第64話 脱出

玄関が開き、カシワギ先輩と一緒に歩いていた黒縁メガネの男が現れた。


「あの!すみません、カシワギミナトの弟なんですが!」


俺は嘘をついた。



「は?」


「さっき、兄と一緒に歩いてましたよね?すみません、兄は飲み過ぎたんでしょうか?ご迷惑をおかけしました!」



あえてデカい声で話す。


コイツだって同じ塾講師なら、身元はわかってるんだ。



「あ、ああ。そうだね、ちょっと休ませてたよ……。」


男はおどおどしている。

やましいことをしようとしていたんだろう。



「兄を連れて帰ります!父の迎えも呼びました!本当にお手数をおかけしてすみません!」


「わ、わかったよ!今、連れてくるから……。」




それから、よろよろと先輩が出てきた。

ジャケットは着ているが、ネクタイは手に持ち、シャツもダブついている。



「お兄ちゃん!未成年なのに、飲んだらダメだよ!さあ、行こう!」



先輩に肩を貸し、階段を降りた。


自分も万一捕まってしまった時のために、身分がわかってしまう荷物はアパート脇の植え込みに隠しておいていた。

それを取り、後ろを振り返りながらアパートを離れる。




近くのコンビニに着くと、丁度ヒビキさんの車が着いた。



「二人とも!大丈夫か?」



ヒビキさんが、先輩を後ろに乗せる。

俺も横に座った。



「俺は大丈夫です。先輩は……。」


「……なんとか、大丈夫……。なんか薬…飲まされたみたい……。」


「わかった。一旦家に帰ろう。」


ヒビキさんは車を出した。



「……リョウスケ……。」


「は、はい。」


「……本当に、ありがとう……。」


そう言って、先輩は俺の肩に頭を乗せて眠った。



――――――――――――


ヒビキさんが先輩をおんぶして部屋まで運んだ。


寝室に寝かせて、リビングに戻ってくる。



「リョウスケ君、本当にありがとう。助かったよ。」


「偶然会えて、良かったです……。」


「しかも、相手の部屋に乗り込むなんて、すごい勇気だね。」


「なんか……相手を見た時に、ヤバそうな奴に見えたんで……。いざとなれば、自分でもやれるもんなんだな、って、思いました。」


安心して、ようやく笑えた。


ヒビキさんは温かいお茶を淹れてくれた。




「ミナトから、倶楽部の話は聞いてるよね?」


「はい、相互扶助の集まりなんだって。」


「それは、嘘じゃないんだが、俺が若い頃は、酷かったんだ。俺は、どんな集まりかわからないまま連れて行かれた。幸い、間一髪でその場は逃れたけど、やっぱり、怖かったよ。」


ヒビキさんは苦笑いした。



「結果的には、俺は男性と過ごすのが合っていたから、倶楽部には関わっているし、おかげでミナトとも出会えた。ずっと一人で生きる覚悟もしていたから、ミナトと出会えたことは上出来な方だと思ってる。」


二人が本物の恋人同士なんだと感じた。



「恋愛は、究極お互いがよければいいんだよ。だからこそ、自分の嗅覚を磨かないといけない。ミナトは、恋愛に関しては自分を過信しがちだからね、いつか意図せず加害者にならないかと心配してたんだ。今日、怖い目に遭って、良かったかもしれないね。」


ヒビキさんはお茶をすすった。



「……ヒビキさん……今回、先輩は、悪くなかったと思います。これは、犯罪ですよ。だから、怖い目に遭って、良かっただなんて……その……。」


本物の弁護士相手に、意見してしまった。


ヒビキさんは、そうだね、と言って、目を細めて微笑んだ。




「リョウスケ君……将来、警察官になるにはどうだろう?」


「警察官……。」


初めての選択肢だ。



「洞察力に、行動力、咄嗟の機転。頼もしいよ。それに何より、被害者に寄り添う姿勢。いいんじゃないかな。」


今までで一番しっくりきた。

胸に高鳴りを感じた。

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