両想い

宇佐見 恒木

下校

 窓から橙色の光が差し込み、彼女の生気のない肌を照らし、艶のある黒髪と影がより強調され神秘的な画を作り出している。


 可愛いなぁ。

「可愛いなぁ。」


 心の声が漏れてしまった。恐る恐る意中の相手の顔を覗くと、何事もなかったことのように背筋を正し、目の前の本の世界に没頭している。


「…何か言った。陣君。」


 数秒遅れて陣が何かを言ったことを認識した亜里沙は、本から目を離さずに陣に聞いた。


「いいや、何も。」

「…そう。」


 彼女は再び本の世界に舞い戻った。

 彼女は本の虫だ。彼女がこの高校に来た理由も、図書室の蔵書が県内で一番好みだったから、というとんでもない理由だ。


「よ、陣。そろそろ下校時間だぞ。」

「わかったよ。委員長。また明日あす。」

「ああ、明日あした。」


 委員長が教室から去り、スマホをみると完全下校時刻の18:00まであと5分を切っていた。


「それじゃ、帰るよ。亜里沙。」


 陣は自分と亜里沙の分の荷物を持ち、彼女の肩を揺さぶった。『肩を触ったら帰る』そういう約束だ。


「…ん。」


 亜里沙は本を陣に預け、歩き出した。

 本を読みながら下校するのは危ないと説得し続けた結果だ。本当に納得してくれて良かった。


「今日も駅前の書店によってく?それとも新しくできた書店の方に行く?」

「…新しい方。」

「よし、行こう!」


 二人は校門を出て、歩き出した。いつものように陣が話しかけて、亜里沙が相槌を打つのを繰り返していた。


「そういえばさっき委員長来てたのわかった?あいつ、最近彼女ができて早く帰りたいんだよ。あいつかっこいいからモテルよな。」

 コクン。

「そうだよな~。アブね。転ぶところだった。」


 亜里沙に夢中になって、後ろ歩きをしていた陣は転びそうになりよろけたが、うまく姿勢を立て直した。


「…陣君は可愛くてかっこいいよ。」

「ん?何か言ったか?」

 フルフル。

 亜里沙は首を振り、否定した。

「そうか。お、そろそろ着きそうだな。」

「…楽しみ。」

「閉店まであと三時間半だからな。」


 陣が一応亜里沙にくぎを刺したが、目を輝かせている亜里沙には何も耳に入っていないようだ。


「…陣君、陣君。ついて来て。」


 とびっきりの、純粋で無邪気でこの世に咲いた一輪の笑顔には誰も何も言えない眩しさがあった。


「わかったよ。わかったから、ちょ、転ぶ。制服引っ張らないで、」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

両想い 宇佐見 恒木 @Matsuki4429

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画