7.上司に意見を言う男


 隣の部屋のローテーブルに昼食を置いていってくれた家政婦さんは、初めてここを訪れた時に玄関で対応してくれた人だった。昼食は海鮮塩焼きそばとシュウマイで、白井の言う通り本当においしい。


「このおいしさ……何が違うんですかね? 火力かな? シュウマイも味付けが絶妙でいいですね」


 普段から料理している蓮は考え込んでしまう。


「本人にコツ聞いてみたら? たぶん快く教えてくれると思うよ」


「そうします、しっかり聞いてメモ取らなきゃ。さくらが好きそうな味付けだし」


 今度会ったら聞いてみよう、一応このバイトは長く続けたいと思っていることだしこれから話す機会も多くあるだろうと蓮は意気込んだ。闇バイトかと構えていた頃が嘘のようだ。


 「ごちそうさまでした」と胸の前で手を合わせてから食器をキッチンに下げに行こうとしたら、白井に止められた。家政婦さんが後で取りに来てくれるらしい。何だか申し訳ない気分になるが、郷に入っては郷に従えという古人の教えに則ってそのままにしておくことにした。


 午後は買付について教えてもらう。まず入っている依頼の中から”大至急”を選ぶが、白井曰く、たとえ”大至急”であっても対応する順番は「相手の態度による」そうだ。商品を販売、つまり卸す側として、相手の商人や小売店の言いなりにばかりなってはいけないというスタンスを取っていると苦笑いしながら言う。また、通常は銀行に入金される前に買付を行うのだが、相手によっては入金を確認してから買付という順番になることもあるらしい。何か過去に嫌な思いをしたり損害を被ったりしたことがあったのだろうと蓮は推察し、深くは聞かなかった。


「これは異世界転生した人だな。対象は十八歳男性で転生前は崖崩れ事故により三十三歳で他界、前世も男性で……えーと、あ、これ簡単だ。今治産のバスタオルとフェイスタオルがほしいんだって。”東方の島国”にあると小耳に挟んだって言ってるらしい」


 白井が”大至急”の依頼書を手に取って依頼内容を教えてくれる。その様子から察するに、どうやら問題のない取引相手のようだ。


「今治って愛媛ですよね? 飛行機で行くんですか?」


「通販って便利だよね」


 にっこり微笑んでからインターネット用のパソコンの前に座り、ネット通販で今治産タオルを探す白井。


「今治産タオルは通販でよく扱われてるから……うーん、これとかどうかな」


 白井が指すパソコンの画面には男性が好みそうな無地のダークカラーのタオルが映っている。


「そうですね、男性なら……いえ、ちょっと待ってください」


「ん?」


「その人、生前はお子さんがいたんでしょうか?」


 蓮の疑問に答えるべく、白井が資料をめくる。


「どうだろう、書いてあったかな。……ああ、あった。四歳の男の子がいたらしい」


「それならアソパソマンとかのキャラの柄はどうですか? 今治産タオルにキャラものがあれば、ですが」


 白井が驚いて資料から蓮に視線を移動させる。


「アソパソマン? まあ、キャラものはあると思うが」


「別にアソパソマンじゃなくてもいいんですが、お子さんと一緒に見ていたアニメキャラとか……より喜んでもらえるかもしれないと思って」


 蓮の言葉を聞いて考え込む白井。


「なるほど。うーん……悪くない提案だけど、転生者であることを隠している場合も多いから、アニメキャラの柄は賭けになってしまう」


「あ、そうか。その世界では奇妙に見える柄だと変に勘ぐられたりする可能性もあるんですね」


「勘がいいね、その通りだよ。まあ欲しがってる本人さえよければアソパソマンでもホラえもんでもいいし、”東方の島国産”と言えば奇妙に見えても大丈夫かもしれないが……商人が買ってくれなくなる可能性もあるから、今回は無難な色の無地のものにしようと思う。でも目の付け所はよかったよ。ありがとう」


 何も役に立っていないのに礼を言われると、腹のあたりがムズムズしてしまう。


「勘がよくて柔軟な考えもできるってダブルですごいよ」


「柔軟、なんでしょうか。これまで見たアニメは主人公が転生前と後の違和感に苦労しているのが多かったんで、もし自分がその立場になったらやっぱり”東方の島国”に興味を持つだろうなと思っただけで」


「だからできるだけ役に立ちたい、と?」


「ええ、まあ、そんなところです、かね」


 白井の問いに蓮はあいまいに返答する。実際のところ「できるだけ役に立ちたい」のかはよくわからない。ただ依頼に誠実に応えるのが仕事だと思いこんでいるだけなのかもしれない。


「あ、あの、ありがとうございます。ただ思いついたことそのまま言っただけなのにほめられて、うれしかったです」


 気恥ずかしさから小声になってうつむいてしまう蓮。うれしい時は素直に自分の気持ちを言うのが相手に対する礼儀だと両親が言っていた通りにしただけだが、やはり恥ずかしい。蓮のそんな様子を見て白井は何故か落ち込んでいる。


「僕も弟ほしかった……待てよ、これからでも遅くは……」


「いやどう考えても遅いでしょ。そんなことより早くネット注文しましょう」


 白井さんは末っ子なのかな、だとしたら自分と同じだな、などと思いつつも、仕事が中断されないよう、おかしなことを言い始めた本人に蓮はまたツッコミを入れた。



**********



 わからないことや覚えることだらけだったが、蓮はその日の仕事を無事に終えた。次回は三日後、大学の授業が終わってからだ。授業が午前中で終わる日もあると伝えると、白井がとても喜んでいた。


そういえば契約書の件については話すのを忘れていたな、と思いながら帰り道にスーパーに寄る。店内で商品を吟味しながら夕食の買い物をしていると、さくらから「ケーキ買って帰るよ」とメッセージが入った。おそらく初出勤を労ってくれるつもりだろう。それならショートケーキがいいと返信し、会計を済ませて自転車で家路を急ぐ。体に感じる疲れは、少し大人に近づいた証のようで心地よかった。

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