一般庶民なんです。銅像建ったー!うれしい!なんて思わないんです」
「はいごめんなさい」
白井に説教を垂れながらも蓮はてきぱきと処理済みの依頼書を整理し、次から次へとキャビネットに詰め込んでいく。なお、白井は床の上に正座しており、膝の上に両拳を置いてうつむいている状態だ。
「それにしても、あんなことだけで銅像を建てるってのもちょっと理解できませんがそれは異世界の価値観の問題なので置いといて、何で僕の銅像なんですか。普通に考えて白井さんのでしょ」
「それはその、商人に『オマエが”毒”を手配したのか』と聞かれて、いいえ青山蓮です、部下です、と……」
「言っちゃったんですか?」
「ごめんなさい」
白井が謝るのは何度目になるだろう。
「でもさぁ」
「でも、何ですか?」
反撃を試み顔を上げる白井を、その頭上から冷たい視線を送る蓮が迎え撃つ。
「銅像作りたくなるくらい喜んでもらえたってことじゃない?」
「うっ」と押し黙る蓮。
「あの商人、本当は人殺しの道具なんか扱いたくなかったって。蓮くんの言ってた通りだったんだよ。第三王子が元気になって、婚約者や後ろ盾の貴族も喜んで、王妃はまあちょっと複雑だったとは思うけど第三王子に王位継承権放棄させることができたから結果オーライで、王様は一番かわいがってる息子が元気になったって男泣きしたって。いいことだらけだったんだよ」
「…………」
「蓮くんの言語能力と知識と思考能力があってこその成功だったんだよ」
「……そう、なん、でしょうか……」
「国民だって喜んでるんだよ。僕たちだって、いいニュース見ると気分いいでしょ?」
「ええ、まあ……そうですけど……」
ふぅ、とため息をつき「それはいいんですが」と言ってから、蓮は続けた。
「あのモニター越しで商人と一度だけしか話したことのない僕の銅像を、どうやって作ったんですかね。白井さんだって僕の身長体重スリーサイズ股下サイズ肩幅サイズ骨格の詳細情報なんか知らないじゃないですか。もしかしたら全く他人みたいな銅像に仕上がってるのでは? それはそれでちょっとどうなんですか? 大昔の歴史上の偉人じゃないんだから。どうせなら知り合いもいない異世界なんだし、リアル青山蓮の銅像がいいですよ」
今度は白井が「うっ」と押し黙る。迎撃成功の瞬間だった。
**********
蓮は、あの時の商人に銅像について尋ねてみることにした。どのように作ったのか興味が湧いたのだ。蓮が機器の電源を入れモニター前に座ると、幸いすぐに商人と再会できた。
「アオヤマレン様、お久し振りです。先日は失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
「気にしてませんよ。お元気そうでよかったです。一ヶ月ぶりくらいでしょうか」
「こちらではもう五十四日が経過しております。どうやらそちらの方が時が進むのが遅いようですね」
へぇ、と蓮が感心している間に白井が話を進めていく。
「先日はまたご依頼くださってありがとうございました。実は蓮くんが、どうしても銅像を見てみたいって言うんですよ」
「別にどうしてもじゃないです」
蓮は否定したが、商人は満面の笑みで「それは光栄です」と言う。
「ただ、せっかくのお申し出ですが、銅像が建っているのは王都の公園内でして、ここから離れているのでお見せすることができないのです。申し訳ありません」
「そうなんですか、ちょっと残念。あの、銅像ってどうやって作ったんですか? 僕はよく知らないけど製図とかいりますよね?」
商人はにこにこ顔で「はい」と返事をする。
「私がアオヤマレン様のお姿を絵師に描かせましてね。なかなかの美男子に仕上がったのですよ。そこから一般的な男性の寸法や重量などを当てはめて製図を行ったのです」
「一般的な男性……!」
蓮は身長百七十二センチで体型も日本人の標準に近いため、もしかしたら自分の姿に近いかもという期待がふくらむ。
「ええ、一般的な……そうですね、寸法は百八十センチメートル、重量は七十四キログラムくらいでしょうか」
期待はすぐにしぼんでしまった。そういえばAIって年月、重さ、長さの単位まで翻訳してくれるんだなーすごいなーという方向へ考えを飛ばしてしまった蓮だった。
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